物語(フィクション)の不足が田舎の閉塞感を招くってシナリオ

僕たちにはなぜ物語(フィクション)が必要なのか

では、まだ ”フィクション” が必要な理由が曖昧だったかもしれない。

なぜとりわけ「作り物」が、「虚構」が、僕たちには必要だと言うのかが伝わらない。

「事実は小説より奇なり」とも言うし、現実が虚構に勝ることはあっても、虚構が現実に勝ることってないんじゃないの?

そう言う人もいるかもしれません。

虚構が現実に勝ると言っている訳ではなく。

僕が言っているのは、この現実には虚構が必要なんだってこと。

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事実は小説よりも奇なり、だけど

例えば会社の先輩の誰々さんの離婚協議における白熱と醜さは、リアルな体験である分、三文小説よりはよっぽどドラマチックかもしれない。

または不運が重なりにっちもさっちも行かず自殺を選んでしまった友人を持つなら、今後どんなドラマを見ても心が動かなくなるほどのトラウマを抱えてしまうかもしれない。

事実は小説よりも奇なりというのは本当だと思います。

この言葉を信じていれば、確かに小説なんて所詮作り物で、現実の体験の方が何倍も価値がある(もしくは生々しくてショッキング)と思うのは当然だと思う。

実際には小説を越える”奇なる”できごとが現実に起るとは僕は思わないけど(誰かと体が入れ替わったり毎度殺人事件に巻き込まれたりしないじゃん)、「事実は小説よりも奇なり」という言葉は本当だとも思う。

それは、事実はどうしたって小説(フィクション)よりも大きな影響を生身の僕らに与えるということ。

百聞は一見に如かずとも言いますが、現実では確かに百回の聞いた話より、一回見たことの方が僕らにとっては重要でしょう。

殺人のニュースなんて毎週のように聞くけど、自分が一人殺したら一生に影響が及ぶだろうし、もし隣の家で事件が起きたら、これまでに聞いたどのニュースも吹っ飛ぶほどの衝撃を受けるに違いありません。これは否定のしようがない。

実際には小説を越える出来事はなかなか起らない。だけど、少しでもドラマチックなことやショッキングな出来事を経験すると、僕らはそれを忘れられない。

もしフィクションがなかったら、僕らは身近なところに好奇心を満たすものを探すだろう

自分の肉体や精神がいつも最優先される、ということだと思います。

僕らの命は一つきりですし大切に違いないから、自分の身に起きたこと、というのは常に最優先事項として注意を払うようにできている。

でも僕らは肉体の安全が保たれていると精神を満たしたくなる生き物のようで、それでなくても大人になるにつれて欲望も知能も自然に増していきますから、知的好奇心というか、知りたい見たい感じたいって言う気持ちも高まっていくものだと思います。

好奇心にも個人差があるだろうけど、多くはそういった感情を完全に切り離すのは難しいことで、世に溢れる娯楽は膨張する好奇心を満たすために役立つ。

多分そこを否定する人はいないと思うけど、それでもやっぱり作り物には興味がない、「リアル」の方が大事という人はいると思う。

繰り返すけど、フィクションがリアルに勝ると言っているのではなく、リアルにはフィクションが必要なんだって話をしたいのです。

だって、もしフィクションがなければ、僕らは身近なものに好奇心を刺激し満たす何かを探すようになるのではないか、と思うから。そしてそれはあんまり健全ではないのではないかと思うし、巡り巡って自分の世界を乏しくするリスクがあると思うから。

フィクションへの無関心が僕らの世界を閉じるだろう

自分以外の人間の人生なんて、はっきり言って虚構とあまり変わらないと思います。

だから近所の人の噂を楽しんだりするし、実際人の不幸は蜜の味なんだと思う。ニュースなんかでも誰それが浮気したとかって話題で持ち切りだし、誰もが無責任にそれを楽しんでる。

世にフィクションがなかったら、「紆余曲折」や「変化に富んだ展開」や「困難や失敗や挫折」と言った物語的な物事を、身近なものに求める、もしくは手軽なものに求める。その身近で手軽なものが、生身の人間なのか、もしくは本棚にある小説なのかって話。

この選択によって、自分の世界が閉じるのか、世界が広がるのかが決まると言っても言い過ぎじゃないよって話をしたいのです。

事実は小説より奇なりかもしれません。

作り物より、リアルな人間ドラマの方がずっと面白いのかもしれない。

それにさっきも似たようなこと書いたけど、身近なことであればあるほど、そのうま味というのは強くなるのも本当だと思います。

決して自分事ではないけれど、限りなく自分の近くで起きた出来事にはヒリヒリとしたリアリティがある。

僕らはみんなそれで満足しかねない。

生身の人間にドラマを求める習慣があれば、生身の人間で好奇心を満たそうと考えてしまうでしょう。ときには好奇心を刺激するものをねつ造し、あくまで自分の半径数メートルの範囲から抜け出さないままに、満足する方法を探すようになる。

