『フルサトをつくる』を読んで④/フルサトに仕事を作ること

フルサトをつくる』を読んで思うところを4回に渡って書こうと思ったんだけど、あれ、4回目って何書くんだっけ?って思い出せなくて軽く焦ってます。

メモも取ったはずだけどそのメモが見つからない。

んーこれだったかな?っていう「書こうと思ってた文章の断片」みたいなものはチラチラ思い出すんだけど、これじゃない感がすごい。

焦るって言うか、モヤモヤする。まとめ的な内容になると思うんだけど。

モヤモヤするけど、いっそ忘れて考え直した方が早いんですよねこういうときって。

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仕事をつくるときの優先順位

僕は僕なりのアプローチで朝日町に仕事を作ることを目論んでる訳ですが、そのとき、仕事で得るべきものの優先順位ってちゃんと宣言しておかなきゃなって思うのです。

『フルサトをつくる』から引用させてもらうと

ともかく大事なのは、フルサトで仕事をつくるのは都市と違ってマネーを最優先させなくても良いということである。仕事は第一に面白いからであり、さらに他者との関係性をつくるためであり、そのついでに生活の糧を得るという順番である。

まったく同じ意見ではないけれど、こういう風に言う人がいることは多くの人にとってすごく心強いことだと思います。

僕と少し考え方が違うのは、「仕事は第一に面白い」って部分なんだけど、実際こんな短いフレーズでは真意は推し量れないんだけど、パッと見、自分が面白いと思う仕事が一番大事だと言っているように見えます。

もちろんそうだと思うけど、仕事ってやっぱり人のためにするものだと思うのですよ。

だから面白く感じるのはまず自分以外の誰かじゃなきゃいけないんじゃないかなって思います。

面白いっていうのも色々あるけど、見てて先が気になるとか、笑えるとか、普通に役に立つとか、誰かのよりどころになるとか色々、とにかく興味を持ってもらえることでしょう。

そして他人のために自分が手とか頭とか体を使うことを損だと感じない、つい頑張っちゃう、そういうのが自分にとって面白い仕事で向いてる仕事なんじゃないか。

だから順番としてはむしろ、他者との関係性があって、その関係性の繋ぎの部分にあたる「仕事」があるというイメージです僕は。

こんな細かいことがどうだっていいっちゃどうだっていいんですけどね。

マネーが最優先じゃなくて良いというあたりは同感で、そこが引用した文章のポイントだと思いますから。

お金は後って甘い考え?

当然、いやお金稼げなかったら話しにならないしょ、と思う人もいると思うのです。

一定のまとまったお金が得られなくて将来どうすんの?人生詰んでない?みたいな。

んん、確かに理想論ではあるけれど、やっぱり理想ではあると思うんだよなお金は後回しで良くない?って考え方。

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そりゃ色々お金はかかるだろうし、理想の生活みたいなものもあるだろうから、質素に暮らしましょう、素朴に暮らしましょうみたいなところまで人に押し付けることは出来ません。

でも、お金がないと話にならないとか生きていけないって言うのはやっぱり極端な話だと思うのですよ。

お金食って生きてる訳じゃないし。

極端な話には極端な話で対抗するけど、実際お金なくなったらどうしますか。

ある日突然、一万円札なんて出してもガムくらいしか買えないよって言われちゃったら大富豪だって強制極貧生活です。

家賃は何故か下がらなくて払えません、住むところありません。
子供は教育受けられないから馬鹿になります。大学?無理無理。
それ以前に食わせていかなきゃいけないけどお金ないからそれも無理です。

ああお先真っ暗だ。そんなときに「もっとお金さえあれば、外貨に換えておけばこんなことには…ああ」って考えるのは馬鹿みたいだろう。

そんな事態になったとき、「まあ、お金はなくても死にゃしないしね」って思える方が強いし、極端なことを言えば未来に備えるっていうのはお金を貯めるのではなく、お金を使わない努力みたいなのが必要なんじゃないかなと思う。

