田舎のまちのイベントに関する考察/それぞれの成功と目的の主従について。

2014年12月21日

雪風吹き荒れる真冬の朝日町で、ジャンプん誕生記念企画/シャッター街復活イベントが開催されました。

内容に関する簡単なレポートはこちら。

開催前にも田舎まちのイベントとコンセプトについてという記事を書きました。

そして実際にイベントを見て、お客さんとして参加してみた上で、田舎まちのイベントに関する考察を勝手にしてみようというのが本記事です。

考えたい内容は以下の二点。

・今回のイベントは成功だったのか?

・今後はどうすると良いと思うか。

客の立場で反省するという謎の構図ですが、このブログのための取材に行ったと思えばあながちおかしくはないかなと。

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あいにくの天気を味方に?

さて今回のイベント、成功だったかと言われれば成功だったと思います。

なぜなら、期待していたよりもずっと賑やかで参加していて面白かったから。

お客さんの中には当たり前のように来年はもっと早い時期にやらなきゃねって言う人もいるくらいで、えらい暴風雪だったけど見た限りもうこりごりだ最悪だ何がジャンプんだって人はいなかった。

あとこれは本当に個人的にはって話なんだけど、もともと雪国で生まれ育ったからか、雪に降られて不快って気持ちはそんなにないんだよなあって思います。

いや不快なんだけれども、うわすごいな雪!って思いつつテンションは上がっちゃうみたいなところがあります。

そういや大晦日のよる初詣に行くときとか、卒業式とかって節目にはやたら朝日町吹雪いてるイメージがあります。

その代わり余所が大変そうなとき、朝日町は忘れられたみたいに平和だったりする。先日の爆弾低気圧のときもそうだった。

もちろん朝日町の節目=雪ってのはただのイメージであって、不快だったからやけに覚えてるってことなんだろうけど、あの雪風の容赦ない感じって思い出に残る良いアクセントになったりするんだよなっていう…ドМ発言を、ここに残しておこう。

ということで、ポイントは雪です。

至るところでよく来たね!いらっしゃい、入って、あったまって!何か飲む?って言うような会話が繰り広げられるんだけれども、最初のよく来たね!は必ずしもウェルカム!ではなく、よく(出て)来たね!来る気になったね!って意味合いも含まれていたのではないかと。

新鮮な驚きが出店者側にはあったような気がします。

それに外が大荒れで、みんな雪だるまもどきみたいになって入って来るもんだから、とにかく入って!あったまって!何か飲んで!って会話も接客ってよりは切実な会話な様子。

これが暖気に恵まれたいかにもイベント日和の一日だったら、全体的な売り上げも人手ももっと増えたとは思うけど、もしかしたら接客トークは空を切っていたかもしれない。

そう思うとあながち天候に恵まれなかったとも言いきれないのではないか。

 日常を確認しあえる横のつながりって良いものですね

さらに、今回の大荒れの天候は良くも悪くも朝日町の内輪感を演出する大道具となりました。

何をするにもコンセプトと言うか、何をもって成功とするかって部分は必要だと思うけれど、当然今回のイベントも事情は同じはずです。

例えば、よその人たちが訪れて、消費を楽しめるようなイベントにするのか、町の人たちが横のつながりを実感するためのイベントにするのか、みたいなこと。

僕はもともと後者の色が強いとは思っていましたが、天気が悪かったおかげと言うかせいと言うか、強制的に横のつながりを実感するイベントとして成り立っていたような気がする。

一所に行くとつい長居してしまう、どんどん人が入ってきて話しが弾んでしまう。もしかしたら余所から来てくれていた人にとっては居心地の悪い場面もあったかもしれない。

だけど、町民の様子を見ていると、情報交換とまではいかないまでも、それぞれの「日頃」や「日常」を確認し合う良い機会になったのではないかなと思います。

町おこしという観点で考えると、当然町の中で消費活動が増えるのは大いにけっこうなことなのですが、同じくらい「コミュニティを強固に結びつける」活動というのは大切です。

今回のイベントはこの時期には行事的なものも何もないし、何か人が集まれるようなことを…みたいなものが始まりだったようだから、結果的に人と人との横のつながりを確認できたという点で成功だったと思います。

コンセプトやテーマの大切さ

そしてこれは妄想なんだけど、「コミュニティを強固に結びつける」という部分の意識を最大限に高めれば、町にカーテンをするくらいの閉塞感があっても良いかもしれないと思いました。

