ゆるい就職/滑らかな着地

ゆるい就職って言葉というか概念を作り出したのは、なんかすごい。

週3日働いて月15万の給与で働くという、自分の時間優先、会社に縛られない生き方を実践するための、ゆるい就職のあり方だそうです。

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ちゃんと仕事してもゆるいものはゆるい

賛否両論あるみたいだけど、「ゆるい就職」を希望した人たちはいかに崇高な志を持っていようと自分なりの幸せを謳歌していようと「ゆるい社員」として入ってくることに違いはない訳で、企業としてはどうしてもそんな勢力にはビクついてしまいますよね笑

説明会は満員御礼だったようで、働き方にも多様性が求められていることはよく分かるし、「ゆるい就職」っていうのはそんな若者たちのニーズに応えた結果なのだから、考え方自体に良いも悪いもない。

ただ企業にしたらたまらないだろうなとは思います笑
あいつら志高いんだか低いんだか分かんねえって感じになりそうだし、正直嫌な予感しかしないわってところではないでしょうか。

「仕事としてやるからにはちゃんとやりますよ」ってセリフ、僕はあまり好きじゃないんだけど、まさにこんな感じで、ゆるい就職を目指す人たちだって仕事をないがしろにしたり、露骨に手を抜いたりする気はないはずです。

ただ、「ちゃんとやる」って水準がもう根本から違うんじゃないかって不安は拭えない訳で、はっきり言うと成果とかはそんな気にしてない、というか期待してないから、気持ちをね、こう、ここに留めておいて欲しいというか、全身全霊をね、こう、仕事に注いでほしいっていうか・・・。

ああ、こう言っちゃうとライフワークバランスとか企業に縛られるとかいう話になっちゃうのかな、えと、そうじゃなくてね、あくまで建前としてというか、姿勢としてね・・・。あ、もう分かんない。やっぱ良いや、いいです(最近の若モンはほんと何考えてんだか・・・)って光景が生まれそうですよね。

自分のスタンスを宣言して受け入れてもらおうと言う精神のゆるさ

「ゆるい就職」って言葉、概念が生まれたのがすごいって言うのは、それ言っちゃったらダメじゃない?え、いいの?って部分です。

ワークライフバランスを大事にするとか、仕事にどれだけ重きを置くかっていうのは人それぞれ自分に合わせてカスタマイズできれば良いと思います。仕事だけが人生じゃないし、お金だけが幸せじゃない。

でも、そういうコントロールって自分の力でやって初めて、「自分の時間」が得られるのだと思います。

すっごい真剣に会社のこと考えて、仕事も効率良くこなして、アイデアもバンバン出して、失敗したり成長したりして立派な社員の皮はかぶっていても、面従腹背の精神は忘れないとか、自分の肝心な部分は握らせないとか、自分なりの閾値を持っていて、そこを越えたら即断る、即辞めるって感じ。

自分は時間を好きなように使うけれど、誰にも文句は言わせない、休日は大切にしてるし、晩御飯は時間かけて作りたいと思ってるから残業もしない。有給休暇ももちろん自分の取りたいときにとる。

この部分って、自分に誓ってやるものであって、わざわざ宣言することではないですよね。

考え方を持っているのは良い。ただ、人に宣言して、知ってもらうことで達成しようとしているのであれば、確かに色んな意味で「ゆるい」なと思います。

俺は世界平和を第一に考えてるんだって宣言して世界が平和になるんだったら苦労しません。
おいあいつがああ言ってるからあいつの前では平和にやろうな、争い禁止な!ってならないでしょ。

企業に縛られたくないなら

少なくとも企業と「ゆるい就職」って相性は悪いと思います。自分には夢がある、大切にしたいものもある。それは良い。だけどそれを受け入れ先の人に名刺代わりに持って行って、どうしてもらおうとしているの?ということです。

周りから「ゆるい組」って目で見られて、自分の時間を得られたとしたら、それはそういう「仕組みを利用した」というだけで、結局企業に縛られていることに変わりはないのではないでしょうか。与えられた範囲の権利の中で働くことに変わりはないのですから、

「ゆるい組」は叱ったってしょうがないから、出来るだけ任せてもリスクの少ない仕事まわしといてってことになるかもしれない。週の半分以上はいないから、会社にとって大事な、長期のプロジェクトなんかは知らせなくて良いよ時間の無駄だしってことになるかもしれない。