例えばこれが人の「噂話」みたいなものになる。そしてそれは多くの場合、当事者の害になる。

結局人は創造をする。それなら初めから質の高いフィクションを楽しんだ方が良いだろう。

自分の半径数メートルから抜け出して、堂々と広大な精神世界を堪能した方が良いだろう、と僕は思う。

噂話の構造と閉じた世界

さっきちらっと口走った、というか書き走った、「世界が閉じる」とはどういうことかよく分からなかったかもしれません。

よく、田舎は噂があっという間に広がると言います。実際にそうだと思う。知らないところであることないこと話されていたりするし、それでいて本人には全然伝わらなかったりする。

だって、噂話が面白いのはあくまで完全な外野にいるときだけですから。

もしあの人が噂をしていたなんてことが本人に知られれば、途端に当事者(関係者)になってしまって、それは自分の身に危害が及ぶ事態と言っても差し支えない。小さなコミュニティの中で、人の噂で楽しむ人なんて評判は孤立しかねない死活問題です。

だから噂ってこっそり、本人に伝わらないようにされなきゃいけない。辺りをはばかって、ここだけの話ってことにしなくちゃならない。みんなお互いさまだから、足並みそろえて共犯関係にならなくちゃならない。(こういうリスクがない有名タレントの不祥事とかは良いネタなんだろう)

身近な事実には抗い難いリアリティの魅力があるかもしれないけれど、フィクションには自分の半径数メートルを軽々と越える驚きがあると知っていれば、こそっと陰で楽しんだりしなくても済むと思う。

自分を越えているから理解するのも身近に感じるにも難しいし、ときにスキルや訓練が必要になるけど、それを要らないと言った瞬間、どうせ作り物でしょう、くだらないと斜に構えた途端、身近なもので小さな自分のコップを満たすだけのもので満足するようになる。

かえって分かりにくいかもしれないけど、世界が閉じるというのはそういう感覚です。

物語(フィクション)の不足が田舎の閉塞感を招くシナリオ

閉じた世界というのは閉じているだけに、特有の閉塞感を他人に押し付けてしまうというリスクもあると思う。もしくは悪意なく人を傷つけてしまうし、それに気付かないってリスクも。

例えば、田舎暮らしの素敵さを夢見て移住した人がそこに馴染めず逃げかえるみたいな話もよく聞くけど、噂話の構造を考えれば、知らない人間というのは安心して噂や陰口を叩ける対象でしかありません。

いやどこの田舎もそうだとは言わないし、田舎の人はみんなそうだとは言いません。むしろ常識的で倫理的な人、つまり普通のモラルをわきまえた人の方が絶対に多いと思う。特に過疎問題が深刻な今の状況では。

だけど「娯楽」の少ない田舎はそうなりやすいんじゃないかってこと。コミュニティの外にいた人間(ヨソモノ)を、悪意も何もなくおもちゃにしてしまう状況って考えられるんじゃないかってこと。

そうでもしないと、田舎の閉塞感とか手厳しさみたいなものを解釈できない僕は。もしくはせっかく来た若い人を精神的に追い詰め、追い立ててしまうような事態が理解できない。

さらに言えば、そんな醜悪に見えるコミュニティ内で、内部の人同士では良好な人間関係を築いていることの説明ができない。

ほんの少しの失敗も、不手際も、謎めきさえも、無責任な第三者から見たら話しの種でしかないのではないか。(つまりニュースの中の不祥事と同じ)

ヨソモノはそれだけで「変化をもたらす存在」であって、物語的に言えば変化は「困ってしまいそうなこと」を思い起こさせますから、存在そのものがトラブルみたいなものです。

僕らは眉を顰めながらもトラブルを期待する。面白い物語を期待する。

今までいなかったのだから、最悪いなくなっても構わない人に対しては、目の前で悪態をついたりすることだってあるかもしれない(物語的に解釈すれば、トラブルに立ち向かう人はヒーローの役割であったりもする)。閉じた世界は他者を受け入れない構造を作る。

その結果が今の田舎にあるのではないか、と言ったら飛躍し過ぎでしょうか。

だから、と言えば強引かもしれないけれど、だから僕らの現実にはフィクションが必要だと思う。

人の好奇心を適切に、誰も傷つけずに満たすものが必要だと思う。そしてそういう代物は、世界を豊かにすると思う。

生身の好奇心を満たすために、生身の人間を利用しちゃいけない。それは世界を閉じる行為で、不毛なことだ。

僕らは自分の肉体と精神が一番大切だけど、赤の他人も、テレビの中のあの人も、嫌いなあの野郎でさえも、同じように自分が大切な生身の人間に違いない。

物語(フィクション)の不足が田舎の閉塞感を招くってシナリオ(完)

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