聞く人の創造性を刺激する伝え方の参考書/プレゼンテーション・パターン

理解が創造的な行為であるのなら、何かを伝達するときには創造性を刺激する何かがなくてはならないと思う。

人が理解しようと少し姿勢をこちらに傾けるとき、その人の頭の中は「創造」に取り組み始めている、ということです。

で、今回はご紹介したい本があります。

『プレゼンテーション・パターン 想像を誘発する表現のヒント』 ってやつ。

プレゼンテーション・パターン: 創造を誘発する表現のヒント (パターン・ランゲージ・ブックス)

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強制参加の町民運動会みたいな場としての「町おこし」に疑問

どうやって見つけたんだから覚えてないんだけど、求めると見つかるもんで、まさにこれだよ僕が勉強したかったのは、という本です。

井庭崇さんという慶應義塾大学の先生が出版された本らしいのですが、そもそも最初に見つけたのはこの方のブログである

井庭崇のConcept Walk

でした。

そしてこのブログを読んで、ああ、僕が興味あったのはこういうことだったんだと思いました。

こういうことって言うのは、僕は「町づくり」とか「町おこし」みたいな活動に興味があるワケではなくて、そういった営みがどうすれば好循環するかとか、どうすればより洗練された魅力的なものになるかということだったのです。

前回の記事でもちょっと書いたけど、「町おこし」のイメージってなんとなく、「全員参加の町民運動会」みたいな精神的なしんどさを感じる側面があると思います。

あと新人研修とか社員旅行でなんとはなしにはじまるビンゴ大会みたいに、盛り上がってる風を装う大人な態度が強要される空間です。

競争とかゲームって熱くならなきゃいけないみたいなとこあるかもしんないけどゴメン正直熱くなれないわいまいち乗れないわみたいな。でも主催の人とか司会の人とか頑張ってるし、付き合わなきゃなあって。

うわビンゴしちゃったよ景品取りにいくの面倒だし恥ずかしいよなかったことにしよーっていくらでも控えめになれる。

けど表面上参加しなくちゃいけない、別に誰も悪いことはしてないし、言っちゃえばそういう空間において非協力的な自分が一番の悪者なんだけど、しょうがないよ面白くないんだもん。

楽しいから盛り上がるんじゃなくて、みんなで盛り上げていこう、みんなで積極的に参加して楽しくやろうぜ運動会、ビンゴ大会っていう、無理矢理な空気が「町おこし」にもあると思います。

そういうのって町おこしのための町おこしだと思うから、やっぱそれ以上に意味はないし、魅力がない。別に好きでやってる人がいても良いけど、変な同調圧力とか場の力が働きすぎてるのだとしたらそこは問題だと思う。

結果的に僕みたいに遠巻きに見てる方を好んだり、強制参加じゃないなら部屋にいるわって選択をする人は、「町おこしに興味がない」ってことになっちゃうワケです。

で、積極性が足りないとか、協調性がないみたいな評価になるのかも。

そういうのってつまんないじゃないですか。いやいや、そんな一方的なこと言われても…って。言ってみればそういう田舎くさい「しがらみ」が田舎を田舎たらしめてるところもあると思うし。

だから、「町おこし」とかって言うならその「場」とか「設定」自体にもっと創造的な余地を与えて、魅力的にして、それぞれのやり方で関わりたいように関われるようにした方が良いと思うのです。

多様性を受け入れる間口がどれだけ用意されているかで、そのコミュニティの活発さとか予測不能な面白さが生まれると思う。

創造社会論とは

井庭先生が研究しているのは「創造社会論」と言うらしく、僕の上記のような考え方はこの学問から得られるヒントがたくさんあるのではないかと思います。

そうか、僕は「創造社会論」の入り口に立ってたんだ、と謎の感動を覚えたものです。

冒頭でご紹介した『プレゼンテーション・パターン』は「創造を誘発する表現のヒント」が34例示されています。

Ⅰ内容・表現に関するパターン

Ⅱ魅せ方に関するパターン

Ⅲ振る舞いに関するパターン

に大きく分かれており、それぞれ人に伝え、相手の創造性を刺激するための手がかりとなるようになっている。

決してノウハウを得るためのものではなく、適宜取り入れて自分の伝えたいことや目的に合わせて活用するためのアイテムです。興味ある方、自分に必要だと思う方はぜひどうぞ。

ん、待って創造社会ってなんだ? 分かるようで分かんないぞ、という方は、井庭先生のブログに明瞭な文章があったので是非読んでいただきたいと思います。

応急処置的な社会から、自己革新的で創造的な社会へ ここで一か所引用させてもらうとすれば以下の点です。

自分たちで自分たちの仕組みをつくり、つくり直していく社会 ——— このような社会を「創造社会」(Creative Society)と呼ぶことにしたい。 創造社会では、多くの人が、自分たちで自分たちのモノ、認識、仕組みをつくる。現在、誰もが生活や仕事のなかでコミュニケーションを行なっているように、創造社会では誰もがクリエイションをごく当たり前のこととして行なうようになる。 これまで、何かを消費し、コミュニケーションをすることが生活・人生の豊かさであったのと同じように、何かをつくるということが、生活や人生の豊かさを象徴するようになる。 このような創造社会では、つくるための「道具」が整備されていく。誰でも自分の思い描いたものをつくり出すことができる道具を手に入れるようになる。 そして、それを複数人でコラボレーションしながらつくるための「場」も用意される。これにはリアルな場もあれば、ヴァーチャルなプラットフォームの場合もある。 さらに、「つくる能力の共有・継承」も行なわれるようになる。どのようなつくればよいのかというノウハウがマニュアルやレシピとして共有されるだけでなく、良質なものを生み出すためにどのような発想・視点・感覚でつくればよいのかというコツも共有・継承されることになる。 このような未来に向かうような準備・仕込みをすることで、現在の延長である暗い道からテイクオフすることができるのではないだろうか。

 

以上が創造社会についての端的な説明と、その社会が目指すもの、当然必要となるものの説明だと思います。太字部分は見にくかったので赤字にさせてもらいました。

そしてこれは僕が作りたいと思っていたもので、作らなければならないと感じていたことでもある。

よって僕は、人口1500人以下の消滅間近な朝日町という場所で、「創造社会論の実践」を行うということになるのかな。

大学受験して井庭研入ろうかな、とか一瞬思ったけど、素晴らしいことに、この先生の講義はオンラインで受けられるのですねえ。

慶應義塾大学のホームページで創造社会論(水曜の講義)も公開されていますし

SFC「創造社会論2014」対談まとめ(全回 映像公開中!)

もある。

てか他にも色々な講義が公開されていて、ホントもはや高度な学問を享受するにもお金ってそんな必要ないんだなー。

まあだからってほとんどの人は見ないと思うけど(タダだと思うと本腰入れられない人もいますもんね)、講義の面白かったところはこのブログで咀嚼して記事にしていきたいと思います。

伝える技術のテーマのとりあえずのメインになりそうだな。    

聞く人の創造性を刺激する伝え方の参考書/プレゼンテーション・パターン(完)

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