僕は小説をこういう風に書いた③取材の失敗

今日は取材に失敗した話を書きます。

かつて家の鉄工所では何人かのお弟子さんがいました。

その中の一人が現在本州のある地域に住まわれていることを知り、会ってお話しをしてみようと思い立ちます。

自分の町の話、工場の話、祖父の曾祖父の仕事の話を書くための取材です。

実は一年ほど前、その方から家にお手紙が来ていました。

かつての工場の仕事が懐かしく思いだされるというような内容が書かれていました。

中にはお住まいの地域に関する詳細な地図が同封されていました。

思えば、そのときにすぐこちらから連絡を取って会いに行けば良かったのです。

今月(2017年11月)僕が出歩ける時期がある程度制限されていたので、早めに飛行機のチケットを取ることにしました。いずれにせよ東京にはいく予定があったので、連絡を取る前にチケットを取り、連絡後都合が合えばお弟子さんが住む県まで足を伸ばそうと考えていました。

懐かしいと言っていたから、最近のうちの様子を伝えたら喜んでくれるかもしれないと期待しました。

お手紙を書きます。

自分は北海道の塚田鉄工の孫である、祖父や曾祖父、工場の仕事、過去の町の様子に興味があり、昔話を集めている。急な話で申し訳ありませんがもし都合がよろしければそちらに伺うので話を聞かせてもらえないかという旨のものを書きます。

届いた頃に電話をかけました。実家から、まず祖母に電話をかけてもらうことにしました。確かに工場と関わりのある人間だということを伝えて安心してもらいたかったので、実家の番号から電話をかけてもらい、取り次いでもらおうと思いました。

ところが、お弟子さんは現在入院中らしいと知りました。入院先に伺うという雰囲気でもありませんでした。身内の方に話を聞くのも、状況が状況だから負担だと考えました。

あーあどうして早く行けなかったかなあ。

最初に話し聞いてみたいなって思ったときに行けば良かったんだ。また後日、いつか機会があるかもしれないけれど、少なくとも今はタイミングが悪かった。

どうしても最悪のことを考えてしまいます。貴重な記憶がまた一つ失われてしまうかもしれないと思わずにはいられない。

祖父が入院していたとき、昔の話を聞くと少し頭が活発になり元気になるようでした。

どうしてだか昔のことはよく覚えてると言います。

どうしてなのか。そういう記憶のメカニズムがあるのか。それとも昔が今より楽しかったのか。

理由はどうでも良いけれど、こんなに昔の話を懐かしそうに楽しそうに話すのであれば、もっと元気なときに聞いておけばよかったと思ったものです。

しかし僕は学習をしない。今回も機会を失ってしまい、次に期待するしかありません。

どうしてもっとアグレッシブに動けないのか。どうしてすぐに様子を見るという選択をしてしまうのか。

自己嫌悪に陥るけれど、自己嫌悪に陥るような筋合いの無さとか、見当違いさが何となく分かって二度目の自己嫌悪に陥る。

この経験から学習するなんてこともうまくできない。それも違う気がする。この経験を受けて思い立ったら即行動!迷ってる時間はない!なんてモットーを掲げるような人間になれば僕は本当に自分を軽蔑すると思う。

それは一面では正しくて一面では間違っている。結論付ける度に何かを成すかもしれないけれど、その度に僕は馬鹿になる自信がある。迷うことを止めたいとは思わない。

いまはただ残念に思って心細く思うしかなく、またもしかしたら不快なお手紙を差し上げてしまったことを恥ずかしく思うしかなく、この落ち込みを記憶するしかない。

僕は小説をこういう風に書いた③取材の失敗(完)


スポンサーリンク
スポンサードリンク