良い文章を読んだときの感覚/キッチンっぽさ

良い文章が書きたいと思うのと同じくらい、良い文章を読みたいと思っています。

普段どちらの欲望の方が強いのかというと、おそらく「良い文章が書きたい」の方だと思うんだけど、これは単純に難易度の問題であって、実のところこれらの欲望に差はありません。

食欲と睡眠欲と性欲ではどれが一番強いかなどと聞かれてもそれはときと場合によるとしか答えようがなく、単純にそのとき一番満たされていないものが最も強く求められる訳です。

文章の場合、良い文章を読むのは比較的簡単だけど、良い文章を書くのは難しいという話。

え、それホント?良い文章ってなに?そんなにたくさんある?

そう聞かれてみれば、「良い文章読んだなー」って思う機会ってそれほど多くないや。

実は良い文章を読むこともすごく難しいことなんじゃないの?ってことで、僕はどんな文章に触れたときに「良い」と判断するのかを考えてみたいと思います。

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良い文章の定義

まずは一般的な話をしようと思うけど、一般的な良い文章の定義って段階で難しいです。

例えば、これが読みたかったんだ!っていう文章。これを言って欲しかったんだよ!っていう共感を呼ぶ文章。目的を持った誰かに発掘される文章であり、良い意味で新しさのない文章。

もしくは、形式に則った完璧な論理構成の文章。目的にあった文章。論文やセールスレターや結婚式の招待状の返信などはオリジナリティを強調しすぎるとスベります。分かりやすい文章とも言えるかもしれません。

あとは、思いがけない論理や思考を見せてくれる文章。目的を持って発掘される文章ではなく、出会う文章。

いずれも良い文章には違いないと思いますが、誰もが分かっている通り、良い文章に絶対なんてことはありません。

文豪の小説が全て優れた文章でできているかと言われればそうでもないし、結局のところは好みの問題で、誰が何と言おうと読めないものは読めない、感動しないものは感動しない。

でもでも、「おおー」って思う文章ってやっぱりたまにありますよね。

僕にもあるんだけど、その共通点って何だろうってことを考えたいのです。

そこが言語化できれば誰か教えてくれるかもしれないですしね。

記憶に残る文章

良い文章ってやっぱり記憶に残るものだと思います。いわば良い文章だと感じる文章の共通点ってこれに尽きると思う。もちろん人によって違うだろうからもっと掘り進めないといけないですが、まず「記憶に残る」ってのが大事です。

一種の中毒性みたいなものがあって、意味もなく読み返したくなる。WEB上の文章だったら「タイトル思い出せないけど確かこんなフレーズがあったよな」って感じで検索したことありませんか?それって良い文章だと思います。

フレーズとか書いちゃったけど、音楽と文章には親和性があると思う。良い文章って実は良い音楽にすごく似てるんじゃないでしょうか。音楽でもタイトルとか全く思い出せなくてもワンフレーズだけ覚えてたりとかってありますよね。

文章を書いていてもテンポとかリズムとか波とか強弱ってやっぱり意識するもんだと思いますから、実はやたら聴覚的な領域の作業なのではないか。読むのも、もちろん書くのも。

で、そういう、一度聴いたら頭に残ってしまう音楽のようにまだ頭に残っている文章ってなんだろうと考えると、って言うか頭に残ってるから考えるまでもなくいくつかポンポンって出て来るので一例を挙げるとすれば

私の時代は終わった。

というブログの

失恋マニア

という文章。傑作です。

言葉選びとかレトリックとか持前のユーモアセンスとかそういうのも優れているんだけど、もうそんなこと言うだけ無粋で、良いから黙って聞いてろよって類の文章。

なぜ良い文章を読みたいのか

昨今、ほとんどの文章は使い捨てだと思います。

こういうブログを書いていると思うけれど、書くときにもどんな文章を書くべきか?という悩みは常にある。今日は何を書こうか?と考えるのはしんどいことでもある。

誰かが検索して辿り着くような文章を意識しても良いけれど、文章をそこまで道具的に捉えられない僕はさっきの失恋マニアみたいな文章に強く憧れたりする。

誰かの悩みを解決する訳でも、誰かにノウハウを教える訳でもないけど、その文章を読んだだけでその日一日と言わないまでも数時間はアクティブな状態になれる。ポジティブとかネガティブじゃなくてアクティブな状態ね。

穏やかな川の流れとか、雲の流れとか、燃え盛る炎を眺めているときのような精神状態。興奮なのか冷静なのか分からない、多分どちらも同時に満たしている状態。

これは芸術に触れた状態であって、感動しているということ。こういう状態に少しでもなれる文章が読みたくて、僕は毎日本やブログを読み漁ったりしている。

ズーン…でジューッと来てタンッと終わる

最後にまとめとして、僕が思う良い文章の共通点を書いてみようと思います。

記憶に残るって言うのをもっと掘り下げて言うと、言うなれば擬音でしか表せられない文章です。まさに音楽的。いや音楽と言わないまでも、少なくとも聴覚を必要とする音が支配してる感じ。

身近なところで言えばキッチンみたいな雰囲気の文章が僕は好きです。キッチンの音って騒々しかったりするけどけっこう心地よくて音楽みたいだと思いませんか。

ズーンっていう重低音の、夜中に気になる冷蔵庫のモーター音みたいなのが底の方に流れてて、一定のリズムの高い音がある。包丁で何かを切っているような音です。テンポは速くても遅くても良い。切るものによってそれは違います。

そして段々賑やかになって行きます。

レンジの音が加わるかもしれないし、ジューって言う揚げるんだか炒めるんだか分からないけど料理を形作る決定的な音がある。

それが終わるとカチ、とかピーとかって言いながら一斉に音が止んで、一瞬シン…となったかと思えば匂いが立ち込めてくる。

お料理がフライパンから皿にストンと流れ落ちて、道具をシンクに放り投げる騒々しさがあって、料理が乗ったお皿をタン、タン、タンとテーブルに配置していく感覚。

そういう感じの、一緒に料理をしているような感覚になる文章が僕はなんだかシンクロ感があって好きです。

ここまで読んでから「失恋マニア」を読むとああーって思ってくれる人がいるかも。

良い文章を読んだときの感覚/キッチンっぽさ(完)

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