「 写真×エッセイ 」一覧

雪遊びの思い出

冬になると、友達と雪遊びをしたことを思い出します。

雪遊びの思い出は深い。

それは北海道の大地に降り積もる雪の深さに匹敵するほどの厚みを持っている。

雪面に反射する太陽の光は容赦なく網膜を、それも下方から抉り、眩しくて仕方ないどころかあとでちょっと目がシバシバする。深く穴を掘れば印象的な青が奥から奥から染み出してきて、ハイトーンな静寂に包まれる。ふかふか雪のクッションは僕たちにあるアクションを強制する。イエス高所からのジャンプ。

屋根の上に上っちゃ飛び、上っちゃ飛び、今となっちゃ何が面白いのか分からないけどやたらめったら飛んだり落ちたりしたもの。

雪一つで僕たちは飽くまで遊び、霜焼けを経験しては、「かじかんだ手足はまず人肌で(尻が良いと僕は思う)あたためること」と言ったような教訓を学ぶ。

一年の半分ほどを雪と過ごす地域において、大人になるまでは雪は大事な友達である。

ただし、雪にまつわる思い出の数々の、根雪の如く脳裏に焼き付いている最大の理由、総積雪量の如く目を剥く深さを持つ理由はなんだろう。

それは雪との戯れが無駄に過酷であることだと思います。

 

 

ある日僕と友人はこんなことを思いつきました。

「丸作ろうぜ」

雪だるまではありません。僕らは「丸」を作りたかったのです。丸と言えば数人は誤解してしまうかもしれませんが、僕らが意志疎通を図るにはそれ以上の言葉は必要ありませんでした。

僕らが思い描いていたのは「完全なる球体」

それも直径1メートル程の大きさの「まん丸」です。

今はそんなこと無理だと分かります。完全な球を作るということは接地面積は限りなくゼロに近い、点であるということを意味します。

僕らにはどう頑張っても丸っこい台形しか作ることはできませんでした。

もちろん最初は完璧な球を創り出すことができると信じていましたが、どれだけバカな僕らでも作業後10分の時点で無理だということは分かりました。

球の下部のみならず上部でさえキレイな丸にはなりません。僕らが積み上げて固めた雪の固まりは次第に小さくなってしまいます。

雪を足しながら、一応の試行錯誤をします。僕らはひらめきました。

「真ん中に傘をさして、上から見てはみ出た部分をこう削っていけばキレイな丸になるんじゃないか」

傘を雪の固まりの中心にさしました。そもそも僕らには中心を知る術がありませんでした。また、傘の柄はJの形をしておりますので、何とか中心と思われるところに傘をさしたところで傘自体の重みによってJのカーブに沿って棒の方向へ、傾きます。

僕らはそれを見て見ぬフリをして、そもそも中心を捉えられていないことも無視して、片手で傘を抑えつつ、片手で雪の固まりを撫でるように削り、理想の丸を目指して作業を続けます。

見る角度によって「傘からはみ出てる部分」が違うことにも一瞬で気付きましたが、僕らはそんなことを続けたのです。少し前と同じように、雪の固まりは少しずつ小さくなっていきます。

 

 

僕らどちらも、無駄なことだと分かっていました。不可能なことだと分かっていました。大きすぎる望みでした。

球というのは素晴らしい技術によって作られるものなのだ、ということを僕らは学んだり学ばなかったりしました。

この日から、僕らの球崇拝の日々が始まったというのはまた別の話。

うそ。バカな僕らにそんな日々が始まる気配は微塵もなく、どちらも「もう止めようぜ」とも言えないまま約1時間半、球でもなければもはや台形でもないただの雪の固まりの周囲で足踏みをしながら、無暗に手袋を濡らしていたのです。

両手両足のつま先は冷たい。足先は特に冷たい。地面から伝わる冷気は脅威的です。足踏みをしていたのは完全な球を作るためではなく、足が冷たいから。感覚はないのに冷たさだけは骨まで染み込んで、痛みに近い感覚を味わい続けるのです。

手袋の手首の部分に雪が入り込む不快さを覚えていらっしゃるでしょうか。手首の熱で溶けた雪が内部から染みて、次第に中からぐちょぐちょになっていく。

不愉快極まりない遊びです。完成は望めず、達成感もなく、いたずらに手足を凍えさせながらも、さながらチキンレースのごとく、「無理だからやめようぜ」とも言えない。地獄の石積みの方がまだマシなんじゃねえのみたいな遊びに僕らは時間を費やしました。

 

雪の思い出は深い。

いいや深いというかもう言ってしまえば不快であります。

不快な思い出ばかりが根強く脳裏に焼き付いている。

だけど不快を共にした友達のことは嫌いになれないのだから不思議。

大人になって、雪はすっかり敵になってしまったけれど、それでも嫌いにはなれないのは不思議。

あの日はどうやって終わったんだったか。うろ覚えだけど、僕らはバカみたいに飛んだはず。そんな気がする。何しろあんなにバカみたいに、屋根に上っては飛び、上っては飛びして喜んでたんだから。

友達が代表して、物置の屋根に上り、歪な丸、いや漠然とした雪の塊の中心めがけて飛び降りた。垂直なドロップキックを受けた雪の塊は笑っちゃうくらい簡単に粉々になった。

雪遊びの思い出(完)


鉄・錆写真コレクション(増殖予定)

幌加内のそば祭りに行くのに政和アートフェスに立ち寄らないなんてもったいないよ!