銀行潰れるとか、金庫がなくなるとか、財産がなくなるケースはたくさんあると思うけど、そんな運が悪かったレベルの出来事で破綻するような脆弱さが「お金稼げないと話にならない思想」にはあると思います。

こんな極端な話でなくても、ワーキングプアとかって問題はありますし、実質最低限の生活に甘んじるばかりでそこから抜け出せないって仕組みがある。

お金がないと惨めか。文化的な生活が送れないか。人並の幸せが手に入らないか。人間として劣っているのか。

お金がないと話にならないって言って決めつけてしまうのは、これらの問いを全て肯定することだと思います。それが本当に理想で真実なのでしょうか。

フルサトは…

お金ないと食べ物が食べれない?
「フルサト」で畑耕せば食べれるよ。肉もくれたりするよ。もちろんお店だってあるから自給自足だけってことはないよ。

お金ないと子供に十分な教育受けされられない?
「フルサト」には田舎特有の教育があるよ。子供が学ぶ力を100%発揮できる仕組みだよ。そこらの東大生より賢くなるかも。

家はどうするの?
「フルサト」には安く住める一軒家があるよ。古いけど。小さくて良いならキレイなコテージみたいなのも作れるよ。

仕事は?
ああそうだよね。仕事がないと地域の人との関係が希薄になってしまうものね。あるよ。自分で作っても良いよ。

稼げるの?
ああ、努力と工夫と知恵次第でいくらでも稼げるんじゃない?そんなに必要ではないと思うけど、それはご自由に。

やっぱり都会が良いな
うん、なんかあったらいつでも帰ってきたらいいよ。そのための「フルサト」だから。

っていう場所があっても良いんじゃないか。

お金はなきゃないでお金使わずに済む仕組みがあること。

むしろ都会で湯水の如くお金を使うよりもっと得るものがあること。

自分にとって心地よい環境であること。
『フルサトをつくる』を読んで①/僕のブログはどんな人を見つけるのか。

遠くから見てて、そこに住んでて飽きない田舎であること。
『フルサトをつくる』を読んで②/飽きない田舎ってなんだろう…。

さらにお金だって稼ごうとすれば稼ぐ方法があって、都会の空気が恋しければ都会に行って、それでもまた田舎が恋しくなれば受け入れてくれる場所があること。

そしてその帰る場所というのは、年収がどうとかじゃなくて、どれだけあなたのおかげで地域が潤うかにかかっているのだと思います。

潤うと言うのはもちろん経済的にということだけではなく、それよりもあなたがいてくれて嬉しい、楽しい、心強い、と思ってくれる人の気持ちの潤いです。

そのために「仕事が面白くなければ」だと思うのです。

で、仕事の優先順位は

結局、朝日町で仕事を作るときにも意識する優先順位は「フルサトをつくる」で語られていたものと同じになりそうです。

1、仕事は面白くなければ(他人にとって、そしてそれから自分にとって)

2、他人との関係性を築く手段でなければ

3、お金が稼げる仕掛けがなければ

この優先順位を念頭に置いて考えるときと、何がなんでも稼がなきゃって考えるときとでは結果的に出来上がるものって全然違うと思います。

どちらが優れているという訳でもないけれど、「フルサト」に作る仕事にとってはやはり、マネーの優先順位は低い方が相応しいと思う。

お金になるまで自分のやっていることや理想には価値が感じられない、認められないなんてあまりに世知辛いじゃないですか。

じゃあ朝日町ではどんな仕事を作っていくのかという具体的なアイデアに関しては、このブログでゆっくり言及していこうと思います。

さて、4回に渡って『フルサトをつくる』を読んで得た雑感を書きました。

単純に共感できる部分を引用して少し自分の解釈を加えたのですが、全編に渡って共感できるところはたくさんあり、大変面白い本でした。

この一連の記事はいわば内容をなぞり、共感できますと言っているだけで、内容がないようなあるようなという感じです。

記事に少しでも共感していただけるところがあるのなら、『フルサトをつくる』はきっと面白く読めると思いますので、気になるかたはぜひ。

よろしければこちらもどうぞ↓

『フルサトをつくる』を読んで③/田舎ならではの教育の意義

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