函館蔦屋書店に行ってきた。くつろげる空間の秘密はなんだろうって考えた。

この連休は函館に行ってたんだけど、出来たときから行きたいと思っていた蔦屋書店に足を運ぶことができて感動しています。

僕の中で函館と言えば今やラッキーピエロを抑え、函館山の夜景を抑え、蔦屋書店になっていたと言っても過言ではないので、本当に行けて嬉しかった。

月曜は本当なら自分の町の姿かたちを画像などでお見せするような日なのですが、それより今回蔦屋書店にたどり着いたときの夕景が劇的だったのでこちらをお見せしたいと思いました。

トップのアイキャッチ画像がそれなのですが、綺麗じゃないですか?そうでもないかな?

でも僕はやたら感動した。念願の蔦屋書店が夕日に煽られた雲を背景に浮き出てくる神殿のように見えた。

この記事はそれだけの話。嬉しかったーって話。

ついでに店内を探索して楽しかったのと、それ以上にくつろげたので、どうしてこんなにくつろげるのかなって考えたことも少し書いておきます。

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くつろげる空間のバランス感覚

函館蔦屋書店ホームページの「基本情報・場所」のページに以下のようなモットーが書かれていたのでご紹介させていただきます。

もう、商業施設をつくるだけで、地域がいきいきとする時代ではありません。
買い物だけならネットでもいい。求められているのは、ゆっくりと過ごせる空間でした。
本とおいしいコーヒーがあって、家族や友達とおしゃべりしたり、子どもたちもワイワイできる場所。
学校や職場以外の、いわゆる第三の活動の場としても使える。働く人たちが、お客さまと名前で呼び合うようないい距離感もできる。
ものを買う場所は、ヒトもコトもつながる場所であるべきだと思います。函館蔦屋書店がめざすのは、これからの時代のスタンダード。
地域のみなさんが気持ちよく過ごせる”居場所”になります。

この通りの場所だったと思います。

家族や友達とプライベートな空間みたいにゆっくりおしゃべりできるし、子どもたちもちょっとした公園にいるみたいなテンションで書店に居ることができる。

オープンな施設なのに、不思議と閉じた空間が演出されている。つまり誰でもゆったりくつろぐことができる。

なんでこんなことになるんだ?これってちょっといいなと思ったからと言って真似できるものなのか?と思って、どうしてこんなオープンでいながらクローズな環境を作ることができるのかを考えながら見てみました。

まず、天井が低いかな?と思った。

店内はだだっぴろいので天井が低いからと言って圧迫感があるわけではありません。

急に個人的な話になりますが、僕が好きな場所はと聞かれればまずトイレです。

特に都会で歩いていると疲れてしまうので、用はなくとも数分間トイレに籠って回復を待つこともあるほど、僕にとってトイレはセーブポイントのような存在です。

つまり何が言いたいかと言うと、特に書店が好きみたいな内向的な人間(偏見)にとって、「狭さ」は絶対に必要なのです。だからって窮屈はいや。パーソナルスペースは人より広いくらいだから、広い空間で引きこもれるという一見矛盾した、繊細な空間が必要なのです。

蔦屋書店は施設のバカでかさに天井の低さで、そこのところのバランスが取られているのかもしれないと思ったのが一点。

くつろげる空間の、内と外の演出

ああいう公共の施設でくつろぐのにもっとも邪魔なものは人の視線です。いや足音かもしれないし、いろいろひっくるめて気配と言っても良いでしょう。

蔦屋書店でくつろいで良いところは、本当にくつろぎやすくできているなと思いました。

坐り心地の良いソファが置いてあって、腰掛けるとたいていの場所では人の動線や視線と交わらないようになってる。

特に二階が良い感じで、店の四角と中央に階段があるんだけど、この中央の階段フロアの淵に、階段フロアに向かってソファが置いてある。

つまり二階の商品からは目を背けることになるけど、店内を見ている構造になる。二階にいる人には背を向けるけれど、外を見るのではなく内を向く構造になる。

商品に用がある人は二階の外周を漂う形になり、特に用がなくゆったり休みたい人は内側に向かって留まることになる。

外周に沿って、外側に向いた席もあるんだけど、ここは音楽を視聴するための椅子や、小型のゲーム機で遊ぶための場所になってたから、外側をアクションの領域にして、内側を休憩のスポットにするって計算したんじゃないかなと思いました。

僕の町の内側と外側

さっきは店内がだだっぴろいけど天井が低いという風に解放と閉塞のバランスを取っていたけど、今度は外を向きながら内を向くという設定にすることで、開放感もあり、くつろげる空間を作っている。

僕らは広いだけでは落ち着かない、閉ざされ過ぎてると行動意欲が湧かない、かなり繊細な生き物です。

ああ人間のこの繊細さを受け入れる工夫が、函館蔦屋書店のくつろげる空間の秘密なのかなと思いました。

いやこれあのとき感じた居心地の良さとか、僕が持っていた憧れの空間にある神聖さみたいのにこじつけて無理くり考えたことです。単純に座る場所多いだけやんって話かもしれないし、たまたま人が程よくて休めたからかもしれないけど、他の書店とはやっぱり違うなーって感じたんですよね。

生物的な構造と疲労軽減の秘密

ふつう書店なんかだと、椅子があったとしても本当に仮の停車スポットみたいな感じで、ここでくつろいでくださいみたいなメッセージは感じないです。

むしろ「できるだけ入り浸らないで欲しいな」と言っているかのような印象すら、背もたれのない椅子から感じることがままあります。それでも椅子があるだけマシかもしれません。

くつろげちゃったら本を買いもしない人がいつまでもすわり込んじゃうし、足腰が疲れている方が使えなかったりするからダメじゃないかと思う方もいるかもしれないけど、蔦屋書店を見ると、疲れちゃうような空間だからダメなんじゃないの?と言いたくなります。

これも、僕が興奮してたから疲れなかったって話かもしれないけど、多分店内の構造が生物的だからあんまり負担感じなかったのかなって思います。

一階なんかだと、ジャンル毎に固まってるんだけど、どれも四角い細胞みたいな小部屋に収められていた。正直うろおぼえなんだけど、この一つひとつの細胞のどこからもスッと入れるようになってて、この部屋にはこの入口しかないということがないからこうヌルヌルヌルっと歩いて行ける。

機能的な図書館とか普通の書店だと、目的地に向かうためにカクカクカクと進まなきゃならないところをヌルヌルヌルと進むことができる。だから疲れなかった、って言っても意味わかんないですよね。

でも生物的というのはこういうことで、綺麗に生理して並べられているというよりは、内臓の構造みたいに、必要に応じて発生した小部屋が連なって、それぞれが連携してるという感じ。

歩いてるとどこに何があるのかは分かりにくいというのはあって、簡単に迷えるな、もしくは人とはぐれれるなという感じなんですけど、不便は感じない。

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内側が移動スペースでありテナントの商品の展示スペースになってたので必要な場所には直線距離で行けるし、物色を楽しみたいならヌルヌル歩いていればよい。行ったら多分僕の言ってること分かると思う。

とにかく、こういう本屋さん、僕のもうちょっと近くにできないかなって思いました。

念願の函館蔦屋書店。くつろげる空間の秘密はなんだろうって考えた。(完)

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