でご紹介した政和アートフェスを僕が気に入った理由の一つに、鉄を使った作品がたくさんあったから、というものがあります。

僕の実家は鉄工場で、それが関係あるのかないのか分からないけれど、素材としての「鉄」にはどことなく惹かれるものがあるのです。鉄とか錆とか好きな人って多いですよね。

僕もその一人。

カメラをはじめてからとりあえず工場で撮った鉄感のある写真をいくつか公開します。

これからも撮るのでこの記事ページは増殖予定です。

ここは鉄・錆コレクション用のページにしよう。

↑全体像を見なければ分からないと思うけれど、鉄の裁断機です。鉄板とかをバシンと割り切ります。怖いです。

↑鉄パイプや板が並んでいるだけ。表面の艶、曇り、錆が堪能できる一枚。

↑鉄パイプ、鉄材の断面。少し眉間がモヤモヤする嫌な感じがありますね。先端恐怖症の方にとって嫌そうな写真。

↑ここは、どこを撮ったんだっけか。撮った覚えのない写真。

↑ハンマー。木槌とトンカチ。

ピントが奥に合っちゃってるけど、良い。鉄の車輪、ドラム缶の蓋。錆。

↑色とりどりのドラム缶、表面。斜陽が当たるかっこいい錆感。

トタンに立てかけられている鉄の格子。鉄パイプ。

今のところはここまで。

 

以下ー余談的な文章も増殖予定。

・鉄、錆が大好きなのはウルトラマンが好きだったせい説について書く。

 

 


そばの花の上を飛ぶ。幌加内町のそば畑を撮影してきたよ。

去年から撮りたいと思っていた幌加内町のそば畑の満開の景色。

あわよくばドローンで、鳥の視点でこのそばの花花花の絶景を遠くまで眺められないものだろうかと思っていた念願が、縁に恵まれて叶うことになり、こないだトコトコ撮影してきました。

極度の方向音痴であり「土地勘」という言葉が吾輩の辞書にない僕は何度か訪れたことのあるはずの幌加内町へ行くのにやたら時間がかかり、道中焦る焦る。

全然知らない町に着いたらどうしようと思いながら走っていれば、そのうちたくさんのそば畑が車窓の左右を流れはじめてホッとする。

無風の夕暮れに、なだらかな丘に這うように、山間に隠れるように、小さくてかわいいそばの花が敷き詰められている。

間違いなく、そばの町である。

お気に入りの写真を数枚載せておきたいと思います。

そばの花 ギャラリー

ちょっとだけ劇的に現像したそば畑の空撮写真。奥へ奥へそば畑が続いているのが見える。

 

 

小さくて白いそばの花が、これくらいの角度からみると独特なザラついた質感の緑を作ります。

 

 

夕暮れどき、森の影が落ちるそば畑

 

 

可愛いそばの花。日が落ちる間近、弱い光に背景のオレンジと紫が混ざって花が青白く見える。

 

 

 

毎回思うんだけど、後から写真もっと撮っておけば良かったって思います。

帰り道に考えた。

月光に照らされたそばの花はきれいなんじゃないだろうか。

嵐に耐え忍ぶそばの花は健気で素敵なのではないか。

早朝の朝露が滴る花弁はどう見えるだろう。

欲が欲を呼び、撮りたい写真が増えていきます。

またお邪魔します幌加内町。

 

そばの花の上を飛ぶ。幌加内町のそば畑を撮影してきたよ。(完)


クマよさらば

先日、写真家である井上浩輝さんが関西大学の助教である溝口祐爾さんと共に僕の住むまち、士別市朝日町にいらっしゃいました。

溝口先生が実は親戚にあたりまして、幼い頃からよく見知った間柄で、普段は「ゆうじ君、ゆうじ君」と呼ばわっているのだけど、大学の先生つかまえてゆうじ君もないだろうということでここでは溝口先生と呼びます。

不要なアナウンスかもしれないけれど、これはこれから記事を書くにあたって重要な点なのです。

僕らとしてはどちらかと言うと「親戚のゆうじ君が来る」という点に意識がフォーカスされていたわけで、なんか写真家のお知り合いを連れて来るらしいよ、はあそれはそれは、朝日町気に入ってくれると良いね、とりあえず寝るとこ用意しなきゃねっていう田舎の親戚感強めの受け入れ態勢だったのです。

それで一緒にいらっしゃるというのが、「ナショナルジオグラフィック」トラベルフォトグラファーオブザイヤー2016、ネイチャー部門にて、日本人として初の一位を獲得した井上浩輝さんだと言うのだから、おいおい思ったよりすげえ人連れてくるな、となる。

「え、ゆうじ君はなんなんだい、大学の先生って一体なにをするんだい、なんでゆうじ君がそんな人と一緒にいるの…」って、なんか黒船来航みたいな、ちょうどそれくらいの「なんだなんだ感」はあるわけです。

聞けば、井上さんは東川在住で、朝日町も撮影範囲内だと言います。

溝口先生は井上さんの撮影に同行し取材するのだと言います。

そして今回、なりゆきで僕も二人に同行できることになり、伴って長年朝日町のシーンを撮り続けてきた父(血縁はないのですがここでは父と呼ばせてもらう)からこんなの触ったことないわっていう立派なカメラを貸してもらえることになって(血縁で繋がってないが故にこれが衝撃的だったのだ)、僕とカメラの関係が急に芽生えた。

