まちづくりの設定について考えよう

まちづくり=設定づくり

という記事をこないだ公開しました。

まちづくりで作るものは、そのままできたものをハイって渡すようなプロダクトよりも、関わった人と共有できる「設定」の方が大事なんじゃない?みたいな話でした。

設定さえガチッと決まっていて、面白そうだったら、周りが勝手に想像しだして、より豊かな創造の連鎖が生まれるんじゃないか。ドラえもんやクレヨンしんちゃんのストーリーが尽きないように、みたいな話。

過去に書いた記事に、似た発想のものがありました。進歩してないというかなんというか、具体性の周りを遊泳しているようなブログだということが分かります。興味ある方はどうぞ。

まちがある、何ができる?創造性を引き出す装置について

この記事では、「まちづくり=設定づくり」を意識して、ちょっと具体的に、設定をこさえてみようと思います。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

物語の設定はどんな要素でできているだろう

設定と聞いてみなさんが思い浮かべるのはなんでしょうか。

僕の場合は「物語の設定」です。

マシンの設定を思い浮かべる方もいるかもしれませんね。

でも僕は「物語の設定」。

ドラマ、アニメ、ゲーム、コント、などなど、物語を進行する上で、「設定」は不可欠のように思います。たいてい第一話や始まりはこのあたり(設定)を紹介することが目的となります。

では具体的に、設定とはどんなものを指すのか。

①舞台

②人物

③目的

大きいところはそんなところでしょうか。

文章にすると

「誰が何をする物語」なのかが一番大きい「設定」でしょう。

舞台は否応なく設定しなければならない、という感じ。

※このあたり、何かの本を読んだか人の話を聞いたかしての受け売りに違いないです。何の本に書いてあったか定かでないのが申し訳ないですが、というかどの本にも書いてありそうなのですが、耳タコだぜという方はどうぞ生ぬるい目で見てください。

この記事の目的は物語の設定を説くことではなく、「まちづくり上の設定をこさえること」です。

さて、誰が、何を、に付け加えるのが、いつ、なぜ、どこで、どんな風に(orどうやって)、と言った要素。

5W1Hですよねいわゆる。

ワンピースは「ルフィが海賊王になる」話ですし、ドラえもんは「未来から来た猫型ロボットが、落ちこぼれ小学生の子守りをする」話です。

どうやって?なんで?という疑問は、物語の進行に伴って明かされるのが普通です。

しばしば読者や視聴者が感じる疑問をそのまま抱く登場人物の存在があります。

その他、下位カテゴリーの物語設定

ちょっと細かい話に踏み込んでいきたいのですが、設定の下位の部分も大事ですよね。

便宜上、下位カテゴリーの設定と呼びますが、人によってどこを重視するのかは違うと思うので、あくまで便宜上、ということで、引き続き生ぬるい目でご覧ください。

キャラクターの個性の強さについて

例えばキャラクターの個性の強さ。

ルフィもドラえもんもかなり個性的ですよね。単体で面白いところへ、別のキャラクターが組み合わさることで面白さが渦を巻いて上昇していくという感じ。

小説で特にキャラクターって大事だな、重要な要素だなと感じるのには、例えばシャーロック・ホームズシリーズがあります。

シャーロック・ホームズと助手のワトソン君の組み合わせを踏襲している作品はとても多いです。鉄板のふたり、絶対面白い組み合わせ、と言ったところでしょうか。

キャラクターって大事だなって思います。

目的の質について

さらに細かい話になってしまうのだけど、目的(どうしてそれをやるの?)という部分の質も問われると思います。

ポイント①主人公の目的は困難である方が面白い

ルフィが海賊王になるんだ!と言えば、村の大人たちはめちゃくちゃ笑います。お前には無理だ的なことを言われまくるわけです。

最初のうち、ルフィはかなり馬鹿にされますよね。お前ごときが海賊王wwみたいな反応をされます。その反応を実力でねじ伏せていく様は爽快。

実際海賊王になるって非常に難しいことが分かります、というか海賊王ってなんぞ?というところすらあいまいだったりして、とにかく途方もない目標を掲げていることが分かります。

