文明がいくら高度に発達しても一向にぜんぜん洗練されない人間

形あるものはいつか壊れる。

だから文明もいつか壊れる日が来るはずなんだけど、その終わり方ってどんな感じなんだろう。

そんなことをたまに考えます。

なんにせよ、文明が終わるときというのはなかなか悲惨で、もしかしたらそれはもう世界規模の出来事で、その光景を目の当たりにするのはすごく怖いことなんだろうな。

多分どれだけ文明が進んでも、僕ら多分文明の最後の夜には泣き叫んだり取り乱したりする。泣き叫んだりしないにしても、大きなショックを受けるはずで、中には感動する人もいるかもしれないけど、多分すんなりととはいかないだろう。

今よりもっと文明が高度に発展して、人間を含めあらゆることが機械化して、とても合理的に、スマートに時を刻むであろう未来においても、僕たち自身は多分全然スマートに文明の崩壊を受け入れることはできない。

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変わらない愛の形さがしてる

僕らの生まれてくるずっとずっと前にはもう

アポロ11号は月に行ったって言うのに

僕らはこの街がまだジャングルだった頃から

変わらない愛の形探してる(『アポロ』より ポルノグラフィティ)

(たぶん)遠い未来、文明が崩壊するときに僕らはきっと取り乱すということを考えていると、懐かしい音楽を思い出しました。

ポルノグラフィティの『アポロ』です。

一部歌詞を抜粋させてもらいましたが、僕が感じた不思議もこの歌にある通りで、僕ら宇宙を目指したりする知恵とか技術を手に入れたくせに、まだまだ文明なんて発達する以前から変わらない愛情のような感情を持ち続けてる。

洗練されないと言えばちょっと言い方が悪いですけど、世の中がどれほどスマートに発展しても、僕らまだあの子が好きなのにうまくいかなくて苦しいとかそういうことを考えてる。

もしかしたら将来的には遺伝子的に完全にマッチした相手を端末で探して、生殖活動をするのにベストのタイミングを教えてもらったりするようになるのかもしれないけど、それでも多分感情的な部分は一向にスマートにならないままなんだろうなと思う。

平安時代にスマホ

なんか普通にありそうな話だけど、1000年前って言ったら平安時代くらい?ってことで、平安時代にスマホあっても普通に使ってたんじゃないかなということも思いました。

暇を持て余した平安貴族たちがスマホ持ったらすごい便利だと思う。

フェイスブック的なものやツイッタ―的なものもすると思うし、歌合せ(だっけ?)もオフ会みたいな感覚なのかもしれない。

作品数も増えるだろう。 恋の歌、憎しみの歌、喜びの歌、祝いの歌ってジャンル分けされて、まとめサイトができて、人気読み手がたくさんいて、とてもいい感じだろう。

みんな「おかし!」とか「あわれ!」ってボタンを押しあって楽しんでると思うのです。

何が言いたいかと言うと、文明の進み具合はその時代によって違うけど、感情は普遍的だと思う、ということ。

だから、人はホントに変わってないのだと思う。

文明は考えずに済むようにしてくれるけど、感情はそれを否定する

文明って、人を楽にするものだと思います。

便利な機械が発明されるとか、医療技術が向上するとかってのはもちろんなんだけど、肉体的にじゃなくて精神的にも、人が楽になるためのものです。

さっき遺伝子的にマッチする相手を教えてもらって、みたいな話をしたけど、それも、本当にそんな技術が発展すれば、恋愛に煩わされることはなくなるはず。

でもたぶん、僕らは相変らず「正しくない人」を好きになりますよね。

自分のことになんて全く興味を持ってくれない人を好きになったり、同性を好きになったり、相手がまだ子供でも好きになったりするんだろうと思う。

楽になるのは好きなんだけど、正しいことが好きな訳じゃないのですよね。

だからいくら日々の暮らしが楽になって、煩わされることが少なくなっても、僕らは好き好んで悩んだりなんだり、余計なことをするのだと思う。

文明に負けたとき文明が滅びる

もしかしたら、文明の言うことを完全に受け入れるようになったとき、僕らの文明は滅びるのかもしれないなと思いました。

だって、感情がなければ文明は進化しません。

不便で、悩んで、苦しむから、楽になりたいと思ってその方法を探すのでしょう。そしてその方法を見つけたらみんなに教える。僕らはそれを繰り返してここまで来ました。

余計なことを考えるなと言われれば言われる程、考えてしまうのが人間だと思います。文明が発達して、色々なことが便利になっても、僕らは悩んだり不満を感じたりするのは変わらない。

正解なんて決まりきってるだろ、どう生きれば良いかなんて分かってるだろ、どうして生き方を悩んだりするの?って言われてるような感覚に陥ることもあると思う。

でも、文明をただ受け入れるだけになれば、人はみんな合理的にプログラムされたロボットになって、色彩のない灰色の時間を過ごすことになって、そしてついに誰も文明に疑いを持たなくなったとき、形あるものの宿命に則って、それらは崩壊に進んで行くのでしょう。

まさか、そんな未来は来ない、と信じたい。

あ、でもそれなら、僕ら文明の崩壊を目の当たりにしてもそんなに取り乱さずに済むのかな?

それも味気ないな。

 文明がいくら高度に発達しても一向に、ぜんぜん洗練されない人間(完)

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