この時点で僕の主体性や意思はほとんどなく、ふいに恵まれた状況に置かれた僕はあれよあれよと写真の旅に出るわけだけど、このときはこの経験がこれから書かんとすることほど意義深く、こころが動き、内省に至るものになるとは思っていなかった。

知床×クマ×写真エッセイ

朝日町を巡ったあと、井上さんが言いました。

「これから知床行きませんか」

「はあ知床。」

朝日町から知床までの道のりは約270キロあります。

僕にとっては思いつきで行く距離ではないのであります。

クマが見られるかもしれませんと井上さんは言います。

朝日町にもクマは出るけど、僕は生まれてこのかた生のクマを見たことがありません。

カメラを手にできると決まった今、僕はクマが見たくて仕方なかった。借りたその日にクマを撮れたら、それはすごいことなんじゃないかって思った。

そんな気持ちでノコノコ撮影について行く道々、ふと冷静になって、なんだって僕はこの、明らかに住む世界が違うような二人と一緒の空間にいて、知床になんて向かっているのだろうと不思議に思う。

変だな変だな、僕なにやってんのかな。

意外にあっという間に知床に到着。

夕方頃に到着してから夜にかけてたっぷり探したけれど、クマは現れませんでした。

車窓の横を流れる木々の隙間を、糸で縫うように前へ後ろへ目で追うのに、突き当たるのは紛らわしい影であり、それらしい木の根であり、別の動物であり、求めるシルエットとは違う。

日が沈んで、気温が下がり、潮のにおいにも慣れて、電波が届かない宿に着いて、おかしな話だけどやっと知床にいるのだという実感が湧く。

森の闇に紛れるシカ

知床 キツネ

こちらが一番近くで撮れたキツネでした

次の日の早朝からクマ探しが再開されました。

溝口先生はクマの夢を見たと言った。

まさに「夢にまでみたクマ」の姿を求めて僕らは行く。

でもちょうどこのとき、僕は僕でかつて見たクマの夢を思い出す。

それは悪夢で、目が醒めると同時にはね起きて、大量の汗が背中を伝っている類の映像。

小柄なクマが家の前に現れるのだけど、そいつの爪は異様に長く尖っていて、絶対に近寄っちゃダメだと分かる。

そのクマに会うと不思議なことに僕らの動きは左右前後が逆転し、なおかつ移動速度が極端に遅くなる。つまり前に行こうとすれば後ろに引き戻され、後じさりしようとすると前へ景色が進む。

バトルマンガで異能系能力者に会ったときみたいだけど、咄嗟の変化に対応できず、逃げようとすればするほどクマに近づいてしまうのでパニックになる。立ち止まり、冷静にクマから遠ざかるべく、クマに立ち向かわなければならないという不思議な夢。

それ以前に、クマが狙っているのは僕の数メートル横にいるおばあちゃんだということが分かる。クマは僕らと違い通常の速度で、ナイフみたいな爪をぶんぶん降りながら、肩を揺らし、僕のおばあちゃんに近づく。

僕はそのクマを心から憎み、今あいつを殺せるなら何でもすると考えている。内心怖くて仕方なく、汗がびっしょりなんだけど、僕はやっとばあちゃんの目の前にまでたどり着き、振り上げられた狂暴な腕を見る。

そして最期に思ったのは、「ああ、こんなヤツにもかわいい肉球があるんだな」という拍子抜けした感想。

これは夢だけど、本来クマというのは避けるべきもので、万が一出会っても喜ぶようなものではなくて、とてつもなく恐ろしいものでしょう。

夢で感じた絶望を思いだせば、わくわくしながらクマを探している自分のギャップにおかしくなる。

でも知床でだって、ただワクワクしていたわけではありません。夢の中でアイツから逃げたいという気持とアイツを殺したいという両極端な気持ちがあったように、僕には常に葛藤がありました。

森 不穏

そこかしこにクマがいそうだったのにここでは出会えませんでした

 

 

 

単純にクマを見てみたいという気持ちと、クマになんか会いたくないという気持ち。

カメラに収めたいという気持ちと、僕じゃ無理だろうなという気持ち。

クマを見るまで帰りたくないという気持ちと、今すぐ帰って眠りたいという気持ち。

この両極端な、逃げるために前へ進むみたいな、人間らしい感情が、もしくはいつか見た悪夢のイメージが、ずっと僕の中でモヤついていました。

色んな感情の糸に四方八方から引っ張られて、傀儡のようにその場に立たされている感覚。

井上さんがタイムリミットを告げました。

僕の都合があって昼には帰らなければならなかったのだけど、そうでなくても日が高くなるとクマに会える確率は減るのだそうです。

それから約20分。もう今回会えないかなと得も言われぬ寂しさに浸っていると、溝口先生が「いたいた」と確信に満ちた声を出します。僕はそれでもクマを見つけるのが遅くて、少し目を木々の間に彷徨わせてから、やっと遠くにのしのし歩いているクマを見つける。

やっぱり写真には撮れなかったけど確かに見た。

初めてのクマ。

求めてた出会いだからこその衝撃。

井上さんと溝口先生はばっちりカメラに収めてて、さすがだなあ、ってこわ、写真で見るとより近くて怖い。

井上さんが道々、「クマは闇だ」と言っていたけど、見たらよく分かりました。

重力のかたまりみたいに重たそうで、ブラックホールみたいな引きつける力を持った闇だった。

それを見た途端にクマに会いたいとか、写真に撮りたいとか、見るまで帰れない、みたいな、どちらかと言えば攻撃的でアクティブな思いあがった感情は吸い込まれて、虚脱し、バランスを欠いた僕のこころを支配したのは「これで帰れる!」という安堵感でした。