それこそ今回は雪がそのカーテンみたいな役割を負った訳だけど、それくらい排他的なイベントにしてもいっそ面白いと思った。

これは極論だし、実際に排他的でかつ強固なコミュニティというのは傍から見てて気味の悪いものだったりします。

まあだからこそいっそ完全なシャットアウトをってことなんだけど、そんなことは到底無理(僕は記事に書いちゃうだろうし)なのですから、やはり妄想です。

でも本当に思うのは、特に今回強く思ったのは、田舎の町おこしイベントだからと言って、必ずしももっとよその人を呼ばなければならないとか、もっともっと活発な消費活動がされなければならないと考える必要なないんじゃないかということです。

つまり、目指すべき場所、今回のようなイベントの成功をどこに置くかというところは、完全に内側の人の満足感で測っても良いのではないか。

悪く言えば自己満足かもしれないけれど、コンセプトやテーマや目的があって、それが達成できるのであれば、誰がなんと言おうと成功です。
(※考えてみれば、ほとんどの伝統のあるお祭りは自分達のためって部分が強いのではないか)

その割り切った営みに価値があるのであれば、よその人も必ず郷に従ってくれるだろうし、サービスの向上という副次的な発展も自然に生まれるだろう。

だから、目的の主と従の関係をはっきりさせるために、コンセプトやテーマを定めるのは重要なのだ、ということです。

そうでなければ、余所からのお客さん歓迎だしお金は稼ぎたいんだけど、どうしても内輪感が出てしまって不徹底で中途半端なサービスしかできないって言う田舎感が浮き彫りになって、結果振るわない、中々一定以上盛り上がらないという空気になる、なんて想像もできます。

よそ者にはよそよそしく、身内には打ち解けた接客をするということになる。それこそよその感覚では、「内輪だけで盛り上がってる田舎の自己満足」のように見えるでしょう。

普段から接客をしているプロの方であればそんなことはないのかもしれませんが、こういうイベントだと必ずしも接客のプロばかりが接客をする訳ではありません。

だったら、自分達のためのイベントですって割り切ってやった方が、結果的に得られるものは大きいのではないかなと思ったのです。

 誰かの満足が見物になれば良いのだ

例えば、携帯電話会社は競争が激しいですが、料金の設定やキャンペーン内容を見ると、お乗換えの方にキャッシュバックとかってものが目立ちます。

僕も最近スマートフォンに替えたのだけど、ただの機種変更では特に特典はなく、留まる理由って特に見当たりません。(僕は解約の手続きが一個増えるのが億劫だっただけです)

露骨によそ者を優遇するサービスな訳で、新規顧客の確保という目的は分かりやすい。

だけど、例えば5年間同社の携帯を使ってる人には優遇特典があるってサービスがあれば(あるのかもしれないけど知らない)、もちろん留まった方が良いということになるのだと思います。

これが内側の結びつきを強固にするタイプの取組でしょう。

だけどそんなサービス真似するの簡単だし、動かない人が得をするのですから競争の機会も乏しくなり、内側の人たちのために頑張れば頑張る程(サービスの向上を図るほど)損をするという、なんのこっちゃ分からない話になります。

だから内側は優遇しないのでしょうね。

町おこしや田舎の営みは、必ずしも経済的な成功が目的ではありません。

バリバリ競争の携帯電話会社で言えば経済の成長が全てなのだから迷うことなくよそものに対するサービスの向上が主目的ですが、町おこし、田舎のイベントは内、外、どちらを主にしても良いという面白さがあります。

でもハンパはダメ。

今後今回のイベントを繰り返すとすれば、目的は内の満足と外の満足、どちらを主にしてどちらを従にすると良いだろうか、というお話でした。

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コメント

  1. 樋口 より:

    目的、つまり「誰・何をどう変えたいか」。

    変わるものは
    町内の施設でも、観た人の感情でも、
    統計的な数値でも、参加者の価値観でも。

    目的のために
    「この行事を通して、〜〜しよう」という目標を立てる。その達成のために運営側が力をつけていく。

    イベントの対象の主が内でも外でも、
    作る側が育つのは変わらない。はず。

    • kzy より:

      コメントありがとうございます!

      スタイルを維持するためでも、大会で優勝するためでも、筋トレをすれば筋肉がつくのは一緒。
      だけど細マッチョを目指すのかゴリマッチョを目指すのかは変わってくるかもしれない。
      両立は難しいので、目的に合わせたマッチョスーツを持つことを目指すというのも面白いかもしれません。