まちおこしの事を考えるとわくわくする3つの理由

なぜ誰に頼まれた訳でもないのにまちおこしについて考えるのか。

それは、町おこしのことを考えるとわくわくするから。

なんで?物好きだね、と思われた方に、僕が町おこしに感じている魅力をご説明します。

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1、やりたいこと、試してみたいことが無数にある

のっけからなんか腑に落ちない答えだと思いますが、だってそうなんだもんというしかありません。

誰でも大なり小なり色々なことに不満って感じてると思うけど、それをただ不満で済ませてしまうのは、極論、自分には関係がないからでしょう。

例えば大きな街なんかでも、例えばなんかちょっとしたゴミが出てしまってゴミ箱探したけどなかなか見つからないということってあります。

コンビニならあるだろうと思っても中に設置されていたりして、心が強ければサッと入ってサッと捨てれるんだろうけど僕はチキンだからそういうことがなかなかできません。

あー不便だ。ゴミ箱作って設置しよっと。てならないよね。

問題の質が違う?

確かに。

でも、もっと大きな問題でも、自分に関係ないことって明らかな問題であっても普通は放置だと思うのです。

それは自分がやるべきことじゃないっていう気持ちがあるから。

特定の問題には特定の問題を解決するべき人がいて、不満の対象は問題そのものよりも問題を解決できないそれらの人に向けれらることが多い。

でも自分の生まれ故郷だったらどうだろう。帰省の度にあー寂れちゃったなあとか、元気ないなあとか、もっとないのかな…こう、面白いことは!って言う不満って、誰が解決すべきなのでしょうか。

一昔前なら各自治体が~って言うのかもしれないけど、まちづくりレベルになるともちろん町民・市民の方からの働きかけがなければ何も始まらないってことが自明となりつつある。

町づくり専門の部署とかも各自治体にはガンガン作られているようだけど、それって町づくりとか町おこしに関わる問題を解決するべき人達を作ったというだけで、つまり不満の対象が低次元化したというだけで、その存在が必ずしも解決を担うものではありません。

ゴミが路上に捨てられるからゴミ箱を設置しましたで済む話じゃない。

町おこしっていう漠然とした問題だらけの物事にもし正解があるのであれば、それは専門の人とか行政がやれば済む話です。

だけど明らかにそうじゃない。各地域それぞれが自分たちだけの正解を模索していかなければならないこの分野において、そこの住民以上の当事者がいるでしょうか。

自分の生まれ故郷であり、実際に住んでおり、何らかの不満を抱えている。

これだけ当事者の条件が揃っていれば、僕は当然問題を解決するべき人の内の一人だろうし、不満がある分、やりたいことや出来ることは無数にある。町民として、個人としてね。

2、町おこしは困難な文系の問題である

この答えも一体誰が納得するのでしょうか。

でも問題って難しいからこそ魅力があります。

簡単な問題ならムキになって考えることないし、知らべて分かるなら調べれば良いのです。

まちおこし関連の問題はどんなに小さな町や村でも一地域の問題なのですからそれなりにスケールが大きく、問題同士が入り組んでいて解決は困難。

地域の住人全員が当事者ということは、その数だけ問題があり解決があると言っても過言ではありません。

僕はどちらかというと理数系の問題より文系の問題の方が好きだというところもあります。

正解が一個だけという明快さよりも、玉虫色の正解がある問題、人によって違うとか、状況によって違うとかっている捉えどころのない問題の方が好きです。

イライラするけどね笑

でも数学が分からなくてイライラしたことはないから(数学が出来たという意味ではない)、やっぱり僕が熱くなれるのは捉えどころのない問題の方なんだと思うのです。

町おこしとかまちづくりってまさにそんな文系の問題だなと。それは僕が考えるからそうなのであって、いわゆる理数系の人にしてみれば所詮数の問題だったりするのかもしれないけど、そういう解法がたくさんあるって言うのも良いところだ。

それだけ多くの人が自分の力で解決を図れると言うことだから。

3、どんだけ恥かいても一地域分

これが結構大事だったりします。

僕が朝日町でこうやってブログ書いたりこっそり何かしようとして、いつか大きな失敗をしてしまって大恥をかくとします。

だけど朝日町で言えば、笑われるのは最大でも1,500人弱です。

1,500人って言ったらどれくらいだろう。

大学の一学年分くらい?
大学の規模にもよるだろうけど、でも感覚でそのくらい。

どこの大学も代々評判悪い先生っていると思うけど、精々そのくらいの評判でしかないってことです。誰もよその学校の評判悪い先生までしらないでしょ。

で、実際は何か犯罪的な所業でもしない限り地域住人全員に嫌われることはないでしょう。

僕が真剣にやってることに対して気に入らない気持ちになる人がいたとしても、実際は僕が何をしようが関係ねえーって人がマジョリティだと思います。ほんと犯罪的なことでもしない限り。

だから多く見積もったって、僕がこの町に影響を与えられる範囲は非常に小さく、精々が一学年どころか一クラスの生徒に陰口叩かれるくらい。

その程度の犠牲で町一つまな板に上げていろいろと考えられ、色々と試してみることで、この町以外の地域に住む誰かの役に立てるのであれば、こんなに面白いことはないと思うのです。

そしてこの町以外の人の役に立つ町って、それは=まちおこしの正解の一つと言える訳です。

他人のことを考えることが一番自分の利益になって返ってくる。

なんて理想的な仕事の形でしょうか。

それも別に資格や肩書はなくたってやるべきことできることは無数にあるのだからローリスク・ハイリターンの美味しいお仕事です。

小さければ小さいほど、寂れていれば寂れている程リスクが低いのにできることが多く、伸びしろがあるからチャンスや得られるものが多い、それが町おこしなのです。

町おこしの魅力まとめ

まとめというか最後に補足。

こんなに割り切ってできたらいいんですけど、実際は不安や自分の能力の低さに打ちひしがれているばかりです。

引っ込み思案で行動力が乏しく、どちらかと言えば石橋を叩いて渡る性格の僕は一方で石橋をたたき割ってみたいという衝動もあり、なかなか葛藤を抱えやすいです。

誰かに背中を押されなければ何もできないという自覚があるものの、それも考えてみれば町おこしや町づくりには必要な素質なのではないかというネガティブかポジティブか分からない自己弁護を繰り返し。

そしてそんなああでもないこうでもないをこうして人様に聞いてもらわなければどちらにも振り切れない、面倒臭い性分です。

かっこ悪いなあと思うけれど、日本全国の人に笑われたところで精々一億人強、その中で僕のやってるこ…(以下略)

まちおこしや町づくりを通して、またこのブログを通していかに恥をかこうとも、問題を解決するまでのプロセスはやっている方も見ている方も面白いものだと思います。

なかなか解決しなかったらああーもうっ!って誰かが業を煮やして助けてくれるんじゃないかなって期待もあったりしてまして笑

だからこそ、「黙ってやる」ならぬ「黙らずにやる」を意識して、これから僕が面白いと思うまちおこし・まちづくりを模索していこうと思います。

まちおこしの魅力の話しはしたんだかしないんだかって感じだけど、とにかく、少しでもご自分の住む地域で何かしたいと思っている方の後押しになればなと思う記事でした。

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