あと、薄々、今日クマが見られなかったら僕は自分のまちで、クマ見たさに「クマ出没注意」の看板に惹かれてしまうかもしれないという嫌な予感からの解放感もありました。

力が抜けて、それまで忘れていた空腹を思いだし、眠くもなって、穏やかな生を感じた。

 

 

今月入籍するのです。

週末には奥さんになる人に会えて、知床行ったんだよとか、クマ見たんだよって話しができる。多分なんてことなさそうな顔をするのだろうけど、あのときの僕はそういうなんてことない顔をたしかに求めた。

家に帰れば愛猫がいる。ああ、お前も獣だったねって思う。いつも、あまりにも彼女なりの人語で話しかけてくるものだから忘れてたけど、いつだって僕が一番会いたい獣は間違いなく、小さな牙と定期的に切られる爪を持った君なのだ。

クマを見た。

普段ならクマは好んで探すものではないけれど、カメラを手にした途端武器でも持った気になって、僕は少し浮足立っていた。

引きこもりの性質が強い僕は束の間クマに気持ちを揺さぶられ、ぎゅーっと引きつけられ、会った途端にアクティブな感情が断ち切られ、容赦のないゴムパッチンを受けた。

そうしてただ一点の、ヒリヒリと心に焼き付いた場所のことを思いだす。

僕の主体性のすべてはまちにある。

僕が能動的に生きる場所として選んだまちには、きっと僕が写すべきものがあって、僕が表現したい景色がたくさんあると唐突に分かった。

写真勉強しよう。文章を磨こうと思った。

帰り道、疲れと、動揺と、達成感に塗れながら、なんかそれについて考えるための撮影の旅だったような気がして、井上さんと溝口先生がまちに来てくれたこと、カメラとの関係が芽生えたことに感謝しながら、この記事のタイトルを考えた。

「クマよさらば」

 

クマよさらば(完)


グラバー園と人目を避けた写真集【長崎に行ってきたよ⑤】

長崎に行った最大の目的は、グラバー園を見に行くことでした。

グラバー邸は現存する日本最古の木造洋館だと言います。

ひと昔前の僕であれば、日本最古の木造洋館と聞いてもそれほど興味はなかったかもしれないけれど、僕のまちのコミュニティスペース「旧佐藤医院」instagramアカウント→(@hp_sato)の影響で、建造物に対する興味がだんだん強くなってきた気がします。

グラバー園のことはまったく知らなかったんだけど、人に教えてもらって見に行くことにしました。旧佐藤医院がどんなところなのかをもっと知るためにも見ておくと良いかもしれないと勧めてくれたのです。

聞けば長崎にあると言います。理由はないけど多分一生行くことはないと思っていた場所。初九州。そして長崎と言えば鎖国中も外交を行っていた唯一の地域です。外国人との関わりがあり、国を越えた文化の交わりがあった場所。だから木造の洋風建築なんて不思議なものもできる。

そう言えば函館も和洋折衷でお馴染みだよな、函館も港町で、外国との交流が盛んな地域だったな。

僕は函館、長崎の歴史の中で生まれた建築を見て、それから旧佐藤医院について考えるという贅沢な機会を手に入れたのです。

旧佐藤医院と函館の建築については、以前こんな記事書いてます。

朝日町にあるあの洋館はなんだ!増殖する和洋折衷建築

今回はグラバー園。

最大の目的地だったにも関わらず、女子高生がいっぱいいてあまり写真が摂れなかったことが残念です。

どこを切り取っても女子高生がいる。

本来なら喜ばしいことなのかもしれないけれど、さすがにときと場合による。

うかつにカメラを構えてキモがられたらどうしよう、とか考えちゃう卑屈な僕は、ひたすらひとけのないところを探してうろつくことしかできないのです。

よってここからは、人目を避けた写真集になります。

人目を避けた写真集

①むき出しの配電盤と光沢のある階段の柵

剥きだしの配電盤

②屋根瓦と雨どいが機械の魚みたいでカッコいい

屋根瓦と雨どい

③ガラスの中の像が込み入ってて好きな写真

グラバー邸 外国っぽい窓

④誂えたような洋間

グラバー園 洋室

⑤グラバー邸ベランダ うらびれた感じが今は使われていない洋館ぽくて良い。

グラバー邸 ベランダ

⑥網代組透かし張りというらしい。穴がいっぱいで正直ちょっと苦手

網代組透かし張り

⑥こういう植物みたいなランプを見ると洋館だなって感じる

グラバー邸 ランプ

⑦照明の種類がたくさんあると楽しくなる

グラバー邸 ランプ②

⑧なぜかこの写真が一番好き。絵を描きたくなる図。絵へたくそだけど。

隙間

⑨順番はどうかと思うけど、入場ゲートすぐの動く歩道、出口付近。期待が高まる。

グラバー園 動く歩道 出口

⑩「グラバー園の庭師」ってめっちゃかっこ良い。

グラバー園 庭師

 

