守護霊は僕だった

僕は怖い話とかが好きなのです。

たまに怖いお話とはちょっと違う実践系のやつがあって、例えば「自分が霊感あるかどうか知る方法」とか、そういうのってありますよね。そういうのも聞くとついつい怖いモノ見たさみたいな感じでやっちゃう。

あと数年前に人から聞いてやった「自分が食事をしている場面を思い浮かべる」ってやつ。ありましたよね。たぶんちょっとでもオカルティックなことに興味ある人なら覚えてると思う。

「そのときの視線があなたの守護霊の視線なんだよ」ってやつです。。

つまり自分の食事の場面を想像したとき、自分の食べている姿を正面から想像したのなら、守護霊はあなたの目の前にいるということになる。

僕の場合、いかにも守護霊らしく後方斜め上みたいなところから僕を見下ろす感じだったから、「おーそこにいるのかー、いつもありがとー」って心の中で思いながら振り返ったけれど、このとき守護霊は僕の頭の転回に合わせて背後に移動してるんだろうかとか余計なこと考えちゃったから感謝の気持ちがきちんと伝わったのかどうかは定かではない。

さてなんの話かと言うと、守護霊が本当にいるかどうかは究極分からないけど、僕はときどき、守護霊の存在を思いだすようにしてるっていう話。

ちなみに僕の心霊に対するスタンスは、幽霊とかは信じているというよりもいたらいいなって思ってる派です。いないよりいた方がロマンがあるよねという感じ。

そんな僕にとって守護霊も同じような扱いです。

いないと決めつけるよりいると思ってた方が良いだろう。良いことがあったらありがとうだし、悪いことがあったらちょっとちゃんとしてよって言える存在がいるってありがたいじゃないですか。

あと、ちょっと踏ん張らんとならんけど怠けてしまっているとき、何となく取り乱しているとき、守護霊から見たら今の僕はさぞ滑稽に見えるだろうなと思うと少し気を取り直せるような感じがする。

だから僕はときたま意識的に守護霊の存在を思いだすのです。

後方斜め上くらいから、自分の後ろ姿を見ている何かを想像する。

そうすると少し落ち着く。

とは言え僕なんかそんなドラマチックな窮地に立たされる場面は少ないですから大それた場面で守護霊目線を利用するわけじゃないです。

例えば僕は一人旅がすごく苦手で、というか飛行機が怖くて、空港着いてこれから搭乗手続きやってときに帰りたくなっちゃったりします。究極にめんどくさくなるしなんか微妙に緊張する。もういいかな今日って思っちゃう。

そういうとき、僕は自分の後ろ姿を見ている存在について想像するようにしてる。

そうしたら僕はその存在の目を借りて自分の後ろ姿を見ることになる。そしてこんな風に思います。

「なに帰りたくなっちゃってんだよ、ちゃっちゃと搭乗手続きしろよ、大したことじゃねえよ頑張れよ、落ちないよ飛行機は!」

そうやって守護霊目線から僕に喝をいれてもらって、しぶしぶながら立ち上がり、搭乗手続きを済ませる。まあそう言われたらしゃーないという感じで。

本当に大それた場面じゃなくて驚かせてしまったかもしれないけど、そういうレベルの踏ん張りどころってけっこうあるんじゃないだろうか。

もちろん、例えば結婚式のスピーチのときとかそういうちょっと大それた場面もあります。

当然緊張するんだけど、ちょっと意識的に自分から離れて、守護霊目線で自分を見たら、当事者であるはずの僕がちょっとモブキャラみたいになって、他人事になって、少し緊張がとけたりする。

「なに緊張しちゃってんの、ここにいる誰一人お前がうまく喋れるかどうかなんて気にしてねえよ、まったく関心なしか、百歩譲ってあったとしてもうまく行ったら良いなんて思ってねえよ、自意識過剰なんだよね基本的に、滑稽だわお前ほんと」

守護霊目線に立つと聞えてくる言葉はなぜか基本的にちょっとトゲがある。そんな風に言わなくて良いじゃんってことを言ってくる。

悪気はないんだろうけど、優しさが微妙に足りない。

後ろにいてくれるだけで嬉しいんだけど、守護霊優しくねえなって思う。

でも最近はどうだろう。

最初は守護霊の目線を借りて自分自身を見ているつもりだったけれど、そういう行為に慣れれば慣れるほど、僕が僕の後ろ姿を思いだすとき、それを見ているのは僕自身でしかなかった。

それなんかつまんないなって思って、退屈それ以上でもそれ以下でもない感情を抱き、ひとつ大事な視点を失ったような気がして、こういうときに出て来て守護霊、気を取り直せ自分という気持ちがこの記事のアイキャッチ画像には込められているのである。

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