旧佐藤医院にある洋間と個性で回る小さな市場について

旧佐藤医院」の二階には赤い絨毯が敷いてある小さな洋間があるんですが、ここってアレっぽいんですよね。

脱出ゲームの部屋。

この部屋入る度にいつも「脱出ゲームっぽいなあ」って思う。

「脱出ゲームってなに?」って人のため、念のためこちらに無料脱出ゲームリンク集を貼っておきます。やったことない人は軽く遊んでみてください。

そして脱出ゲームっぽさを体感したら、以下に添付した旧佐藤医院の洋間を見てみてほしい。

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何か仕掛けがありそうな部屋

佐藤医院 2階洋室

カーテン閉めたまんまだからちょっと暗くてアレなんですけど、どうでしょう、脱出ゲームの部屋っぽくないですか?

なんかいかにも仕掛けがありそうじゃないですか。ランプがやけに多いぞとか、中央の時計?に何か隠されてるんじゃないかとか、あの絵の中の女性の視線が何かのヒントになってるんじゃないかとか、脱出ゲーム脳で考えると“いかにも”なところがたくさんある。

この画像から向かって左側の面も貼ってみます。

佐藤医院 洋間

ほら。戸棚の中のオブジェとか、いちいち意味ありげではないでしょうか。

一貫性がないように見えて、実は暗号になってるんじゃないかとかって考えると、隅々まで調べないと気が済まないという気持ちになりませんか。

でもね、逆にびっくりするんですけど、何もないんですよここ…。

謎とか暗号とか仕掛け扉とか。もちろん閉じ込められるってこともないし、連動して動くガジェットもない。

この思わせぶりな部屋、僕は好きです。色々想像力が掻き立てられて。

創造力が引き立てられる部屋

正直、佐藤医院で自由に遊んでいいのであれば、僕はここに謎を仕掛けたい。

部屋に入って、僕のように「うわここ脱出ゲームの部屋っぽいなあ」って感じた人がいたら、多分あちこちいじってみたくなると思うんですよね。

そのときに探れば探るほど謎とか謎を解くヒントが芋づる式に出てくれば、小さい洋間なのに2時間いちゃったんだけどみたいなことになって面白いでしょう。

リアル脱出ゲーム」なるものは既にあるから、もちろんそのコンセプトをパクる訳にはいかないんだけど、この部屋が楽しくなる仕掛け、つい考えてしまうようなこと、手を動かしてしまうガジェットが部屋の中に隠されていたら、退屈しなくて良いなと思う。

ここはそういう部屋!って言うんじゃなくて、パッと見は分からないというか、あくまで何かあるんじゃないか?と感じた人だけが達することのできる遊びみたいなのが生まれたらかなり素晴らしいですよね。僕はそういうのが好き。

てかSCRAPさん、旧佐藤医院を「リアル脱出ゲーム」の会場にしてくんねえかなって思う、「ある洋館からの脱出」みたいな感じで。採算合わなくて無理か。

創造力を引き出す個性的な土台

さて、こういう感じで創造の意欲が湧いてくることってあると思うのです。

僕の場合、謎とか仕掛けとかガジェットがあればいいのに!って思ったけど、他の人はまた違う発想をするかもしれない。

違う部屋だったらまた違う発想をするかもしれない。

こういう風に色々な人の想像力(創造力)を引き出す個性が「旧佐藤医院」には溢れてるなと思う。

ところで、「旧佐藤医院」では、全体がフリーマーケットスペースみたいなところがあります。そもそも利用者がいない状況であんま言ってないけど、そうするつもりという感じ。

だから例えば、さっきの部屋にあればハマりそうなガジェットとか、パズルとか、あるいはクラシックな雰囲気のボードゲームなんかを誰かが自作して、それに値段を付けることも可能です。面白いなと思った人が欲しいと思えば買うこともできるみたいな。

あ、思いついたから書くけど、『ショーシャンクの空に』でアンドリュー・デュフレーンが作ってたような、石を削って作ったチェスの駒とかあったら似合いますよ多分。あれかっこいいんだよなあ。

誰かがそれを買えば、その収益のいくらかが佐藤医院に運営費として入り、その他は製作者に入る。

「謎」や「トリック」といった無形物、アイデアも工夫すれば売り物になるかもしれません(ここはこんど記事にする)。

このとき重要なのは、いわゆる社会で売れそうなものを作る、価値のあるものを作るという外向き創作の仕方ではなく、場(旧佐藤医院)に似合うものを作るという閉じた発想、内向きの発想が生まれるということです。