グラバー園ではひとけのあるところを避けつつ、けっこうゆっくりしてたと思います。

すたたっとあまり人がいない辺りで座って、ぼーっとしてた時間が長かった。

建物をメインに見に来たんだけど、グラバー園がすごいのは庭だなって思った。

それで最後の写真を最初の方に撮った庭師さんの写真にしたみたいなところがあります。このお庭手入れするのすごーってずっと思ってたような気がする。

植物見ながら座って、なんだかいろいろなこと考えてた気がします。疲労もあったのか、空想的なことだったり、文章のことだったり、あちこち飛び回って考えました。

思えば今回の長崎旅は本当に空想的で、文章について考える機会が多く、なんか最初思ってた感じとは違って、不思議だなーと思います。

具体的なことを書くと長くなってしまいそうだから、この記事はとりあえずただ写真の記録だけにして、改めて別の記事で仕切り直して書こうと思います。

グラバー園と人目を避けた写真集【長崎に行ってきたよ⑤】(完)


ある日、夕日を撮ろうと思って。/写真とストーリー性

ハッとするような夕日を撮りたいと思っているけど、現実にキレイだなと思う程の写真を撮るのは難しいです。

写真にもストーリー性が必要だとどこかで聞きかじったことがあるのだけど、確かにただ「キレイな夕日を撮る」つもりで撮ったものにはストーリー性なんか備わらないのかもしれない。

今日はそれでもある日空を見て個人的にはハッとして撮った写真を背景に、写真のストーリー性について考えてみたいと思います。

写真のストーリー性ってなんだ

夕日

ここで言うストーリー性とは、多分その写真を撮るに至った経緯だとか、どうしてそれを撮ろうと思ったか?ということではありませんよね。

じゃあ何なんだよストーリー性のある写真って!って僕なんかは思っちゃうんだけど、感覚ではストーリー性のある写真って何なのか分かってる。

こう、写っているもの以上に語られるものがあったり、メッセージがあったり。

そういうことは何となく分かるんだけど、読めるけど書けない漢字みたいなもので、ストーリー性のある写真を見れば分かるけど、ストーリー性のある写真を撮れと言われると途方に暮れてしまう。

 

夕日 赤 青

技法なら真似できる。

「写真 ストーリー性」なんかで検索すればざくざくとストーリー性のある写真を撮る方法っぽいものを知ることはできる。

写真をほんの少し上手く見せる50のテクニック

この記事がシンプルで実用的だと思った。

でも技術を駆使したところでストーリー性には至らないのかなって思います。

写真のストーリー性ってなんだろう。

センスで片づけるしかないのでしょうか。

夕日 雲の狭間

ストーリー性を、「詩的な」と言い換えたら何か分かるかもしれません。

言い換えたところで、そういえば類似表現に「劇的な」というものもあることを思い出した。

ストーリーには「詩的な」ものもあれば、「劇的な」ものもある。

ここまで思いついたからと言ってまだ何かしっかりしたものが掴める訳ではないけど、「ストーリー性」を翻訳したり分解したりすると分かることもあるような気がする。

口数は少ないけど心に残るような詩的表現と、はみ出た感情を無理やり枠に押し込めるような劇的表現が写真にもあって、そういうものは絶対に撮る人の方に備わっていなければならないものだと思う。

そういうことならば、その写真を撮るに至った経緯とか、どうしてそれを撮ろうと思ったか?というのは大切な要素で、むしろそれを突き詰めて、文字で語ることなく写真で語れるようになれということなのかもしれない。

(以下26日追加の夕日)

夕景 電線 カラス

 夕日 電線 カラス

夕焼け 山際

ある日、夕日を撮ろうと思って。/写真とストーリー性(完)


朱鞠内湖撮影/ボートの上からドローン体験と僕の無駄な動き。

海外のドローン映像なんかでボートの上からドローンを飛ばすシーンをたまに見かけるんだけど、何となく僕それに憧れてたんですよね。

僕の町から1時間ちょっとのところにある朱鞠内湖という人造湖に行って、お誂え向きにボートがあったし、人も全然いなかったし、係の人に聞いて、念願のボート上からのドローン撮影をすることができました。

でも湖上の撮影は思ったよりも難しいし、ボートに乗ったからと言って普通には撮れないところまで撮れたということもないし、総じて無駄が多かったなと思ったので、良い思い出ということで記録しておこうと思います。

時間が足りない

30分と一時間どっちにする?って言われて、1時間もボート乗らないだろうと思ったので30分の料金だけ払ってスタート。

沖?の方に行ってドローン飛ばそうと思ったけどまずボート漕ぐのほぼ初体験だということに気づき(というかボートぐらい漕げるだろうと思って舐めてた)手間取り、10分経過の時点で対して陸から離れてない。多分50メートルくらい。

その時点で戻ることを考え、ここでドローンを飛ばそうと思ったけど、50メートルくらいしか離れてないから陸から飛ばすのとあんま変わんねえじゃねえかと思いつつ決行です。

朱鞠内湖空撮

ホームポイントからずれる

湖だからそうそう流されないだろうと思ったけど実際はその場に留まるのが難しく、ホームポイント(最初に拠点を設定してGPSの精度を確実にする)からずれてしまうし、足元が揺れるから気を抜いたら酔いそうだし思ったより時間ないし、このとき、あ失敗だなと思いました。

撮影時間は10分程度しかないから上昇して適当な写真を撮ってわりとすぐに下降するも、ホームポイントからずれてるからか手元に寄せてもやたら逃げるドローン。

からかわれているかのように、掴もうとするとソロ~っと離れて行くし、追っかけようとすると僕が落ちそうだし。誰にもバレてないと思うけどここで僕とドローンの地味な攻防があったのです。

