綺麗なものを映せば綺麗な写真が撮れると考えるのはやめなさい。

月曜日は写真や動画がメインの記事を書く日です。

今回は旧佐藤医院の庭にある灯篭に火を入れて撮影しました。

灯篭に火を入れてるのってそういえば見たことない。

きっとキレイな写真になるはずです。

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以下、灯篭写真館

灯篭に火を。思ったより明るい。びっくりするくらいつまらない写真。

灯篭6

普通に撮ってもいまいちだったからフィルターをかけた写真。まだイマイチ。

軒にぶら下がってる灯篭。空の青がすこーしだけグラデーションになってて、火の灯りも控えめでけっこう雅じゃないだろうか。

これは火が入っていないシルエットな写真の方が個人的にはかっこいいなと思う。全体に良い意味でとげとげしい。

灯篭7

葉の奥に、ほんのり灯る灯篭を映せばキレイかもしれないと思ったけどもう一工夫必要か。葉に滴が滴ってるとキレイかもしれない。

シャクナゲに押され気味の灯篭。でもなかなかキレイ。惜しい気はする。

庭には立派な3基の灯篭があるのですが、いずれもなんか存在感が薄かった。

いやでも薄くて正解なんじゃないの?って思って撮った写真。

例えば、真夏には座敷に寝ころびながら夕涼みをする。虫の音を聞きながら物思いに耽るのはなかなか気持ちよさそうだ。そんなとき、庭にちらちら動く火があれば思索はもっと捗るだろうなと思う。

もしくは、雪見灯籠と言うくらいだから、もしかしたら冬に火を灯してみるべきだったのかもしれない。

真冬の暮れ時はやたらと群青色が濃いものです。

そこに光る灯篭の火はさぞかし暖かそうに揺れるのだろうなと思う。

灯篭ってそれ自体がなんか絵になるからか、もっと写真撮りたいなと思った。もっと綺麗に映せるはず。

綺麗なものを映せば綺麗な写真になると思ってる節がある。綺麗なものほど腕の悪い写真で写すとガッカリする。綺麗なものはどうして綺麗なのかを考えなくちゃいけないんだ、面倒じゃない人は。

てか灯篭って当たり前に見てるけどけっこうすごい造形ですよね。

綺麗なものを映せば綺麗な写真が撮れると考えるのはやめなさい。(完)

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