このブログはなかなか町をおこさない

つらつら書きつけるブログの内容は、情報的なものもあるけれど、それとは一見関係ないように見えるものも書きます。

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わくわくする変化を感じながら眠りたい

町おこしって一口に言っても、置かれた立場や状況によって目的は様々なはず。

僕は町の財政がどうとか知名度がどうとか言うことに興味はありません。

なぜなら、町が経済的に潤ったからと言って僕には大した利益はないし、なんでもいいから知られれば良いという訳でもないからです。

お金を目的にするのなら商売をすれば良いし、売るためのアイデアを練れば良い。

他の町や企業がしているように、マーケティングに力をいれて、誰がどんなものを求めているのかをあぶり出し、コストをかけて売りだせるものを作れば良い。

有形、無形どちらでもいいから、人がお金を落とすシステムを考えれば良い。

何かやれば何かで有名になって、それが町の名刺代わりになるでしょう。

そういうことを考えるのは行政の方が向いてるのかなと思います。

よく分からないけど、これこれするから予算割くか!とか言えるんでしょ?

それだけで選択肢が無数にあるんだから。

僕はお金持ってないし、ブログって言う個人的なツールを使ってるから、ちょっと違うアプローチを考えるよ、というつもりで、勝手にブログを書いています。

僕の目的はこの町の人口を増やすこと。
(1年ブログ書いて、目的が若干変わってきました↓)
これは町おこしについて考えているうちに町おこしに関心がなくなったブログです

行ってないのに行けるまちづくり

地域が活性しなくても、人の感情が動けば

(でもここから下は1年経った今もほぼ同じ心境)
お金を使ってほしいんじゃなくて、この町での一人一人の営みがやがて町の雰囲気を作っていくようなことがしたいのです。

どこかで誰かが何かやろうとしてるって言う安心感やわくわく感を持って眠りたい。

明日は何が起きるのか分からないけど、でも明日には何か変わってるだろうという、育ち盛りの子供を見るような気持ちになりたい。

変化を促すにしろ、成長を促すにしろ、アプローチは大きなものから小さなものまで色々とあるものです。

メタ町おこし的なブログ

僕は小さなことをしているから、町おこしに関してもメタ的な要素を考えるのも大事だと思っています。

つまり、町おこしって何のためにやるのかを掘り下げて考えたり、町おこしの成功ってなんなんだろうって考えたり、人の行動とか心理について考えたり、それも個人で見たときと集団で見たときの行動パターンの違いとか、問題の解決法を考えるよりそもそも本当に問題なのかを考えたりとか、アイディアを練るだけじゃなくて発想するための方法を模索したり、そもそも魅力的なアイディアってなんなんだろうって考えたりする。

この町のことだけじゃなくて、よその地域のこととか、遠く離れた場所に住んでいる人のこととかも考える。

人はどんなときに幸せを感じるのか、愛郷心はどこから生まれるのか、記憶にはどんな働きがあるのか。

めんどくせえしゃらくせえと思う人もいるかもしれないけど、急がばまわれって言うし、一応魅力的な町にしたいとか面白い町にしたいというのであれば、めんどくさがらずにこういうところから考えた方が良いと思うのです。

表面だけそれっぽいことをやっても、肝心の誰かにそれが届かなければ意味がない。

だから、町のことを考えるのと同時に人のことも考える。

まあみんながみんな考える必要はなくても、僕が勝手に考えたことが情報となって、万が一どこかの町おこしのヒントになれば幸いだし、そういう根本的なことって時間を越えたり地域を隔てたりしてても普遍的に使える類の情報だと思うのです。

それも町おこしに限らず、あらゆることに応用できることだと思うのです。

発展とか人口とかそれ以前に考えることを考えておく

発想に関わることであれば、僕のブログがまんま朝日町のマーケティング材料になって、あああそこならこの事業成功しそうだなって感じで思わぬ風が入ってくるかもしれない。

それがもし、町にとって不当な代物だったり、無用の長物だったりしたとき、ごめん無理だわって言える根拠って、お金のことよりもむしろ町の雰囲気とかカラーを守るためって言う方が説得力あると思う。

お金儲けがしたければ、お金積まれたらぐうの音も出ませんってことになるかもしれないし、それこそ行政の意思一つで朝日町に謎のショッピングモールが出来るかもしれないでしょ?

立ち退き料積めば文句ねえだろみたいになって、住民も半分くらいは立ち退き料欲しさにハンコ押して、そのうち立ち退きが進まなかったら立ち退き料も出ないし事業もすすまないってことでハンコ押さずに頑張ってる人の風当りが強くなったり家に火が着いたりする。

それが怖い。

重松清の『疾走』って本を最近読んで、そんなエピソードがあったからこんなことふと考えちゃったんだけど、仮にも成長を目標とするのであれば当然考えておいてもいいことだと思います。

成長とか発展をそのままお金の問題にすり替えてしまうのは危険だし、お金はあっても荒んだ空気じゃ話になりません。

だから僕はこの町のどんなところを守りたくてこういうことをするのか、この町をどんな風にしたいのかを、できるだけ言葉にして残しておこうと思います。

実際的な潤いより雰囲気の方が大事だし、雰囲気を作る方がずっと難しい。

そして雰囲気を作るのはモノでもお金でもなく、人であり、物語です。

だから色んなことを勉強して、広く町おこしのヒントになるような情報にしたいし、人の気持ちを掬いあげ、それぞれの物語を尊重するような工夫をしたいと思っています。

僕の考え方が間違っていたり、異常だって言うなら歯止めがかけれられるように、ブログの記事を書いて公開して、僕の価値観を露出している訳です。      

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