素人が創作のクオリティを高める3つのステップ

この記事は、こうすれば創作者としての技術、そして創作のクオリティが上がること間違いなしだという3ステップをメモしたものです。

数日前、

創作物のクオリティ、その質を分かつ1番大事な要素はなにか

【創作論】自分を消すために形式の鬼となれ

の二つを書いたのですが、これらの記事は素人っぽさって作者の思惑とか、作為とかが透けて見えてしまうときに感じるよね、創作において作品以外の情報って基本的には必要ないし、創作の場面で自分って不要だよね、と言うことを書いています。

だからこの記事はその、「自分を完全に消しさり、新たな自分を産み出すための具体的な3ステップ」と言ったところでしょうか。

そんなこと言うと、いやお前はどれだけの創造主なんだと思われるかもしれないけれど、僕は日ごろから文字を書くことを仕事&趣味にしているので、自分ではクリエイティブな日々を送ってると一応思ってる笑

そんでそんな生活の中で、「ああ、こうすればもっとスキルも、書いたものの質も向上するに違いないのにな」と思ってること(思ってるだけでなかなか出来ないこと)と

少なからず5年前とかから比べると色々上達しているという自負はあるので、「上達にはこれが必須だった」と確信していることをまとめて3ステップにまとめた次第です。

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1.お手本を見る/普通に勉強する

これは本当に第1ステップだと思います。

僕の都合によりこの記事は「書くこと」にフォーカスした内容になると思うけど、どれもクリエイター全てに言えることに違いなくて、その中でもこれは間違いなく大事。

まず数を見なければいけませんし、形を勉強しなければなりません。

数を見るって言うのは、体に染み込むくらいの数を見るか、数がこなせなくても超意識的に構造とか仕掛けを読みこみ、一つのお手本から得られるだけのものを得ようとする。

クリエイターは多少なりとも自分の作り出すものに自信とかプライドがあると思います。

俺のやり方とかこだわりみたいのがあると思う。

若干自分は天才なんじゃないか、すごいセンスなんじゃないかって思ってるはず。

自信があるのは良いけど、多分人より天才だったり並外れたセンスを持ってるということはそうそうないし、もし人より上なのだとしたら既に世に知られているんじゃないか。

僕も実はそういうセンスとか才能とかってものに自負心を持っていた時期があったけど、勘違いだって気付いたのが19歳のとき。良かった成人前で笑(←上達ポイント/身の程を知った)

理性的に考えれば、自分スゲー他のヤツ大したことねえって考えるのは損です。

素直に人のもの見て、「こういうところがすごいな」、「ここが素晴らしいな」というところを多く見つけられる精神状態の方が、明らかに得るものは多いし、上達するでしょう。

優等生的な意見かもしれないけれど、天才じゃないなら素直な秀才になる方が良いのです。

で、僕は文章を読む量はどうなのかって言うと、まだまだ少ないです。

書籍はジャンル問わず読みますが、今まで読んだのは多分リアルに数えると5~600冊くらい。青空文庫で読んだ本、ブログ記事、漫画、諸々含めるのか、冊じゃなくて文字数換算しないと意味ないのか、数じゃなくて質を示さなきゃ意味ないのか等色々ありますが、いずれにせよ足りないことに違いはありません。

2.何度も作る(書く)

見たり学んだりするのではなく、実践することが必要です。

間違いを犯すこと、自分にできないことを一つずつ集めて悔しい思いをすること、目標を定めて練習すること。

これの効用は何かって言うと、普通に上達すると思いきや完全に客観的な目で自分の作ったものを見るのは無理なので意外に上達しません。スポーツみたいに記録で確認できることなら良いけど、多くのクリエイターが望むだろう質的な向上は期待できない。

それより、頑張って数を産み出すと、超疲れるし嫌になります。

疲れた状態でまずちょっと自分失ってます。本当に疲れて何かを作ったとき、人に見られても気にならなくなります。(←上達ポイント/見せることが気にならなくなる)

それでも後で振り返ると何であんなの見せたんだって恥ずかしかったりするんだけど、人に実際に見られたとき初めて客観的な目で自分の創作物を評価できるようになります

少なくとも自分だけでは気付かなかったことに自発的に、もしくは負のフィードバックを得ることで気付けます。

また、作り出す力がないからこそ自分の作った一つに固執します。10万字書いてもダメだと思ったら最初から書きなおすくらいの自分の捨て方ができなければいけません。

すいませんこれは僕できません。頑張って書いたものでも書きあげてダメだーってなることはよくありますが、それを削除するのは心が痛いです。これ何とか直せないかな…とかウジウジやってます。

僕が月に書く文字数を概算ですが数えてみると、月によって上下するけど平均で大体10万字くらいです。で、数か月かけて書く長い文章(10万字前後の小説)を定期的に並行して書く。伴奏みたいな感じ。

とりあえずコンスタントに15万字くらい書けるようになることが目標。これは自分だけで評価できることなので、書くスピードを上げて体力をつけるという目的を達成するためには有意義だと思います。

3.書かされてる状態を維持する

最後何言ってんのみたいになるかもしれないし、これはたまにこういう考え方すると楽になることもあるという程度のステップなのですが、僕にとっては超重要な状態です。

創作と言えば0から1の作業のように思われがちですが、文章で言えば1000を1にする作業と言われることもあるようですし、必ずしも「産み出すんだ」と気負うことはありません。

何故なら、本当に素晴らしい芸術、完成された創作物は、もう既にあるものだからです。

もう既にあるというのも分かりにくいかもしれないけれど、世のなかの素晴らしい芸術って、なんで多くの人に認められるのでしょうか。

なんで多くの人にとって、一目見て素晴らしいものだと感じられるのでしょうか。

素晴らしいものは書けなくても、素晴らしい文章を読めば感動できる。

これは本当に不思議なことだなと僕は常々思っているのです。

正解を作りだすことはなかなか出来ないのに、正解に出会うと何故か分かる。

それは、僕らが予め正解を知っていて、完成された美しさを知っているということでしょう。

つまり僕らは、完璧に美しいものを産み出しているのではなく、探しているだけなのです。

この辺りの関連記事はけっこうこのブログでも書いてて

勉強する意味を考えて何になる。

とか

悩みがつきない人間

で、ウジウジと書いてます。

創り出してるんじゃなくて、もう人々が見たいもの、もしくは僕が生み出したいものの形は決まっていて、実はそれを発掘してるだけだと考えるのです。

どこか地中奥深くに埋まってるソレを掘り出すには正式な手順を踏んで固い土をカリカリとペンで掘り進めるしかない。

それを作ったのは神様であって、僕らはそういう絶対的な意思を持つ者に突き動かされて、操作されて、手元を動かしているに過ぎない。

モチベーションが下がったとき、他でもない自分だけが目指せる美しさがあるということだけを励みにして頑張りましょう。

「自分」は何かを産みだせるような人間ではなく、既にあるものを見つけ出すレーダーであり、小さなロックハンマーを持つ囚人であり、神様の道具でしかありません。

めちゃくちゃ苦しくて、うまくいかなくて、挫折しそうなとき、「産み出す」という負担を軽くし、自分を消し去るための理屈です。

また、たまにあるランナーズハイみたいな、無我の境地みたいな精神状態に陥ったとき、自分は書いてるんじゃなくて書かされてるんだという感じになることも、多くのクリエイターさんはご存知だと思います。

その機会、そんな、たまにしか訪れない絶好の自我忘失の機会を逃さず、一緒にガンガン素晴らしいものを作って行きましょう。

素人が創作のクオリティを高める3つのステップ(完)

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