湖上で飛ばすのって思ったより難しいし、時間的な都合もあったけど、あまり得られるものは多くなく、神経使って疲れただけだったな(笑)って思いました。

朱鞠内湖空撮2

それにしても心霊スポット朱鞠内湖

それにしても朱鞠内湖に足を運んだのは久しぶりだった。

中学一年生くらいのときに宿泊研修だったかでここに来たのですが、当時の記憶はあまりなく、朱鞠内湖がどんなところなのかもすっかり忘れていました。

久しぶりに足を運んだからと言って懐かしい気持ちになるでもなく、怖い場所というイメージだけが頭の中にありました。

もしかしたら、朱鞠内湖に訪れるキャンパーには少なからず心霊現象を期待してくる人もいるのかもしれません。

朱鞠内湖は日本最大の人造湖と言われますが、その作業の過程では多くの労働者が命を落としたらしいです。

過酷な労働環境を強いられ、日本人のみならず、朝鮮や中国から連れてこられた方の魂が乱れ飛ぶ(であろう)その場所は、どれだけ完全に晴れていても100%の爽やかさはありません。

そんなことを言いだせば少なからずどの土地もそういう側面を持っているのかもしれませんが、朱鞠内湖は北海道の中でも多分有名な心霊スポットだと思います。

僕怖い話は好きだけど肝試しとかはあまり好きじゃないからそういうこと全然考えないで行ったし何があったということでもないんだけど、何というか、そういう心霊とか関係なく、広大な湖面の静けさには神秘を感じるので、機会があれば是非朱鞠内湖に訪れて、ボートに乗ってみることをおすすめします。

 

 


音威子府村で見たアイヌの魂の片鱗

時間があるとき、デジカメとビデオカメラとドローンを持って道内をドライブします。

暖かい季節、せっかく良い天気だし、ドローンなんて遊び道具もあるし、自分の町に引きこもってるのもさすがの引きこもり体質な僕でももったいないと感じる。

にしてもやはり根が引きこもりなので、基本的には観光地よりも親近感が抱ける小さな地域だったりを狙って行きたいなって思ってる。

そういうことで今回訪れたのは音威子府村。

北海道で一番小さな村であり、北海道命名の地としても知られているここは北海道民たるもの一度は足を運んでおいて良いところなのではないかと思います。

北海道命名の地は盲腸の赴き

でもしょーじきな話、北海道命名の地って言ったところで空き地に「北海道命名の地」って碑が立ってて、命名した松浦武四郎のこととかがちょっと書いてあるパネルがあって、目の前に天塩川が流れてるっていう、すごく素朴で、行ったところでどんな気持ちになるのが正解なのかよく分からないところです。

松浦武四郎の足跡を辿ってる人とかでもない限り面白くも何ともない場所と言わざるを得ない。

そもそも北海道ってこういうところ多いと思うのです。

北海道に限らず観光地ってそういう傾向があるのかもだけど、「行った」という事実しか残らない感じ。とりあえず写真撮っとくか…みたいな。

特に北海道は、ポイントからポイントまでの移動距離が長いので、ドライブしたら運転者以外寝るっていうのもあるあるですよね。

「北海道命名の地」

北海道命名の地

行ったは良いけど全然何かが始まるような感じはしない。

むしろ音威子府という地域のどん詰まりのようにすら感じる場所です。

人間の体で言ったら盲腸的な雰囲気すらあるような。とにかくそのときは僕一人だったしすごく寂しい気持ちになりました。

「北海道命名の地ってことは蝦夷の終わりの地でもある、のかなあ?」なんて考えちゃって。

アイヌと蝦夷

蝦夷と言われると、アイヌ民族の存在感がより立ち上がってくるような感じがします。

アイヌ民族は(主に)北海道の先住民族で、独自の文化・言葉を持ちます。

北海道の地名にアイヌ語由来のものが多いことはご存知の方も多いとは思いますが、そもそも北海道という名称もアイヌ語が由来となっています。

どこがと言えば、ホッカイドウの「カイ」の部分。カイとはアイヌ語で「この国に生まれた者」というような意味を持つらしく、アイヌ人たちの自称だったそうです。

そこで、「北のカイ(加伊)が住む場所」に「道」をつけて北加伊道となりました。

なんで道?というと、当時は東海道とかって道が付くところがいくつかあったらから、その流れで自然に「まあ北カイ…道だろ」みたいな感じなんじゃないだろうかというのが定説なようです。

ところが北海道という名が付いた明治時代、アイヌ民族は名称が変わるに乗じて同化政策を受け、独自の文化が否定された歴史を持つので、差別被害の暗い歴史を持っていたり、今ではアイヌ民族というのは存在しないと考えている方も少なからずいるようです。

日本(特に北海道)では現在でもアイヌの血を引く方が少なからず生活しており、独自の文化を大なり小なり守り続けているようですが、控えめに言っても文化復興の先行きが明るいとは言えないのが現状なのではないでしょうか。

 

音威子府でアイヌ民族について考えた

そう言えば、今思いだしたから唐突に書くけど、音威子府ではじめに行った神社でお祭りの準備してた人たちすごい優しかったな。

人の善性にはそれほど差がないと思うけど、地域性みたいなのはあるような気がしてて、音威子府で会ったあの人たちは少なくとも話しかけにくいオーラはまったくなく、お話ししてて楽しかったです。

