ここでこうしている自分のことを魅力的だと思える環境が必要

新年ムードの中ブログの記事を書くのは難しいもので、なかなか文章が出てこない。

クリスマスを越えた辺りからずっとお腹がいっぱいで、いつもまどろんでいる感じがする。僕は酒は飲まないけれど、頭はぽわぽわとしている。

だけどブログの編集画面に向かえば僕が勝手に「ここに書くべきだ」と思っていることを考える頭になっていくのが分かる。

ああ、結局僕は僕の頭で考えてるわけじゃないなと思う。やっぱり場に依存して、役割に依存して、僕らは考えさせられているし、行動させられている。

ずっと前にこんなことを書きました。

自分の頭で考えることができない/枠組みに依存する人間

大きな枠組みの中にいて、僕らはそこで一番もっともらしいことをする。もしくはもっともらしいことをあえて避けて行動したりする。そういうのを指して自我を確かめたりする人もいる。

でもやっぱり自分なんてものはそもそもなく、あるのは自分が自分だと思い込む気持ちだけ。なんか哲学っぽい物言いだけどそんな大それたものではなく、単純に、僕らは「らしく」生きる、「違和感のない人格」を演じる。もっとも楽なことをする。

それが傍から見て過酷なことでも、大変そうなことでも、不合理なことでも、もしくは間違っていることでも、その人にとってはそれが一番楽だからそうする。それが自分に相応しいと思うからそうする。

僕ら「楽」になるためなら血反吐をはくような努力だってできる。

現代では特に、自分で自分に役割を課すという行動が増えているように思います。生き方すべてにおいて自分でコントロールできる領域が増えたから、かつては「そうなるしかなかった自分」の割合が減り、「自分で自分はこうなのだ」と規定する活動をしなければならなくなった。

私はこれを目指してます、私はこれが好きです、私はこれに憧れます、私はこうなんです、私が私である理由を見つけました。

自らに役割を課すところから始めて、枠組み(縄張り?)を作って収まって、「自分らしく」生きようとする。

これは以下の記事とも重なると思います。

小説を書くときに忘れがちな、「みんな幸せ目指して行動する」という当たり前のこと

そう、僕は小説を書くのです。

短編だけはネット上に公開しています。1万字程度という制限を設けて書いています。

僕も僕とて、そういう風に人に見てもらいたくてこんなことを書く。

僕はこういう人間です、じゃなくて、僕はこういう人間だと思われるための努力をしていて、自らに課した自分が思うそれらしい枠組みの中に納まる努力をしています、その結果がこの小説ですと、正確には言うべきだけど、僕は僕の意志で動いているつもりだから、自分は小説を書くのが好きで、書かずにいられないので、書いています、という役割に固執するし、実際にそう思い込む。

僕らは楽をしたいだけで、楽しく生きたいだけで、そのためには努力を惜しまず、不自由も受け入れたりする。妻の実家に来てまで一人でブログ書いてたりして、これだっておかしなことかもしれないしそんなことをする価値があるのかどうか分からないけれど、僕はそうしなければと思っていて、その通りに動くことが大事である。

枠組みがあって、人には役割がある。小説の構造は、人生の構造と変わらないと思う。

人間って不思議だなあって思う。「自分」が確かにあると思いながら、「他人」に認められなきゃ気が済まない。人と人が関わると問題が起こることが分かっているのになぜ僕らは他人を求め、一緒にいようとするんだろう。

僕も含め、人は人に何を期待して生きているのか。ままならない人生の中で、自分が自分らしく生きることを求める気持ちの不思議さはいつも掴みどころがない。

枠組みの中でしか生きられず、好んで制限を設けるのにも関わらず(僕がそう思っているだけかもだけど)、僕らは自分らしく生きたいとか自由になりたいとか願ったりする。

僕らは枠組みに依存して、役割に依存する。

しつこいようだけどこれは僕がただそう信じているだけです。

だから人は、自分が収まりたいところに、収まりたい役割で、人生を演じることに憧れているのだ。

こんなことばっかり考えているような気がする。ブログではまちづくりっていうテーマにまで波及します。

まちに魅力が必要なのではなく、まちにはここでこうしている自分のことを魅力的だと思える環境が必要なのだ。

同じようなことを繰り返します。

魅力的なまちにもすごいまちにも人は興味ないと思う。人が興味あるのは自分で、いつも欲しているのは魅力的な自分であり、すごい自分である。

よって欲しいのは自分が少し魅力的になれる環境であって、すごい自分に出会える環境である。まちはそうやって人のことを考えなければならないと思う。

まだ洗練されていないけどとても大事なことに気付いたと自負しております。

と言っても人のことはやっぱり分からない。僕はとりあえず僕が一番魅力的だと思える、自己満足に浸れるようなことを町できるようにしている。

僕は人間のことを考え、人間の思考や発言の不思議さを考えながら小説を書くときの自分が一番ホクホクしていると感じる。そんな僕がほんのり自分のことを気に入ることができる環境を作って、毎日淡々と自分に課した役割を演じながら生きる。

そして、誰かに、きっとその人は創作に携わる人で、単純に考えれば小説やエッセイや脚本を書く人で、もしかしたら音楽家や絵描きもいるかもしれないけれど、とにかくそういう誰かが現れたら、その役割を分け与えられるような人になりたいと思っている。

それが多分僕の自画像を作り始めている。

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