ジジ・グラビティ

じいちゃんがろくにご飯を食べられなくなって数日が経ち、点滴に通う回数も増え、いよいよ入院した方が良いのではないかと思われ始めた頃。

自力では二階の寝室に上がることもできないほど衰弱して、居間のソファベッドで寝るようになって、眠る時間もだんだん増えていた。

起き上がるときですら、手を貸さなければ大変なようだった。

随分体重は減っていたようだけど、じいちゃんの上半身を持ち上げるのは一苦労だった。

自力の無い人間は、そして痩せたじいちゃんとは言え男性の体は、思ったよりもずっと重いのだと初めて知った。

そんなある夜、居間で『ゼロ・グラビティ』を見た。

ソファベッドで寝るじいちゃん、あとばあちゃんと僕との3人で、部屋を暗くして、『ゼロ・グラビティ』を見た。じいちゃんは寝てたから見てたかどうか分からないけど、とにかく3人で。

僕とばあちゃんはもともと一緒に映画を見ることはあったけど、寝てるとは言えじいちゃんも一緒なのは初めてだった。

なんて不思議な空間なんだ、と思った。

じいちゃんとばあちゃんと(当時)話題の映画を見る。

それだけでなんでか分からないけど、居間が、本当に宇宙にいるみたいに不思議な空間になった。

ソファベッドに横たわるじいちゃんは暗闇の中で浮かんでいるようだったし、ばあちゃんは心なしか不安げな顔。銀河鉄道に乗ることになればこんな顔もするかもしれない。

映画を見ながら僕は思った。

多分じいちゃんは死ぬんだろうな。

いや、いや。これから入院するんだし、原因もまだよくわかってないんだからそんなこと考えるべきじゃないんだけど、遅かれ早かれ、死んじゃうんだろうな、これからまたピンピンになって、元通りなんて、そんな都合の良いことはないんだろうな。

覚悟しとかなきゃな、と思った。

数日後、夢を見た。

夜中に妙な胸騒ぎがして目が覚めて、一階の居間に降りていくという夢。目が覚めたところから始まったから、とてもリアルだった。

真夜中。下に降りる階段は暗く、居間のドアから仄かに灯かりが漏れている。

居間にはじいちゃんと、ばあちゃんがいた。

じいちゃんは相変わらずソファベッドに眠り、ばあちゃんは向かい側のソファで眠るじいちゃんを見ている。電気もつけずに二人ともじっとしていて、そのシルエットがちょっと、いやかなり不気味。

それよりそんなことより気になるのは、部屋の電気はついていないのに部屋全体が妙に明るいこと。真夜中のはずなのに、青白い夜明けみたいな光が、カーテンの隙間から入り込んでいた。

僕が覚えた胸騒ぎはこれだったのかもしれないと、カーテンを広げ、外を見ると、大きくて青く光る隕石が落ちてきている。

しかも明らかにこの家目がけて落ちてきている!

僕の目の中が隕石でいっぱいになる。

「うおぉ!?隕石?あぁーキレ―、だなー。あーすごい。すごいキレイ!こわ!ばあちゃんすごいぞ隕石!じいちゃん見えるか!?」僕は興奮していた。

「あ、てかダメだ!逃げなきゃ死んじゃう、こっち来る!逃げよう!早く逃げなきゃ!」

そうして振り返り駆け出すけれど、ばあちゃんは微動だにしない。まだじいちゃんを見てる。じいちゃんも眠ってる。隕石落ちて来てるのに。せめて隕石見てくれよ。

「ええ!?何やってんだよ!逃げようよ!死んじゃうって!あれ見ろよ!隕石!隕石!」

「私たちはいいよ」とばあちゃんが言った。お茶を啜って余裕な様子だ。

「いやいや良くないよ!じいちゃんは運ぶか、ら…?」

運べるか?

じいちゃん担いで走れるか?隕石が落ちてくるより速く?

上半身を持ち上げるだけで大変だったのに?

無理だった。無理だと思った。

仮に逃げられたとして。

家もないのにじいちゃんどうする。ばあちゃんは元気だけど、サバイバルできる程じゃない。

すごく大変な思いして死ぬことになるだろうな。

だったら。

だったらあのやたらキレイな隕石にドカーンと潰されて死んじゃった方が良いんじゃないか。

全然苦しまずに、じいちゃんとばあちゃん二人で、ついでにずっと住んでた家も一緒に、木端微塵になる。

その方が良い気がした。

いや、これ以上ない終わり方なような気がして、二人が羨ましいとすら思った。

じゃあ僕も死んじゃった方が良いのかな?

ああでも悪いけど、僕はもうちょっと生きたい。こんな幸せな死に方もうできないだろうけど、もうちょっと頑張りたい。

「じゃあね!じいちゃんばあちゃん!行くからね!」

僕はじいちゃんとばあちゃんを残して、玄関のドアを開けた。

ドアを開けた瞬間目が覚めて、今のは夢だったのだと知って、僕はおかしくて堪らなくなった。

映画に影響されすぎだな自分って思ったから。

多分あの感じだと僕も逃げきれなかったなと思ったから。

我ながら割り切って逃げるの早かったなと思ったから。

ばあちゃんに夢のことを話した。

「じいちゃんはともかく、ばあちゃんまで逃げようとしなかったんだよ」

「ばあちゃんたち置いて俺ちょー逃げたよ」

「それにしても良い夢だった!キレイな隕石だった」

その後じいちゃんは入院して、約2か月後、静かに息を引き取った。

三人で『ゼロ・グラビティ』を見たことも、そのあとの夢も、じいちゃんの体とか命とか、そういう重みも、いまは僕の良い思い出になった。

ジジ・グラビティ(完)

スポンサーリンク
スポンサードリンク