音威子府 八幡神社

さて言わばここからがこの記事の本題です。音威子府で僕が一番楽しいと感じたところの話。

砂澤ビッキという彫刻家の作品が展示してある、おさしまセンターというところに行って、アイヌの精神の片鱗のようなものを見たので、おすすめ情報としてお伝えしたいと思う。

おさしまセンター自体の情報はこちらに詳しいです。↓

エコミュージアムおさしまセンター BIKKアトリエ3モア

砂澤ビッキの作品が見られるおさしまセンター

おさしまセンター

彫刻を見て、怖いと感じたのは初めてでした。

僕はスピリチュアルな敏感さを持っているとは言えないと思うけど、鈍感な僕ですら、砂澤ビッキの作品には感じるものがあった。

怖いというのはグロテスクとかそういうことではなく、「畏れ」という字がぴったりな、気迫を感じる怖さです。

命が脅かされる怖さというよりは、魂が敵わない怖さ、屈服せざるを得ない怖さ。

このように書くと大袈裟なようだし、実際に大袈裟だと思う。言葉の不便なところで、それらしい言葉を重ねるとどうしても行き過ぎてしまう。文章上で誰かを褒めるとやたらパーフェクト人間みたいなのが出来上がってしまったりしませんか。

姿勢を正してもう少し忠実に伝える努力をすれば、砂澤ビッキの作品から感じる怖さは森林浴中、一瞬森がザワザワって鳴って、不安になる感覚に似てる。あ、閉じ込められるかも、出られないかも、みたいな不安感。思わずごめんなさいって言いたくなるような。俺何かヤバいことしたかな…という。

砂澤ビッキはアイヌの血を引いていますが、「アイヌの彫刻家という枠にはめられることを嫌った」そうです。wikipedia参照

だけどその作品からはアイヌらしい自然への畏敬が込められているような気がして、自然と対峙した彫刻家の作品なような気がして仕方なかったです。

だって普通、木に彫刻刀突き刺したらそれはもうただの木材であって、命ではないじゃないですか。彫刻を見て、まだ生きているようだと感じたのは初めてです。中心から割れば心臓があって、血がドクドク流れてきそうで、壊すようよりは殺してしまいそうで怖かった。

キメン

 

しかしこういう感想も文章上の不便です。正確に自分自身を描写するとすれば、「口が開きっぱなしになった」くらいの衝撃。でも彫刻作品でそんな経験をしたのは初めてだったのは確か。

これはカッコいいと思いました。アイヌは万物に対して霊魂が宿ると考えるいわゆるアニミズム信仰を持つ民族だと言われると思いますが、霊的なものと対等に渡り合える魂を持っていた人が実際にいたのだなと感じさせるのに十分な作品がおさしまセンターには多数展示してあります。

八百万の神とアニミズム

日本人の中にも「八百万の神」と言うくらいなのだから世の中のあらゆるものに神が宿るという思想は根付いているはずです。これはこれでアニミズム信仰であると言えるのかもしれないけど、なんか違うんじゃないかとも思う。

詳しい訳じゃないから鵜呑みにしないで欲しいんだけど、僕らが言うあれにもこれにも神様がいるっていう考え方は言わば人外のものを擬人化して考える方法だと思う。

トイレにも神様がいる、あらゆる道具に神様が宿ってる、山にも神様がいるなんてよく言うけど、どれもこれもイメージとしては仙人みたいな存在だったり、人間みたいな意志を持った何かがいるというものだと思う。だから大切にしようね、礼儀正しくしようね、感謝しようねという感じ。

対してアイヌのアニミズムにおける精霊というのは、「それぞれ違った形の魂の在り方がある」という考え方なんじゃないか。

僕らにとっては異形の存在で、住む世界が違って、言葉も全然伝わらなくて、もっと計り知れない恐怖を感じるような、ファンタジックな質感です(この感覚が砂澤ビッキの作品にはある)。

そしてその魂の在り方の一つとして「人間」という存在があり、お互いに違った魂の在り方として尊重し合うからこそ「対話」が重要になる。

現代文明は何かと神なる自然を抑え込もうとするけど、その発想は心のどこかで自分たちの方が上だという意識があるから生まれるものなんじゃないか。

アイヌ民族の自然との付き合い方はあくまで対等であり、だからこそ現代文明には受け入れがたいところがあるのかもしれないけれど、区別をするとしたらその姿勢なのではないかと思う。

どちらが優れているかは分からないし、精神的なものであればなおさら、何が正しいという話でもないのかもしれない。

だけどアイヌの根本を理解しようとする上で、砂澤ビッキの作品が持つ説得力に触れる機会はないよりあった方が良いと思いました。

モノに魂が宿ると信じられるか

砂澤ビッキはアイヌの彫刻家という枠にはめられるのを嫌ったと言うことですが、この書き方ではまさに砂澤ビッキ=アイヌの彫刻家というイメージになってしまいます。

だから最後にただの彫刻家としての砂澤ビッキと音威子府について書いて終わりたいと思います。

血統には関係なく、彫刻家として砂澤ビッキの作品には魂がこもっているようでした。仕事に魂を込めると作品に宿るのだと思わせてくれる作品が多数あります。

見事な仕事

もしが出来たら絶対にオーラ見えるってヤツ。

音威子府には工芸高校があります。彫刻とは限らないのだろうけど、多くのクリエイターが生まれる可能性がある村なんですね。

近くにこんなお手本があるのはとても恵まれたことだと思います。なかなか見られるレベルのものではない作品が近くにある。モノに魂はこもる。

音威子府 トーテムポール

仮に彫刻とか絵画とかじゃなくても、例えば文章とか、ダンスとか、あらゆる仕事にも魂がこもることは一緒だと思う。それを知っているのと知らないのとで、仕事に大きな差が出るんじゃないだろうかって考えた。

 

音威子府村で見たアイヌの魂の片鱗(完)



桜の樹の下には何かが埋まっている!