だってきっとこのスタイルでもっとも魅力的に見えるプロダクトは、流行に沿ったものではなく、その場にフィットしてるものだと思いますからね。

ここではプレステ4よりも古風なボードゲームの方が魅力的に見えるって面白くないですか。(いや僕は多分プレステ4をプレイするけれども)

全体がフリーマーケットなコミュニティスペース

さて、こうして考えていくと、佐藤医院全体がフリーマーケットスペースなので、あらゆるところに作品を仕掛けることができます。

いわゆる社会でウケるものはなにすれば良いか分からないけど、佐藤医院の和室に置くということを想定すれば、どんな湯呑をつくれば良いのかが分かる。

社会で求められているのはどんな絵なのか分からなくても、佐藤医院の待合室に掲げることを想定すれば、自ずと方向性が見えてくる。

作品作りのプロであれば、どんな場でどんな人に使われるのかということは当たり前にしてることかもしれませんが、一般人にそれは難しいですし、いわゆるマーケティングみたいなものが必要でしょう。

でも旧佐藤医院の中で魅力的に見えるものを作るというコンセプトを持てば、多くの人にとって創造の難易度が下がると思うのです。

そこでは作り手も生まれれば買い手も生まれる、かもしれない。質が高まって行けば、独特な市場になる可能性は十分にある。

個人の創造により場の個性が高められる

そこで経済が活発にならなくたって良いと思うのです。

重要なのは、創造に対する許容度を高めることで(一人ひとりの創造力を後押しすることで)、旧佐藤医院の個性が保たれ、引き出され続けるという点にあります。

だって、旧佐藤医院が個人にとって魅力的な市場であるためには、基礎の土台たる旧佐藤医院の個性を守らなければなりませんから。

ただのお店や雑貨屋さんになってしまえば独特な価値を生み出すことも難しいだろう。

つまり、個人の創造(ここにこんなのあったら良いなという感性)により場の個性に磨きがかかり、個性が高まった場ではさらに個人の創造力が高まるという相互作用が生まれる。場が発展するのです。

若干コミュニティスペースのジレンマ/コミュニティスペースが目指す公共性とは

に書いた内容とかぶるというかループするのですが、こういう場の作り方ってこれからは地方にとって非常に大事なんじゃないだろうか。

何故なら、内面からあふれ出る需要→創造力を実際に形にするって、民間によるまちづくりの現場でこそ必要な概念だと僕は思うから。

まちづくりの話

ここまでの話を読んで、「そんな素人が作ったもので魅力的な市場ができる訳ないじゃないか、ましてや魅力的な場を作ることになんて繋がらないよ」って思うのだとしたら、同じ理屈で「まちづくり」はできないでしょう。

または経済が活発にならなくたって良いんじゃないかって辺りを読んで「いや綺麗ごと言ってるようだけど、先立つものは必要だし、お金がないと何事も立ち回っていかないよ」と思う方もいるかもしれません。

経済の面を中心に考えても、世の中では何がウケるのかな?何が売りになるのかな?どうすれば人が来るのかな?と考えるのは、マーケティング能力もなく、地の利もプラスには働くとは言えず、言わばまちづくりビジネスにおいてぺーぺーの素人集団である我々民間人にとって、漠然とした世間の需要に応えるってそれこそ雲をつかむような話です。真似事をするしかないでしょう。

じゃあプロに頼もうなんて話になって(コストをかけて)、挙句元気のない地方を顧客にしてる一部の専門家に適当なコンサルティングをされ、どこにでもある町にされてしまったら目も当てられない。これは若干被害妄想的な憶測だけど。

それだったら我々民間人は内を向き、場の個性を高めることに集中して、例え誰に注目されなくても、世間の話題にならなくても、自己満足の市場が出来上がれば、何はなくとも(経済に結び付かなかったとしても)自分たちにとって魅力的で個性的な町にはなるだろう。

自分たち住民にとって魅力的で個性的な町がもし出来上がれば世間的な価値にも繋がろうし、このときはじめて自信を持って移住やらをおすすめしたりもできるでしょう。

自分の住む場所にとって、これがあったら良いな、こうだったら面白いなという発想を、売れるかどうか、ウケるかどうかではなく、似合うかどうかというコンセプトで考える。

そう考えると、長所よりも売りよりもまず個性が大事だという発想に僕の場合はなる。

だから個性についての記事を書くし、小さなコミュニティの記事も書くこのブログでは。

この流れが本当なのかどうかは、コミュニティスペースで試してみれば分かる。

旧佐藤医院にある洋間と個性で回る小さな市場について(完)

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