そんなゴールに向かって、キャラクター性と切実な動機を説得力にして突き進むわけです。

ポイント②動機がはっきりしていて切実な方が面白い

ドラえもんがのび太のところに来た理由は、のび太の子孫であるセワシ君の人生がろくでもないのはおじいちゃんのせいだ!ってところからです確か。

のび太がもう少しマシな生き方をしていれば、セワシ君の人生ももう少しまともになったはず。だからドラえもんをおじいちゃんであるのび太のところへ派遣して、未来を変えてくれという話です。

もっと切実な話をすれば、のび太君の結婚相手。そのまま行けば、のび太はジャイアンの妹であるジャイ子と結婚する運命です。

しかしドラえもんが来ることによって、しずかちゃんと結婚する運命に変わる。

のび太君にとってはこの点がかなり切実なんだと思います。ドラえもんを受け入れる動機は十分ですよね。

この始まりの部分、ドラえもんと共同生活をするに至った部分を仮に知らなかったとしてもドラえもんは面白いので、個人的にはキャラクターが優位だなと思います。

ぼくのまちづくりの設定

さてこれに照らし合わせて、ぼくの「まちづくり」という物語の設定をこさえていきましょう。

なんか急に現実の話になってつまらない感じですけど、この記事の本題はここです。

舞台は僕の住むまち、「北海道士別市朝日町」です。

朝日町に限って言えば人口は1000人程度。かつて林業で栄えた町ですが、多聞に漏れず、少子高齢化の憂き目にあっています。

人物はこの場合「僕」でしょうか。ただ、自分が主人公であると捉えるのは少し抵抗があります。

そのあたりは以下の記事で語っていたと思います。興味のある方はぜひ。

「ものがたり的な視点」と「主人公のポジション」を明け渡す感覚

「僕らはみんな人生の主役だ」は本当か。与えられる「主人公」というポジションについて

まあ、とりあえず確定した人物として登場するのは僕です。塚田です。文章を書いて生活しています。既婚です。最近民泊の届出を終えたので晴れて自宅に人を招いて料金をいただくというシステムが完成しました。

ここで簡単に設定を文章にすると

「塚田がまちづくりをする話」です。

つまんなそうですね。この時点でこんなアニメもゲームもドラマも見る気になりません。

思い出したので言及するけど、まちづくりをテーマにしたアニメ作品に『サクラクエスト』があります。

この作品の設定を取ってみても、主人公は東京から来る女性です。

主人公となるのはしばしばその場にいる人ではなく部外者で、巻き込まれるというのが物語の始まりの王道だと思うのです。

だから僕、よそから人を招ける状況を作ろうと思ったんだよな。他所から来る人は観察者兼語り手に成りうる。その方が物語として魅力的だったりする。

観察される町、語られる町にならねばならず、僕は自分が観察されるに足る人間じゃなきゃと思う。

ああ少し脱線してしまいましたね。

ぼくのキャラクターを面白くするか、まちづくりの動機を面白くする(もしくは両方)

とりあえず僕がこの物語の主人公だとしましょう。

ここから他人を引き付ける方法は、この記事上では二つほどあります。

①僕というキャラクターを面白くする

②活動の動機を面白くする

考えたらブロガーだったりyoutuberだったりって特にキャラクターが面白かったりしますよね。なんか一昔前にブログ論的な話題でキャラクターがどうとか見たことある気がするな。

キャラクターを面白くすると言っても、嘘をつくわけにいかない、というか、面白いからと言って僕がしたくないことはしないので限界があります。

僕のキャラクター性を客観的に評価した上で、僕はどんな風に世間に見られたいのかを考えたい。

僕はどんな目的を持っているのか。

なぜそれを達成したいと考えるのか。そして、どのように達成するのか。

いい加減かったるい展開なので結論を先に言います。

僕が「小説(創作)×まちづくり」で達成したいのは、「小説的な経験を現実に生み出すこと」です。これが僕の大目的。決して面白そうではないですね笑

まあよい、面白いにもいろいろある。

小説を読む、という行為は経験です。小説を読むという時間の中に小説は生まれると思います。多分保坂和志著『書きあぐねている人のための小説入門』にそのようなことが書いてあったと思います。

『書きあぐねている人のための小説入門』は何度も読んだけど保坂和志の小説は読んだことがない

小説的な経験をすることってあると思う。

それは劇的だとか、怒涛だとか、意外だとかということに限らず、ちょっとした謎が紐解かれていくこととか、それまで考えてもいなかったビジョンが浮かんでくるとか、非現実的な空間に入り込むとか、他人の価値観について深く納得するとか、そういうようなこと。

