筋トレ、ダイエットと町おこし/こじつけと比喩の失敗

以前、「田舎のまちのイベントに関する考察/それぞれの成功と目的の主従について」という記事で

その活動によって内側と外側のどちらを満足させるのかを考えるのが大事なんだなというようなことを書きました。ハンパじゃダメなんだよねってことを。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

筋トレ×町おこし記事を書くに至った経緯

この記事に対して、ターゲットが内側だろうが外側だろうが、目標を決めてその目標をクリアするためにみんな努力するのだから、成長するには変わりないだろう、という趣旨のコメントをいただきました。

これに対する僕の返信がマズかった。

スタイルを維持するためでも、大会で優勝するためでも、筋トレをすれば筋肉がつくのは一緒。

だけど細マッチョを目指すのかゴリマッチョを目指すのかは変わってくるかもしれない。

両立は難しいので、目的に合わせたマッチョスーツを持つことを目指すというのも面白いかもしれません。

こういうことを書いたのです。

僕としてはけっこううまいこと言ったなって半ば自画自賛してました。

以前の記事では携帯会社のサービス(乗り換えは安くなるキャンペーンあるけど、機種変だけの人には特に何もない。これは完全に外側を重視したものだ)の比喩も書いたのですが、むしろあれより分かりやすいんじゃないかくらいに思ってた。

だけど一方で、コイツふざけてるんじゃないか疑惑も発生してしまったのです。

2014年にブログのことでやり残したことないかなって考えてたんですが、そう言えばこの当たりの言い訳をしてなかったので、改めてコメントの返信内容について記事にしてみようというのが今回の趣旨です。

内か外かって何?補足説明

例えば田舎で何かお祭りをするというとき、ありがちな評価の一つとして

ただの自己満じゃん

というのがあると思います。内輪だけでワイワイしてて、一応食べ物とか売ってるし見世物もあるけれど、サービスが知り合いとよそ者では一貫してないし、見世物も知り合いじゃなきゃ面白くないってクオリティのものだったりして。

でも自己満だって問題ないんじゃないか、その地域の人たちのためって割り切ってしまえば良いじゃないかって思うのです。

伝統的なお祭りで観光客がよく来るものもあると思うけど、それってお客さんのためのパフォーマンスって言うよりは、自分たちが伝統を守るためにやり続けてることって面の方が大きいと僕は思う。

仮に誰も見に来なくたって絶対に本気でやってると思う。

本気で突き抜けているからこそ、外側の人が見ても面白いし、伝統として継承され続ける。

でも、まあ別に誰に見せるって訳でもないし、やることが大事だよねって気持ちでやるような見世物は、内輪の人だって義理で見に来るようなものだし、外から見たらなんだこんなもんかで終わってしまう。

本気さがないから継承されず、人がいないから終わりだってことになる。

だからこそ、見物に来た人を絶対に感動させる、もしくは、誰も見てなくても全力でやるってことが必要になって、本気になるためには内でも外でもはっきりしたターゲットを設定した方が良いだろうと言うこと。

本題。筋トレ・ダイエット×町おこし

コメントいただいた通り、運営側はなんにも考えずにイベントやお祭りをする訳じゃないし、目標を立ててそれに向けて頑張れば、必ず得るものがある。

それこそそれぞれの立場で、それぞれの目標を立ててそれぞれのゴールに向かうことで、町とかお祭りとかっていう大きな括りとしては必ず成長が付いてきます。

だから、内とか外とかって別に考えなくてもいいんじゃないか。
確かに、個人個人はそれほど考えなくても良いというか、それぞれの目標でもって頑張れば良いと思う。

だけど、お祭りとかイベントとか、個人の意思ではなく、そのもの自体が何らかのカラーを生み出そうというとき、どっちつかずよりは方向性が内か外かに定まっていた方が効率良いんじゃないか。

そこで筋力トレーニングをするときの例えなのです。

筋力トレーニングとかってまったくしたことないって人はそんなにいないと思うのですが、目的によってすることって違いますよね?

スポーツのために筋トレをする人は、当然強くたくましく筋肉を成長させるのが目的。

でもちょっと体の締りがなくなって来たし筋トレでもするかって人は筋肉を成長させるっていうよりは体を絞ることが目的になる。

僕も詳しい訳ではないけれど、極端なことを言えばボディービルダーを目指す人とボクサーを目指す人では同じトレーニングでも全然方法が違うものですよね?

短距離走者と長距離走者でも違うだろうしね。

仮にゴリマッチョになりたいのであれば、ウエイトをどんどん上げていく必要があるだろうし、たんぱく質だけじゃなくて筋グリコーゲンを増やすための炭水化物も大量に必要になる。

細マッチョを目指すのであれば、むしろ有酸素運動で脂肪を落としつつ、体幹トレーニングや自重による筋トレで体を絞っていくことになる。炭水化物は避け、高質なたんぱく質を摂ることで体力を落とさずに脂肪を落とすことになる、のかな?

トレーニング内容もそうだけど、食事内容までごりマッチョと細マッチョを目指すのでは正反対と言っても過言ではないレベルの違いになる。

比喩的には、ボディビルの大会で優勝を目指すのが、外に向けた目標、体絞ってスタイルを維持してカッコいいお父さんになるためにトレーニングするのが内に向けた目標なのかなと思ったのです。

目指すゴールがあって、その手段がある

目指すゴールによってこれだけの違いが出てくるって何でも同じだと思うんです。

そりゃ、運動とかトレーニングとかして健康になろう、だらしない体になるのは避けようっていうのも良いんだけど、具体的なゴールがないから結局どっちつかずのことをしてごりマッチョにも細マッチョにもなれない。ましてやモデル体型になんて。

それらの目標は同じに見えて、実は方向性が全然違うんだから、どっちつかずなことをしていればしている程、何者にもなれずに終わりということになってしまう。

まあ太ってはないかな…程度の成果しか得られなくて、ゴールに向けて何をすればどうなるっていう蓄積も体系化してないから、結局よし今年こそは痩せようって食事我慢したり衝動的に走ってみるものの結果がでないの繰り返しになる。

明確な目的のイメージがないからこそ、ゴールに向けた手段を逆算できずにどっちつかずになってしまう。

だからたまに衝動的にダイエットとか禁トレとかしてみたって、「やった感」は得られるけれど、結果にはつながらない

それが自己満足って言うんですよねきっと。

だから、町のお祭りとかイベントでも、ゴールを内と外で明確にすることで、手段とかが全然変わるってことなんじゃないかなってことを言いたかったのです。

それにしても、明確なゴール設定とかそのゴールに向けた手段の構築ってえらく難しいですよね。

この記事書いてて、まさにこのブログを作る作業も明確なゴールにむけて手段を構築しなければ自己満足になってしまうんだと思って戦慄した。いまだ暗中模索感から抜け出せずにいますからね。

とりあえず、筋トレとかごりマッチョとか相応しくない比喩でコメントに返信してしまったのはちょっと失敗。

でも分かりやすいとは思うんだよな…笑

スポンサーリンク
スポンサードリンク