将来の夢は職業でなければダメ?自分の理想を無意識に削除していないか。

将来の夢ってけっこう小さい頃から考えさせられます。

小学二年生の頃にはすでにそういう授業があった記憶がある。

僕が物心ついたのが大体小学三年生の頃とかだと思うから、ホントはもっと小さいときから聞かれてたのかも。

将来何になりたいの?って。

なんで将来の夢=職業なのでしょうか。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

将来の夢はたくさん書かされたけど意味なかった

将来の夢に関する授業っていうのは、将来の夢を題材にして何か作品をってことです。

つまり、小学二年生のときは将来の夢を絵に描きましょうって授業だったし、五年生?くらいのときは将来の夢を習字で書きましょうだった。

高校生くらいになると夢ってか進路って話になって、職業選択を前提に逆算してどこの大学行くとか専門学校行くって決めなくちゃならない。

で、その頃になると急にすごい現実的な話になるから、たいていの夢はハードルたっかいなってことになって諦めざるを得なくなる。

もう今の時点で遅いんですけどって。

偶然現実的な夢を掲げていた人は反対に夢への扉が開けた感じになるのでしょうか。

夢を叶える手段がある!手に届きそうなところに!と思うと楽しくなるでしょう。

で、実際に着々と正規の進路を歩み、実際にその職業につけたら晴れて夢を叶えたことになります。

でも、夢って叶わないから夢って言うんだよ。とも言います。

夢という漢字と理想という熟語

確かに、夢って言葉は不思議です。

余談的な話になるけど、なんで夜見る夢と将来の夢が同じ言葉なんでしょう。

昨日変な夢見てさーって誰かが言っても誰も意味を勘違いしません。

瞬時に違いが分かるってことはそれだけ違う言葉ってことですが、同じ夢という言葉に落ち着いています。

夢という漢字は、「よく見えない」って意味なんだそうです。

部首は草冠だと思っていた「夢」という文字は、実は夜の意味を持つ「夕」の方が部首。

辞書で草冠から夢という漢字を探そうとしても出てこなかった記憶があります。

じゃああの草冠はなんなのかって言うと、あれば「逆さまつ毛」だと言います。

目の側に生えちゃったまつ毛。

で、真ん中の目を横にしたような感じはまんま目のことで、つまり夢という漢字は、目に逆さまつ毛が入ってしまって、痛くてよく見えない、そして下の部分は夕という文字に蓋がしてありますから、夜の闇に覆われてよく見えないって意味だそうです。

なんか夢も希望もない話だけど、夢ってよく見えないって意味なんだそうですよ。そんなものを絵とか習字に書いてどうするんですかね。

本来が良く見えないものだから、夢が実現するとたいていは思ってたんと違うってことになって、結局、小さい頃からなりたかったものになった人に「夢叶ったじゃん」とか行っても浮かない顔をしたりする。

だから将来に関しては夢を見るのではなく理想を掲げる方が大事だと思います。

理想の「自分」までの道筋

だって理想って、「理を想う」でしょ。

そこに行くまでの道のりを考えることだから、夢を見るよりはずっと建設的で現実的だと思う。

そして、将来の夢じゃなくて、将来あなたの理想とする生き方、在り方、姿、なんでも良いから書きなさいという課題であれば、実に多様な答えが返ってくるのではないかと思います。

小さい子はこの違いわかんないだろと思うかもしれません。

じゃあしっかり物心ついた人ならどうだろう。

高校生とか、大学生とか。

いや大学生にわざわざそんなこと聞かないでしょと思われるかもしれません。

しかし、多くの大学生には夢がないと思います。

僕の実感だから全くあてにはならないけど、夢なんか別にないなって言う人が多かった。

やりたいこともあんま思いつかない、とか。

発想が乏しい訳ではありません。大学にはひどく賢い人がたくさんいます。

ただ、だんだん身の丈にあったものを知るようになって、そうするとあんま選択肢はないなってことになって、就職するまでの時間も限られてるから、夢はないって結論になるんです。

でも理想ならどうだろう。理想かあ。可愛い彼女が欲しいかなとかでしょ多分。それは夢とは呼ばれないかもしれないけど理想には違いなくて、それを達成するためにはやるべきことがたくさんある。

夢はないけど理想はある

将来の夢=職業なら、確かにやりたいことはあまりないと思います。

だって知ってる職業なんてそれぞれせいぜい200個くらいでしょう?もっと50個くらいしか挙げられない人もいるかもしれない。

その中で手が届きそうなものって言ったら感覚で平均30個くらい? 例えば将来理想とする職業ならこの中から選んでも別に良いと思いますし、偶然この中にあればラッキーだと思います。

だけど将来理想とする生き方とかあり方とか姿に当てはまることは無数にあって、いわば自然に超自分好みにカスタマイズされた自分が理想を持っていない訳がありません。

将来理想とする、生活スタイル、年収、時間の使い方、恋人や結婚相手、自分像、住むところ、優先順位の付け方。

それらを考えた上で、理想の未来を実現するための足しになる職業、もしくは足を引っ張らない職業を探して選ぶという方法が良いんじゃないかな。

言っちゃえば職業も自分の理想の中のほんの一部分、一要素でしかないと思うのです。

僕ら夢はなくても、理想はあるでしょう。

理想を叶える仕事がないなら作ればいいし。ない職業があるなら多分チャンスですよ。

口に出さない希望がいくつあるか

はじめて夢を聞かれたとき、知っている仕事は5個くらいだったかもしれない。

次に聞かれたとき20個くらいに増えてて、その次真剣に考えるとき、200個くらいに増えてたかもしれない。

その中にやりたいことがないからと言って、将来の夢がないというのは大袈裟だし、夢がないからといって理想がない訳ではないでしょう。

知らないことが多すぎるし、夢は夜見るものだし、理想は上げればキリがない。

将来の夢を聞かれたとき、知らないという理由で無意識に削除しているものがいくつあるか。

仕事とは関係ないとか、甘い妄想だとか、理想論だとか言って口に出さない希望がいくつあるか。

かならずどこかに理想を叶える方法がある。その方法のだいたいに職業はついて回るけど、現実ではお金を稼ぐことと働くことも次元が違ったりする。

なんか僕ら、幼いときに画用紙とか半紙みたいな限られた枠に将来の自分の姿を書き表すことに慣れてしまった気がする。

将来の夢=職業、それも既存のものから選ぶことになっていると教えてしまうことは、すごく人の足を引っ張ることだと思います。

既存のものを全て知っているなら話は別だけど。

仕事は手段に過ぎず、道具に過ぎないです。

もちろん仕事が生きがいだったり人生そのものだったりすることもあるだろうけれど、それでもなお、仕事は道具、職業は入れ物で、あなた自身は別にいる。

 夢を描くな、理想を語れよ。

スポンサーリンク
スポンサードリンク