抜きん出たい気持ち、一目置かれたい心理と町おこし

何をするにも誰よりもまず一歩抜きんでたい気持ちとか、一目置かれたいって心理は働いてしまうものです。

町おこしにしたってそうだと思うのですが、「それ本当か?」と考え出すとよく分からなくなってきます。

この気持ちについて、類似した言い方は無数にあります。一目置かれたいだけでなく、注目されたい、他とは違うと思われたい、珍しいと思われたい、など。

何故かと言えば、経済的に潤った地域にしたい(自治体を存続させたい)、地元を自慢したい、有名にしたい、人を増やしたい。気持ちも目的も様々です。

じゃあその目的を達成するために何をするの?っていうとき、やること全てが町おこしとか村おこしになる訳です。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

 地域おこしのための地域おこし

よく、練習のための練習とか、会議のための会議とかって言われますが、地域おこしに関しても、地域おこしのための地域おこしってのがあると思います。

つまり、地域おこしって言うからにはやらねばならんだろってことをただこなすということ。会議で言えば人数分の資料やらを作ったり、会議室を確保し机のセッティングしたり、個人で言えばミーティング1時~と手帳に書き込んだり。

それをやらなければ「形として示しがつかないから」やることで、必ずしも目的を遂行するためにやる訳ではないことです。

地域おこし活動って、言ってしまえばほぼ全て二番煎じだと思います。どこかで成功したことを真似していくようになる。あそこで田んぼアートがうけたからこの辺も田んぼアートやったら人来るんじゃないか、ちょっと応用してこっちは草原アートだとか、雪原アートだとか、空アートだとか。

ゆるキャラがウケるとなれば、作る。でもこれだけゆるキャラが跋扈してる今となれば、ウケるからとかじゃなくてどっちかというとなきゃ色々不便だからって作ることになる。

ゆるキャラは昔からいたってところも、経済に繋がるしどんどん露出していこうってことになる。絵に描いたような二番煎じですが、それでも「一歩抜きんでよう」という気持ちはあるはずです。デザインを変更したり、キャラ付を行ったり、色々と創意工夫は凝らすのですから。

しかし客観的に見れば、目立ちたいのか目立ちたくないのか分からない状況。

誰かが既にやったというだけで一歩抜きんでるのはもう実質不可能なのに、その中でなお一目置かれたいと思うのはどういう心理なのでしょう。

調べても分からないところ作り

僕の町おこしの目標は、有名になるためではありませんし、一目置かれるためでもありません。綺麗ごとでも何でもなく、抜きんでることに意味は感じません。

人が、特に若い方がもっと身動き取れやすい未来になれば、きっと巡り巡って日本は元気になるし、個人的なことを言えば、僕の周囲何キロメートルかが賑やかになるかもしれない。

そんな未来像が嬉しいから、まずは机上の空論でも良いからぶち上げて、説得力を高めてから形にしていこうと思っています。

その未来像を実現するためには、一歩抜きんでるとかと言う概念は必要ありません。

日本全国どんなところもきっと住めば都だし、自分の住んでいるところは大事にしている人が多いのだから、単純にその魅力を知り、あわよくばつまみ食い程度でもいいから住んでみて、ああほんといいところだなあなんて感じて、日本全国を本当の意味で味わい尽くすことが(やろうとすれば)出来ても良いのではないか。

もちろん、同じくらいの確率でここは肌に合わないと感じることもあると思いますが、それも大事な発見のひとつです。

よく日本は狭いとか言うけど、大抵の人は行ったことがないところの方が多いでしょう。行ったことがあっても、そこで住んでいる人がその地域を好ましく思っているのと同じように好ましい気持ちになったことなんかないでしょう。

それは知らないからだし、知らせないからだし、圧倒的にその場に留まる時間が足りないからだと思います。

だからこそ、各地域がそれぞれ自分の町の魅力を演出し、受け入れる姿勢を示し、実際にポンと移住して住めるもんだってことが分かれば、人生の選択肢が増えて良いのではないでしょうか。

じゃあ、多くの人が年頃になれば一斉に就職先を探すように、住む場所を自分の感性と力で探す未来になったとき、もちろん海外という選択肢も当たり前にあるとき、今現在限界集落状態に陥っているような地域に必要なものはなんでしょうか。

特産品でしょうか。ゆるキャラでしょうか。

モノならネットで買えます。ゆるキャラが果たして決め手になるでしょうか。

その特産品を作るノウハウを知りたい、跡継ぎになりたい、ゆるキャラの中の人になりたい。そういう人もいるかもしれませんし、特産品があるというのは有益なことですから、決して無駄だとは言っていません。

しかし、一からそれらを作ろうとしたときの労力に対して、得られる対価や成果を考えると、小手先のモノ作りはどうも地域おこしのための地域おこし活動、PR活動のためのPR活動に思えてなりません。なぜなら、それらはその地域を知る要素にも伝える要素にもならないからです。ウィキペディアを見て分かることが、そのままその地域の特徴と見られることにどれだけの力があるでしょうか。

 どんなことが起こるまちなのかを想像して楽しいような

一目置かれたいとか、一歩抜きんでたいと考えるのは普通のことです。しかし、誰に一目置かれたいのかを考えることが大事だと思います。

何かアイデアがあって、どこよりも早く行動を起こして、一歩抜きんでたいという気持ちはあると思います。
しかし、結局みんなが真似して埋もれてしまう程度のアイデアなら、ブーム程度でしかありませんし、ブームは廃れるものです。

みんなが真似した方が良いことを考える。

同じことをしてもなお滲み出る空気やカラー、方針や信念。

検索しても出てこないものについて考えることが、少なくとも若い方の人口増加を目的として地域おこし活動ならば、必要だと思います。

誰にとって魅力のある町なのか。

どんな空気が流れているのか。

どんなことが起きる町なのか。

スポンサーリンク
スポンサードリンク