最高に幸せ

釣りみたいで申し訳ないけど、僕はいま、別に最高に幸せというわけではありません。

普通です。超ニュートラル。言うなれば普通に幸せ。

タイトルを「最高に幸せ」にしたのは、「最高に幸せ」ってワードをパソコンに打ち込む人ってどんな人なんだろう?とふと思ったからです。衝動的にそういう人について考えたいと思ったし、そういうタイトルの記事を作ってみたいと思った。

というのも、以下のような経緯があります。

そもそも検索窓に打ち込むワードは基本的に解決したい「悩み」や「問題」や「疑問」なわけだから、検索で読まれがちなブログというのは必然的にネガティブなワードで構築されているわけです(解決したい問題=ネガティブなワードというのは乱暴すぎだけど、とりあえず流してほしい)。

僕のブログを読みに来てくれる人はどんな言葉を打ち込んでいるのかと言えば、なんか晒すのも抵抗があるので一例に留めるけど、「とかく生きにくい」とか「人の話 きかない」とか。

「とかく生きにくい」を検索する人は草枕の冒頭ってどんなんだっけなーって人だろうし、単純に生きにくいよなー、そう言えば夏目漱石のなんかであったよなそういうのって感じて打ち込む人もいるのでしょう。

「話 きかない」とかで検索しても上位に表示されるわけじゃないんだけど、読みに来る人はこのブログでは比較的多いようで、なんか毎日、世の中どこでもけっこうコミュニケーション不全気味なんだなーって思ってしまいます。

そういう背景が、自分の発信したものに跳ね返って想像できる。

検索窓に打ち込まれる疑問がすべてネガティブとは限らないけれど、僕のブログの場合、ネガティブワードで人が来ている感が強めにあるのです。

こんな風に感じたとき、じゃあ「幸せ」で検索する人ってどんな人なんだろうって思ったのが今日。

「幸せ」じゃ短いから「最高に幸せ」ってタイトルにしたんだけど、そういうワードを検索窓に打ち込む人ってどんな人なんだろう。

ところで人って最高に幸せなとき、「最高に幸せ」って検索すると思います?

しないですよね。最高に幸せなとき、ネット上の記事になんて用はないと思うのです。

幸せな状態で差し当たって解決すべきことはないし、疑問もないでしょう。

「あれ、おれ何で今幸せなんだ?」っていう人いますかね。いても面白いけど多分いないしその答えは自分の中にしかないぜって話ですよね。

少なくとも「最高に幸せ」という気分で、「最高に幸せ」と検索窓に打ち込むストーリーを僕は容易に思い描くことができない。

うまく説明できないけど、こう考えたときに切なくなりました。

ああブログをいくら書いていても、この画面を通して「最高に幸せ」な人と繋がることはできないのかもしれない。

「幸せ」というワードを打ち込むときがあるとすれば、きっと画面の向うにいる人は「幸せになる方法」が知りたいと思っている。どうすれば幸せになれるのか、幸せな人はどういうことをしているのか、幸せって何なのか。

人は幸せなとき幸せについて深く考えることはなく、幸せについて考えなければならないときはそれ自体が不幸なのかもしれません。

ちなみにこの記事を書くにあたって、「最高に幸せ」で僕も検索してみました。

そしたら一番目は

最高に幸せな人に共通する11の習慣

だった。やっぱり幸せになるにはどうしたら良いのだろう?という疑問に答える記事。

でも二番目に

ただのおっさんが、54年間生きてきて、最高に幸せを感じた9つのこと

っていう記事があって、内容は、タイトル通りでした。

良かった!と思った。この方のおかげで、「幸せになるためのノウハウ」で埋め尽くされる殺伐とした電脳世界にならずに済んでる、みたいな気持ちになりました。いや良いんですけどねノウハウ記事は。ただなんか、この記事を見たとき「おー」って思っただけ。

今後、「最高に幸せ」っていうワードでこの記事が読まれることあるのかな。

多分無いな。絶対検索して出てくる記事にならない。

でも万が一そんなことがあったら、あなたが今「最高に幸せ」な理由をコメントなりで書き込んでくれると嬉しい。

そういう人がこの画面の向こう側にいる!となれば、僕はちょっとその奇跡に興奮して、最高に幸せな気分になるかもしれない。

最高に幸せ(完)

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