具体的な会社を想定していないから漠然とした例えになってしまうけど、「念のため一人前に扱わない、極力頼りにしない」という予防策は講じられるのではないでしょうか。

企業に縛られたくないならそもそも企業なんてものに寄りつかなければ良い。

あくまで着陸をゆるくしたいって気持ちは分かる

しかし、寄り付かなければ良いってのも随分トゲのある言い方です。

出来るだけ緩やかに着地したいって言う感情は誰にでもあるでしょう。

僕は飛行機に乗っているとき、着地するときは全身がこわばるくらい怖いです。何度乗っても慣れません。乗るたびに怖さが増すくらいです。

天候とか路面状況によって、着陸の粗さって違います。パイロットの腕だけの問題なのかもしれないけど、ゆるーく着陸できたときは本当に嬉しい気持ちになる。

着陸はゆるい方が良いんです。変に揺さぶられたり、ぐらついたりしたくない。

大学卒業後、就職するって言うのはまさに着陸って感じだと思います。
じゃあ大学入学が離陸か?

あながちおかしな比喩ではないでしょう。離陸もちょっと緊張する、最初は軌道に乗るまで高揚感があり、高度も安定してくると空を飛んでいる感覚もなくなるくらい心地よくなる。そしていざ着陸って段階になって、雲を抜け、森が見え、街の大きな建物が見えて、すぐに車まで肉眼で見えるようになって、めっちゃ怖くなる。本当に着陸できんの?

現実では、着陸することに疑問が湧いてきたりします。このまま決められた航路に降りていいのか。着陸しろと言われたからするで良いのか。降りてしまえばもう空は飛べないのか。迷うけど高度は下がり続けてる。

いや俺はまだまだ空を飛ぶんだいっ!ってぐんと高度を上げて、また別の航路を探す方法だってあります。また浮上してみたら意外にいっぱい別の飛行機が飛んでて、楽しそうにやってるヤツもいる。

でもまた空を駆け上がる程の自由が欲しいって訳じゃないんだよな。漠然とした地上の不自由感というか、疾走感のなさ、降りたら最後、出口まで一直線に誘導されて、今までは飛行機だったのにこれからは徒歩一択。地道が一番、毎日一歩一歩。視野も狭くなる。空気も汚い。ああ閉塞感って思う。

でも着陸はしなくちゃと思ってる。まだ空でぷかぷかやってる人たちみたいにはなれない、まともに働きたいとは思ってる。そんな人たちに、「ゆるい就職」は丁度良いのだと思います。とりあえず降りれさえすればいいなら、着地はゆるいに越したことないから。

つなぎ的な意味でとりあえず就職出来れば良い人もいるもんね

「ゆるい就職」に興味ある人は、自分の趣味の時間を大切にしたかったり、自分の価値観を見つめる時間が欲しかったり、夢を追う時間が欲しかったりするのだと言います。

夢と聞けばミュージシャンになるとか、社長になるとか、作家とか漫画家になるとか、すぐにそういう発想になる方が多いようなのですが、何もビッグになることが夢とは限らないでしょう。

夢を叶えられるのなんかほんの一握りって言うのは勝手だけど、夢にだって多様性はあるし、成功=地位とか名声とか富とかじゃないってところはそろそろ受け入れて欲しいなと思います。「夢」象が古い。

夢を追うと言えば鼻で笑う人も多いと思うけど、「理想の人生を歩むためにゆっくり時間をかけて準備する」なら受け入れられるだろうか。言葉の問題で、受け取る側の問題だけど。

そういう、自分の人生に理想を求める人にとって、「ゆるい就職」は良い着地点なのかもしれません。

理想なんて在学中に見つけとけよって言う人もいるかもしれないけど、理想って変わるものだし、それに「ゆるい就職」の説明会に行く人ってそもそもちゃんと就活してて、まっとうに就職する気はあった人が多いのではないでしょうか。

だとしたら在学中の半分くらいはエントリーシートがどうだとか、職業適性診断とか各企業の説明会とか、企業研究とか面接練習とかで忙しくて、やりながらこのままでいいんだろうかって疑問を抱いている人たちでしょう。

疑問はあるけど途中でやめる訳に行かないし、就職活動全くしないって勇気がある訳でもない。やっぱり陸が見え始めて、車が動いてるのが肉眼で見え始めるころにやっと、本当の理想ってなんなんだろうって考える人が多いんじゃないかな。

ただ、やっぱり「ゆるい就職」と企業とは相性が悪いと思うんだよな。

それだったら自分の理想の生き方を模索しながら、仕事とのバランスを自分で操作できて、なおかつ緩やかな着地が出来る環境でさ、それも若者が受け入れられやすい田舎町でさ、自分の仕事作る準備した方が良いんじゃないかな。

あ、田舎暮らしの準備しながら週の半分は都会でゆるく働くみたいなのは賛成です。とりあえずいつでも辞めれることを最優先条件に、企業と慣れたバイトで働いて、貯金できたら好きなところへって、いいと思う。

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