例えば、「謎」を通じて「創造で繋がるコミュニティ」を説明する場合

前回の記事では、僕の住む朝日町にあるコミュニティスペース「旧佐藤医院」の二階にある洋間が、なんか「脱出ゲームっぽいんだよな」という話を書きました。

何か隠されてそう、何かあってもおかしくない、いや何かないと納得できない(僕の感想)。

そういう雰囲気だから、ここには謎や仕掛けがあって然るべきなんじゃなかろうか、そういうのがあった方が面白い部屋になるんじゃなかろうかと考えた訳です。

だから多分僕、パッと見では分からないようにこっそり何らかのトリック仕掛けておくと思うあの部屋に。

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部屋に謎を作って仕掛けるとする

今日はこのブログの中で割と重要なテーマとして扱っている「創造で繋がるコミュニティ」とは何かという、概念的なことの一部が伝わる記事にしたいと思っています。

概念の話なのであまりにも抽象的な話になってしまうという危惧があったのですが、「旧佐藤医院の2階洋間」をモデルにして話をすれば、少しは伝わるのではないかなという期待があるのでチャレンジしてみます。

さて、例えば、件の部屋に僕が謎を仕掛けるとします。

そして、いつか誰かがその謎を見つけ、トリックを解き、何らかの成果にありつくとする。

そのトリックを解いた人は、誰かにそのことを話すかもしれないし、話さないかもしれない。

それはどっちでも良いんだけど、またなんかのきっかけで「旧佐藤医院」に足を運んだとき、何となく期待がこみ上げて、例の部屋に行ってみる。

果たして、前とは少し様子が違う。気にして見た人にしか分からないように微妙な違い。なんだこの違和感。なんだろう。ああ絵が変わってるんだ。

ということは、あそこに何らかの謎が仕掛けられているかも。すると、確かにある。何らかの解決すべき問題が見え隠れしている。

解けるかもしれないし、解けないかもしれない。解答はこのブログにでもこっそり書いておく。僕は誰かのために答えを用意し、誰かは答えを見るためにブログを見るという、ちょっとしたコミュニケーションが生まれる。

仮に、そんな流れができたとする。ある特定の人だけにとって、例の洋間は「謎解きの部屋」になる、という流れ。用意した謎を通してちょっとした関わりを持つという流れ。

遠くの人も創造に参加できるように

僕は謎を募集するようになる。

誰が解くか、誰も解かないか、気づくかどうかも分からないけれど、コンスタントに例の部屋に謎を用意しておくため、誰かを頼るようになる。

その誰かは、暗号でも良いし、部屋にある調度や置物を使った仕掛け、ストーリー問題、専門家だけに分かるほのめかし、謎という程ではないけどちょっとした不思議な現象、などを僕に教えてくれる。

中には自作のパズルや、ボードゲームを送ってくれる方もいるかもしれない。

そんな面白いことになったとして、あの部屋を巡って、あれこれと考えたり作ったりする人が増える。

これが、僕の思う「創造で繋がるコミュニティ」です。

「みんなで何か作ろうぜ!」みたいなのももちろん良いんだけど、誰も顔を合わせることなく、直接話し合ったりする必要もなく、だけど「コンセプト」が共有できているからこそ、その場にあったものを創造できるという繋がり。

ここまでのはあくまで例というか妄想に近い話だけど、流れとしては何を言ってるのか分かってもらえると思う。

イメージは野球チームの感じに似てる

僕は生理的に「みんな一丸となって目標にむかってなんちゃら」ってのは受け付けられないところがあって、力合わせよう、協力し合おうとする意志には賛成なんだけど、そのスローガンってどうしてもなきゃダメ?って思ってしまう。

やっぱりそれぞれが独立してて、状況に応じて自然に協力し合う、もしくは協力という意志がなくても、誰かのやったことが誰かの行動に影響するというのが好きなんです。

スポーツで言ったら僕チームプレーはどうやら苦手なんだけど、高校時代は野球部です。

野球は良いです。あれよく見たらほぼ個人プレーですからね。打席に入るのも一人。球飛んできても一人。他のスポーツ詳しくないから分からないけど、あれだけ個人の成績が細かく出るスポーツってないんじゃないかな。

だけどそういう一人ひとりのプレーが繋がって得点に結びついたりするんだから、やっぱりチーム感はあるし、みんなのために頑張ろうと思う瞬間もあるし、「野球は一人ではできないもの」だともちゃんと感じる。

創造で繋がるコミュニティを作りたい動機

僕が「創造で繋がるコミュニティ」を作りたいのは…、んん、なんででしょうか。ちょっとちゃんと整理できていないというか、いくつもの動機が入り乱れてる感じがします。

多分「まちづくり」に焦点を当てれば、遠くの人、簡単にはここまで足を運べない人、もしくは人と顔を合わせるのが苦手な人でも、興味さえあれば僕の町のまちづくりに関わり、参加してしまってる、みたいな仕組みを作りたいと思ってるから。

「僕個人の趣味嗜好」に焦点を当てれば、例えばこういうネットの力を使うことで、顔を合わせたこともないのに一緒に何か作れてしまうとか、一緒に同じ目的を持って何かを考えることができるとかってことに純粋なロマンめいたものを感じてるから。

「創造」に焦点を当てれば、意見をぶつけあうよりも、一緒に何かを作る方がよりお互いを知れるような気がするし、何より何か生み出す過程は僕らにカタルシスを味わわせてくれるから。

多分こういう感じです。

まだ色々と増えるかもしれないし、言い方とかは変わるかもしれないけど。

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