コミュニケーションは応用が利かない

ふと思ったことなのですごく短くメモのようにざっくばらんに書くけど、コミュニケーションは応用が利かないなと思う。

例えば、親友と呼べる人がいるということは少なくとも親友を作る程度のコミュニケーション能力があるということだけど、だからと言って誰とでも親友になれるわけではないですよね。

というかだから親友なんだろうけど。

もしくは、恋人と長く付き合っている人は少なくとも恋人を作って割と長い間その関係を継続させる程度のコミュニケーション能力があるということだけど、だからと言って誰とでも付き合えるわけではないし、付き合えたとしても長く続くとは限らないです。

なんか急にそんなことを思いました。

例えば僕には親友と呼べる人が二人くらいいるんだけど、だからってブログに「親友を作るコツ」なんて書けないし書かない。

僕は彼らだったから仲良くなれた訳で、普遍性はまるで無いと言えば言い過ぎかもだけど、少なくとも技術的な要素はなく、結局は相性と縁ですねって話になる。

具体的な言葉にするとすればとても特異的な一点を指して、「あそこで僕が自転車壊して大変だったときに通りがかってくれて~」みたいなエピソードを話すしかなくなると思う。「そのあとはなんか、何かと縁があって」みたいな。

もしくは、僕には高校時代から11年付き合っている彼女がいますが(来月結婚予定パチパチ)、だからと言って恋人と長く付き合うコツなんて書けない。マンネリ打破法も、ケンカしない方法も、仲直りする方法もまったく書けない。

僕は彼女とだから長く一緒にいれたし幸いまだ仲が良いけれど、他の誰かと同じように付き合って、ケンカしても仲直りして、ウンザリしたり退屈したりせずに過ごすなんてことはできないから。

ある人と良好なコミュニケーションができるからといって、別のある人と良好なコミュニケーションが取れるとは限らない。

というか僕のように人との交流が狭い人間にとっては、意識的に人間関係を構築するなんて無理だとすら思う。

強いて一つ挙げるとすれば、良好なコミュニケーションを保ちたいのなら、良好なコミュニケーションを取り続ける努力をするしかないな、とは思います。

ほら何も言ってない感じになってしまう。

結局コミュニケーションは応用が利かないってことで僕は納得しました。

コミュニケーションは応用が利かないなんて、書いてみればすごく当たり前なことのようですが、対人関係は常に絶対評価?であるという点について、忘れがちだったというか、鈍感だったなーと感じたのでメモしとこうと思いました。

コミュニケーションは応用が利かない(完)

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