『他人の顔』と『バニラスカイ』の自己回復について比べて見る

映画『バニラスカイ』の主人公デイヴィッドは事故のために顔に大けがを負います。

恋人のジェリーがデイヴィッドの心変わりに嫉妬心を起こし、交通事故による心中を目論んだことによる損傷です。デイヴィッドの誕生日パーティで出会ったソフィア(ペネロペ・クリス)に急速に惹かれてしまうのを目ざとく悟られてしまったのでした。

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バニラスカイの自己回復

ネタバレになってしまうけど、彼は失ってしまった顔を完全に再生するため、医療技術の向上を見込んで150年後まで、自らを冷凍保存する選択をしました。

冷凍状態で睡眠中は夢を見続けますが、その中でもデイヴィッドは醜く崩れてしまう顔の幻想に取りつかれながら日々を過ごします。

時系列が入り乱れ、現実と夢の境目が不明瞭、最後に真実が仄めかされるという構成なので、初見ではけっこう混乱します(というか今も完全には分かってません)。

でもこの夢か現か分からない感じと「バニラスカイ」の色に満たされた、時間がよく分からない景色との調和感が切なくて綺麗なんですよね。ストーリー自体もそうですが、景色として切ない。オチでアッと驚かせるのが目的なのではなくて、この切なさの表現がこの構成のミソなのかなと思っています。

それにしても、顔を失ってしまうとこんな選択をする気になるものでしょうか。冷凍保存をして150年後に目覚めるなんて。

いや、顔を完全に回復したいという気持ちはよく分かります。デイヴィッドはトム・クルーズですから当然ハンサムです。役回りは父の急死によって会社を引き継ぐことになった若い男性。

言ってしまえば実態にそぐわない地位と名声を得てしまった、のかな?おそらくそれなりにコンプレックスがあったように見受けられます。

ラテックス製のゴム面を被り、カウンセラーのような男性と話す場面(精神世界の出来事?)では、父親は高所恐怖症を克服できなかった自分にがっかりしていた…というようなことを語ります。

ソフィアの家で、「僕は何一つ頭で考えず、スノーボードで気ままに人生を滑って終わる男 これまでは」と告白するシーンがあります。

その前には親友のブライアンの仕事を「自身喪失で女にフラれっ放しの男の小説を書いてる」なんて揶揄していますが、これも実はシンパシーというか、そういう惨めさを陽気に身にまとっているブライアンの姿に惹かれてたんじゃないだろうか、なんて思います。

そもそも自分に自信なんかなく、ルックス(側)だけの虚勢に満ちた人生を送っていたデイヴィッドにとって、顔の喪失はほとんど完璧な自分の喪失だったのではないか。

冷凍保存の技術を使えば恋も友情もあきらめることになるけれど、完璧に生まれ変わることができる。きっと

バニラスカイの空に囲まれたビルの上から飛び降りて現実世界へと帰るデイヴィッドは、「高所恐怖症を克服した(恐怖に勝った)」という表現であり、父親に与えられていた劣等感を振り切ったという比喩でもあります。

劣等感の克服、そして生まれ変わりというラストは感動でした。

『他人の顔』の自己回復

さて、『他人の顔』では、やはり事故により顔を失ったのをきっかけに、精巧な仮面を作り、妻に近づき、新たな関係を作り上げようとする男が主人公です。

まったくの他人として妻と関係を築き、ときに自分勝手にふるまう仮面に嫉妬しながら、男はついに、事態を暴露するためにすべての経緯を綴ったノートを妻に見せることにします。

この告白のノートを僕ら読者は読むことになるのですね。

男は自己回復のため、仮面と、妻との新しい関係の混沌に自ら身を置きながら、かえって混乱してしまいます。

それにぼくはもう疲れていた。仮面はすでに、おまえを取戻すための手段ではなく、おまえの裏切りをたしかめるための、隠しカメラでしかなくなっていた。ぼくは、自分を回復するつもりで、仮面をつくったはずなのに、出来てみると、仮面はぼくから勝手に逃げ出して行ってしまい、それでは大いに逃亡を楽しんでやろうと、ひらきなおると、こんどはぼくがその前に立ちはだかって邪魔をする。241P

妻はノートを読み終え夫に手紙を書くのですが、その「他人の顔」を身に着けたのは夫だということを知っていたって書いてありますから、読者は(男は)何とも言えない恥ずかしい気持ちになります。

あなたも、はじめは、仮面で自分を取り戻そうとしていたようですけど、でも、いつの間にやら、自分から逃げ出すための隠れ蓑としか考えなくなってしまいました。257p

奥さん手厳しい。手紙全文に渡って手厳しいです。愛に溢れていますが、顔から火が出るくらい男の精神をズバズバ抉ってきます。

あなたが目の敵にしている、女の化粧だって、けっして化粧であることを隠そうなどとはいたしません。けっきょく、仮面が悪かったのではなく、あなたが仮面の扱い方を知らなさすぎただけだったのです。その証拠に、あなたは仮面をかぶっても、何一つすることは出来なかった。良いことも、悪いことも、何一つすることは出来なかった。ただ、街を歩きまわって、あとはこの尻尾をくわえた蛇のような長ったらしい告白を書いただけです。257p

そうなんです、これ小説だから違和感ないけど、実際によく考えてみると、厚めのノート3冊にギッシリ自分のやったこととか内面とか、後で注釈を入れたり、追記をしたりして、それを奥さんに読んでもらってるという体なのです。

普通ならろくに読まれず、「なにこれ?」って電話された後めんどくさいって怒られるのがオチですよね。

この愛情に気付かず、というかそんな愛情を受け取ることを想定している男の精神は、『バニラ・スカイ』のデイヴィッドに比べるとずいぶん傲慢で、そのくせウジウジしており、そもそも自分を捨てきれていないように僕には見えます。

『他人の顔』と『バニラスカイ』の自己回復について比べて見る(完)


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