 

「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じて良いことなんだよ。」

 

梶井基次郎の『桜の樹の下には』という作品の冒頭です。

続きはこうです。

何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

僕の住むあたりでも、ようやく桜が咲き始めました。

家の庭に一本ある桜も咲いてるようです。

とりあえず部屋の中から一枚撮る。

 

庭の桜

 

ついでに川沿いに咲く桜を写真に撮ろうと思い、出かけました。

整列する桜を眺め、流れの激しい川を眺め、遠くから近くから、どのアングルが一番キレイに撮れるかを考えます。

 

「馬鹿みたいに、馬鹿みたいに、桜なんか撮って」とふいに思って、結局まともに写真を撮れず帰りました。

キレイな桜を撮って、キレイでしょって馬鹿みたいだ。桜を見たら馬鹿みたいに、やっと満開です桜の季節です出会いの季節です週末にはお花見はいかがでしょうかってブログに書いたりフェイスブックにあげたりするんだ。馬鹿みたいに。

ソメイヨシノはみんなクローンであるがゆえに時期が来たら一斉に咲くと言いますが、桜を見れば一斉にキレイと思う人の感性まで、クローンみたいに僕らの中に根付いているような気がしてすごく気味が悪いと思った。

「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」

花見の席でこんなこと言う人が実際にいたらヒンシュクを買うかもしれないけど、これは桜の美しさを信じられず、なんで桜はあんなに美しいんだろうって考えて、そうだあの下には死体が埋まっているんだ、これは信じていいことだって納得して、ああこれでやっと落ち着いて酒が飲めるぞっていう手探りの質感がある感性なのだと思います。

目を瞑っていても分かる美しさというか、いつでも思い出せる美しさです。

こういう風に、ある対象が持つ美しさを自分のモノにしてやっと「美しい」って声に出すのが本当なんだ。

じゃないとどうして美しいとか、キレイとか言えるんだろう。

「そうだ、そうとでも考えないと、あんなに桜が美しいと私が思うのはなぜかという説明ができないじゃないか、そうだそうだ。これだ」っていう、あらゆる概念に対する自分なりの質感が誰にでもあるはず。その質感をまるっと納得させるものが、「死体」ということもあるだろう。

「美しい(概念)」と「身に迫る感覚」の間には長い距離があって、キレイだと思うことと好きだと思うことは違い、もしかしたらまだ言葉になっていない好ましさを漠然と「キレイ」に当てはめているのかもしれない。

だからキレイなものを見て、キレイだと思って、キレイだから写真に撮って、キレイでしょって言うのは間違ってないけど間違ってないだけで正解でもない。

そんな面倒なことを考えながら、自分の家の庭にある桜の樹に戻ります。

庭の桜

別に僕は桜が好きな訳じゃないんだろうな。

でもやっぱりキレイだとはそれなりに思う訳で、その感覚の下には何かが埋まってる。

それが本当に好ましい感情なのかどうかも分かりません。

北海道の桜は入学シーズンに間に合わないし、そもそもピンク色って僕は日常の場面で選ぶ色ではないし、それにお花見とか満開の桜の樹の下でやった記憶がない。

ボソボソとした葉桜の下で、たいていは快晴でもなく、外にいると寒く、酔っぱらって大声を出してる人を見たり、焼き肉の後片付けをしたりしてるとちょっと惨めな気分になったりもする。

僕の桜の樹の下には、死体とは言わないまでも、たぶんそんなに良いものは埋まっていないと思います。少なくとも、死体みたいに劇的なものは埋まってない。

だってそんなに好きじゃないし。

季節の花なら紫陽花の方がよっぽど好きだし。

すぐ散っちゃうし。

せっかく咲いたんだから満開のうちに写真撮らなきゃって思ったけど、儚さが良いとかそんなんでもないさ、どうせ来年もまた咲くんだし。

舞う桜

 

咲くんだよね…?

ちゃんと来年もあったかくなったら咲くんだよね?

あーこんな風強かったらすぐ散っちゃうじゃないか。

明後日から雨かよ、桜散っちゃうじゃないか。

別に好きじゃねーしとか言ってても、なんだかんだこういう庇護欲に駆られてしまう。

穏やかな晴れの日はやっぱり桜を見て嬉しくなってしまう。

これが春というヤツで、桜は春の象徴ってことなんでしょうか。

桜 斜陽

結局こういうあざとい子が好きなんでしょ。桜を眺めていると自分の中の女性性が言う。

まあねー。あいやでもキレイだなーとは思うけど、好きとは違うかな、と僕の中の男性性が言う。

こういう複雑な感情を写真で、もしくは文章で表現するってバカみたいに難しい。

桜の樹の下には屍体が埋まっている!

よく言ったもんだ。

 

↓青空文庫のリンク貼っておきますね↓

桜の樹の下には

 

桜の樹の下には何かが埋まっている(完)


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