自分の町に関する小説を書くチャンスを活かせ。取材や執筆の過程を公開していくよ。

※アイキャッチ画像は曾祖父の覚え帳

しべつアーティストインレジデンス事業で士別市に来てくださっている彫刻家、渡部陽平さんという方がいまして。

10月の後半、我が家を拠点にして、制作に通っていただいていました(11月からは士別市内に拠点を写し、年内いっぱい制作に取り掛かる模様)

その渡部さんから電話が来て、ある提案をいただきました。

要点をまとめると以下のようになります。

・渡部さんの知り合いに脚本家の方がいらっしゃる。

・その方に、朝日町に関する芝居を作ることに興味はないかと尋ねると、わりと興味を抱いてくれたようである。

・とは言え、取材など容易ではないので、僕が主に取材を行い小説を書けば、それを下敷きにして脚本を書いてくれるらしい。

・ということは、僕の小説が芝居になる!可能性がある。

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小説×脚本の道筋を僕がどう思っているかについて

これは楽しそうである。実はこのブログではまちづくりのテーマとしてかたくなに「文芸を志す人」という言葉を使っているのだけど、それはいつか小説だけでなく、脚本家や演劇に携わる方にとっての合宿所、修行の地となれば良いなという目論みもあったからでした。

海外の方であれば、僕はかつて日本語教育の勉強をしていたので、日本語の勉強×芝居(つまりロールプレイによる現地語の習得)という合宿ができたりするかもな、とか、文芸を紙の上から三次元に移すことを考えたとき、まちでできることは…という妄想はつきません。

また、小説が芝居の原作になるという道も、一つの作品、才能の「活かし方」として用意して差し上げられたら、文芸を志す方の道が広がるのではないかと考えていたのです。何らかの賞に応募するように、「町で創作をする」という行為がチャレンジの一つになるとしたら、と考えます。

士別市朝日町では市民劇が盛んであるという背景もあって、いつかこの辺で繋がりが生まれたら良いなと思っていました(僕は観劇のファンというだけなので)。

芝居につなげるのは長期目標だなと思っていたのだけど、まさかほんの一月前に出会った方にこんな渡りに船な提案をいただけるとは思いませんでした。尻ごみしていた部分で、背中を押されたような気がしています。

思いつきの企画なのでどれほどとんとん拍子にことが実現するかは分かりません。しかし僕の上述した思惑がある以上、結果がどうなっても全力を注ぐ価値があると感じています。

取材のことや思考錯誤を細かく記録していきます

前回の記事で書いた通り、今はこのブログの成長、僕の活動が、文芸を志す方の喜びや安心を生むようになれば良いと強く思っています。

僕がどんな風に創作を考え、実行するのか。僕の行いが誰かの参考になり、誰かの突破口、足がかり、希望…言い方は様々ですが、誰かの「次」や「やれるかもしれん!」を生み出せるようになれば良いなと考えています。

そしてそういう「可能性」の創造こそが、まちづくりに必要なものだと僕は思うのです。

さて、なんか調子に乗って年内に第一稿を書き上げると言ってしまったので、これから約2か月で、取材と執筆に打ち込みます。

そこで本題なのですが、その経過を、詳しくブログに書いていきたいと思います。

どこでどんな風に取材を行ったか、どのようにプロットを組んだか、そしてどのように一本の小説に仕上げ、脚本化する過程でどんなことが障害になるのか、小説と脚本はどれほど違うのか。

お仕事というわけではありませんし、合間を縫ってのような作業になりそうなので、先ほども言った通りどこまでとんとん拍子にこなせるか分かりません。

しかし仮に計画の頓挫や喧嘩などがあって理想的な形で実現しなくても、すべてを記録することで「無」ではなくなると思います。

失敗や障害が誰かの参考になるかもしれませんし、反対に思ったよりとんとん拍子で事が進むということが実証できる機会になるかもしれません。そしたら自分もやってみよう、自分の町でもできるんじゃないかという人が現れるかも。

ブログの良いところの一つは、「今どんな感じ?」を見せられるところだと思う。

という記事を昔書いたのですが、まさに途中を楽しみ、誰かにとっての何かになれば良いなと思いながら、あることないこと書いていこうと思います(この記事の話自体が全部創作かもしれないですよね)。

自分の町に関する小説を書くチャンスを活かせ。取材や執筆の過程を公開していくよ。(完)

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