はじめてのゴキブリ退治~ハネムーンで男らしかった唯一の夜~

ハネムーンの旅行記として

ラマダン中のガイドさんにトムヤムクンを勧めてしまった話

を書いたのだけど、案の定というかなんというか、妻に、もっと面白かったことあるんじゃないのと言われてしまった。面白い、ハネムーンっぽい明るい記事を書いてみろとのことであった。

面白かったよ、面白かったけど、そういうこと書いてもあの肉が美味しかったとか、マーライオン見て楽しかったとかなんかばかっぽい感じになるし、個人的に面白かったことって別に書くようなことじゃないからすぐ終わっちゃうんだよと僕は反論する。

まあそうだよねと妻は理解を示してくれる。

それに、考えてみたらハプニングらしいハプニングもなかったよね。ハプニング的なことなら読む人もある程度面白いかもしれんけど、と僕が言うと。

ハプニングね、ああ、ハプニングあったじゃん。ゴキブリ出たじゃん。

ゴキブリ?ゴキブリね。出たね。

あのとき男らしかったよ。

いやもっと男らしい場面あっただろ。

あった?

いやなかったけど。強いていうならいつもよりよく食べたくらいのものだけど。

ということで唯一男らしかったらしいゴキブリが出た夜の話をします。

北海道の長所と言って良いことの一つに、ゴキブリがいないということがあります。

いわゆるゴキブリを見たことがない。南の方ならもしかしたらいるのかもしれませんが、僕の住む北の方ではとんと見かけません。

厨房で働いてたときに小さいゴキブリ?を見たことがあるのと、沖縄でも小さいゴキブリを見たことがあるけど、いわゆるちゃんとしたゴキブリを見たことがない。

そんなに気持ち悪いんかなーと思うくらいにして生きてきたわけだけれども、船の中で見ることになりました。

海は虫が出ないから良いねー、外にいても虫に刺されないもんねなんてバルコニーでゆったりしてたのバカバカしい気持ちになりました。

妻が洗面所に入り、そして中のシャワールームの扉を開けるなり悲鳴を上げました。どこかに潜んでいたゴキブリがシャワールームのドアを開けたときに落ちてきたのでした。

悲鳴を聞き、僕は急いで洗面所のドアを開けます。

開けたら妻の足元にゴロンと明らかな虫状の何かがいて、その噂に聞くスピード、脚も羽も触覚もカサカサと人には理解できないせわしなさで動かす様子、そして複雑な光沢のある色。

いやあれもおそらくオーソドックスなゴキブリじゃなかったんじゃないかと思う。異国のゴキブリだったのだと思う。

でも羽を広げて、最初横につぶれた鈴虫か何かかと思ったけれど、この生理的に受け付けない気持ち悪さはゴキブリに違いないと思ったわけです。

うわー!!きもちわるーっっ!うわーー!ダメだ―!

男らしいか?

やたらうわうわ言ってた気がするけれども、妻が突っ立ったまま慄いているのを見れば、夫としてはなんとかせねばならない。こんなヤツにハネムーンを台無しにされてたまるか。でもなんなら通常僕の方が虫は苦手なのだ。

手で触れない、叩くものもない、殺虫剤もない。どうする、どうする、と脳みそをフル回転させ、出した答えはとりあえずコップ的なもので封印する、ということ。

部屋に置きっぱなしにしてあったプラスチックのコップを、素早く走るゴキブリ目掛けてかぶせました。

これどうすんだよ、そしてこれからどうすんだよってなることくらい僕だってわかってた。脳をフル回転させただけあります。

颯爽ともう一個持っていたコップをゴキブリを封じてあるコップの脇にそっと構え、慎重にかつ大胆に、一瞬にして両のコップの口を合わせる。

こうして一本の筒状の牢獄と化したコップを、絶対に隙間を作らないよう、尋常じゃない力を込めて持つ。持って、うろうろする。そして、うろうろする。

妻はもうすでにシャワータイムである。

コップごしとは言え手の中にゴキブリがいることが辛い。コップの中でカサカサと動き回っている。

うわーうわーと心の中で叫びながら、自然に還すことを考える。

船内の、バルコニーへ続くドアは頑丈なL字の取っ手を引き下げなければならない。取っ手は固く重く、ゴキブリを封じ込めたカプセルを持ったままの作業は少々困難だった。そこまで考えてなかった。僕のフル回転なんて所詮こんなもの。

僕は切腹を覚悟する武士のようにコップを腹に強く押し付け、コップとコップの間に隙間がないことを確認しながら重い取っ手を下ろし、やはり重い窓を引く。

コップごと捨ててやろうかと思ったけれどそこまで大胆なことはできず、居合抜きをするみたいにして右手に持っているコップを解放しながら海の方へ「いっけーーー!」と叫ばない。

叫びはしないけど満身の力を遠心力に換えて、中身のそいつが万が一にでも羽を広げて室内に入り込まないよう心の中でどっか行け、どっか行けと祈りながら、海へ放った。

ゴキブリは飛ぼうとしたかもしれない。けれど無駄だった。飛んだところで陸地は遥かかなた。少々残酷なことをしてしまったかもしれないけれど、そんなことを考える余裕なんてなかった。

シャワーを浴び終った妻はありがとねーって出てきたけど、なんか全然足りない。めっちゃ怖かった。僕は虫ほんとダメなのだ。

あのとき男らしかったよって昨日言ってたけども、僕は感じなかったぜ、自分の男らしさ。


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