小説に感じる面白さは人それぞれだと思うけど、僕は小説を読む時間にしか得られない経験があると思って小説を読んでいます。

しかし、小説を読んでいればこそ、小説的な経験を現実で体験することもある。ああ、物語がある、謎がある、世界があり宇宙があり無限があると感じる瞬間がある。

そういうものを現実に作り出せるようになりたい、というか、誰かと共感したいなと感じているのです。そんな瞬間が垣間見える地域になれば良いと思っている。

意味分かるだろうかと心配だけど、まあ分かってくれなくても良いや。読み飛ばされても怪訝な顔をされても見向きもされなくても良いや。まずここまで読んでくれてる人がいるかどうかという問題だ。

ルフィが海賊王になるって言ったって笑う人はいるのだから、人目を気にしていたら掲げられる目標も掲げられないですね。

全然注目されない小さなコミュニティで、誰もしらない冒険をしよう

小説家になりたい僕のキャラクター

僕は個人的に小説家になりたいです。これは小目的です。

小説家というのは、意見を持たないということ、迷い続けること、悩み続けることが素質の一つとなる仕事だと思います。

社会的には劣等生かもしれないけれど、そういう態度を貫く頑固な態度を価値にまで高められる仕事だと思っています。

だから僕は小説家になりたい。

いやこんな動機は後付けで、大した鵜呑みにしないでほしい。単純に「小説家」という芸術的な肩書きに惹かれているだけかもしれないし、「働きたくない」の言い換えかもしれない。何を言っても本当で、何を言っても嘘だと思う。

さて、これも嘘か本当か分からないけれど、小説という分野にも、いろいろな変革が必要だと思う。もちろん伝統というか、守らなければならない部分もあるかもしれない。

多分僕が小説家になりたいと思っているのは、この守らなきゃいけない部分の真実も知りたいと思っているから。小説とはなんぞや?という、多分小説を書く人すべてに共通の謎とテーマを考え続けたいという欲望。

その上で、プリンタと言えば紙に印刷する道具だったけれど3Dプリンタが生まれて立体を作り出すことが可能になったみたいに、小説も、二次元のものを読むしかないという状況から脱する部分があっても良いのではないかと思うのです。

まとめ

芝居やドラマを作りたいってこと?と言う人の顔も浮かんでくる。

否定はしきれないし芝居もドラマも好きだけれど、多分さっきまで書いていたような小説的な体験のことを言っている。

少し精神が豊かになるような瞬間を、ここを訪れる誰かと共有したいなと。

いやー結局なんもかも分かんねえっすよね、でもこう分かんねえっすねって話してるとなんか面白いですよね人生!みたいな感じで誰かとひと時を過ごせるような豊かな場所を作りたい。

だからまちづくりなんだ。場所を作りたいという目的が大きいゴールだからまちづくり。

僕が小説家になりたいだけなら、ひっそりとひたすら小説を書いていれば良いのだけど、「小説家になりたいな、この時代、このよう分からん世の中で、ちょっとでも真実と思えるものを書きたいな、と思っている。

ほんと、ゼロから嘘つこうって思って書いたもの作ったものの方がよっぽど信じられる時代だよね、とか思うわけです。人為は美しい。このブログでなんか気付けば僕何回も人為は美しいって言ってるんですよね。

もうここまで長くなっちゃったんで開き直って関連記事のリンク貼っておきますね。作り物は美しい。

創造物が現実を豊かにする/人為は美しい

劇団四季の『ライオン・キング』で感動して人為は美しいと思った話

井伏鱒二の『貸間あり』と『リップヴァンウィンクルの花嫁』/化けの皮が剥がれて見える美

『草枕』の創作論/芸術は僕たちの現実を少しはマシにしてくれているだろうか

ああ結局要領を得ない長い文章を書いてしまった。

設定は一言で言えてなんぼなのだ、一言で人々を惹きつけられるように考えるべきで、それができないのはちょっと洗練が足りないのだ。

しかし最後に無理やりまとめると、以下のようになる。

塚田が小説的な経験ができる町を作るために小説を書き続ける話

がこのブログでは展開されています。

スポンサーリンク
スポンサードリンク