よそものを受け入れるための思考拡張と価値の創出

肉体には限界があります。
走る速さ、起きていられる時間、空腹にはなかなか耐えられない。

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未来を考える

体があるからこそ、僕たちはこの時代のこの時間のこの場所に縛られます。

肉体を維持するために寝たり食べたりしなければならないのですから、非常に邪魔くさい存在です。

すべては自分の思考をここにとどめておくため。思考や精神は脆く、地球上では何か入れ物がないと存在していられない。

僕たちが宇宙空間では宇宙服を着なければならないような感じ。肉体を脱いだら精神もシューって蒸発してなくなってしまう。

だけど肉体があるうちは、精神はとても自由です。
この時代に留まる必要も、この日この場所に留まる必要もありません。

だって明日のことを考えることもできるし、過去を悔やみ続けることも出来るのですから、時間とか空間とかは、精神の前では関係がありません。

遠くない未来、この朝日町にも「よそもの」がやって来るでしょう。
そのときのことを想像することも、頭の中でなら可能です。

よそものが来ると過程して、その人たちを受け入れるためには、思考を拡張する必要があります。

頭の中では5年後、10年後のことを考えることが出来る。全く違う地域に暮らす人たちのことを想像することができる。思考は三次元的にも四次元的にも延々と広がって行って、一瞬でここまで帰ってくることができます。

宇宙の拡がりと文明の拡がり/宇宙と頭の中は似ているという話。剣淵の夜、補足譚。

5年後、10年後。

その頃には色々なことが変化しているはずです。今よりも個人化が進み、あなたがどこの誰かということを説明するときに、日本人であるとか、どこどこで働いているとか、もしくはどの学校の生徒だとか、そういう所属的な要素は大して重要ではなくなっている。

どこにいても工夫次第でお金を稼ぐことは出来る。

夢じゃ食っていけないって言われたらどうするか

グローバル社会というくらいです。お金も才能も趣味も嗜好も、生まれた国の土地やルールに縛られる言われはなくなる。誰もが行きたいところに行って、生きたいように生きることが出来る時代。

自分が生きやすいところで生きる時代になる。それはいつのことでしょうか。もう今の時点でそうなりつつあるのですから、そんな生き方を前提として皆が将来を考えるようになるのは、そんなに遠い未来ではないようです。

選ぶ時代、選ばれるには

さて、そんな風に人が一個の人間として流れる時代になったとき、一体この朝日町にはどんな魅力があって、その存在感を示せるでしょうか。世界の地図の中から、この地域を選ぶ人っているでしょうか。
今のところいないでしょう。

よその国の人がこの朝日町という小さな田舎まちを選んで住むことに現実感が湧かないのであれば、一旦日本全体に思考を広げます。

世界から日本を選んで住もうとする海外の方は大勢います。そんな人たちのことは想像できるのですから、朝日町を選ぶ人がその中から出てきてもおかしくない。

海外の方では想像がしにくいというのであれば、日本国内の、日本人がこの町を選ぶことを考えてみましょう。昔から日本に住んでいる生粋の日本人です。

人は流れるものだという前提で考えなければいけません。そして誰かが居場所を求めるとき、そこには理由が必要だし、それなりの決め手が必要になります。

少なくとも、ここなら自分を受け入れてくれそうだ、ここなら自分の価値観に合いそうだという感覚は絶対に必要なはずです。

それは国を問わず、みんなそう。自分にとって居心地が良い場所でなければ、人はそこを選びません。定められた場所にいる必要がないからこそ、移動する場所にはそこに行く理由が必要なのです。

時代が代わり、生き方が変わることを前提にしたとき、人が個人として生きる場所を選ぼうとするとき、この町に必要なものはなんでしょうか。

買い物客が欲しい、観光客が欲しい、そういうことであれば「売れるもの」を創出しなければならない。

だけどこれからは、地球すべてが同質のマーケットであることを忘れてはいけません。

素晴らしいものは世界中に広がりますし、そういうものを求める人は、どんなところにでもやってきます。

それだけに、埋もれやすいということでもありますし、もう物質はたくさんだというのが地球全体の印象です。

未来の人が求めるものを創り出す

肉体には限界があります。生きていられる時間も無限ではない。そして世界が小さくなった今、たまたま生まれた場所に留まる必要はない、欲しいものはどこにいても手にはいる、居たくない場所にいる必要も時間もないと知った未来の人間が、流れ流れて辿り着く町のひとつになるには、どうしたら良いかを考えなくてはなりません。

未来の人間と言えば、5年後や10年後大人になる子供はみんな未来から来た人間です。今日生まれた子供だって未来から来た人間でしょう。

後から来たように見えるけど、子供たちは僕たちが常識だと考えるものを全て無視して、新しい頭で、一からこの世界を形作ることができる人たちです。

その子たちにとって、自分に居心地が良い場所で、自分の納得の行く生き方を考えることは当たり前になる。自分が幸せになれる場所と方法を、自分の体を置く一番ふさわしい場所を探すようになる。

その子たちは大人に聞きます。「なんでここにいるの?」「どうしてそんなことしてるの?」

その子たちが納得するように答えることが出来るでしょうか。今の時代の流れを読みそういう答えを求める人たちはみんな、今より少し未来に生きています。

僕はそう遠くない未来、誰かがこの場所を求めてやってくるという前提でこれを書いています。
そのためのブログですから、そういう前提で話をすすめるのです。

その人たちはきっと、この町を選ぶ理由(それが漠然とした好き嫌いの感情でも)を持ち、自分に相応しい生き方がこの町なら出来ると信じてくるはずです。

そんな「よそもの」たちに、ここはどんなところなのかを、しっかり見せられるようにしなければならない。

今までは、肉体が精神の足を引っ張っていました。肉体が持つ制約があるから、頭で思っているように自由には生きられなかった。

これからは、精神の赴くままに体を運ぶことがどんどん容易になっていきます。それが、世界が小さくなるということだし、未来に向かうということです。だって、最終的にはワープ目指してるんでしょ?

少なくとも、未来に生きるその人たちが求める価値は物質的なものではなく、精神的なものです。
50年後、100年後の話しをしている訳ではありません。
5年後、10年後の話しをしているのです。

「よそもの」が居場所を求める上で、求められ、受け入れられるという精神的な安心を与えられる田舎が、人口増加を実現できる最初の田舎になるはずです。

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