文学×町というフィルターで文化的な町をつくる

「文学×町」というフィルターで考えてます。

文学が潜む町を作りたい。

田舎には何もないというけれど、なにより文化的なものが足りないと思う。

僕が済む朝日町には「サンライズホール」というホールがあって、ここでは定期的にお芝居の講演が打たれていたり、市民劇活動も精力的に行われている。

こないだも地域の劇団である「一歩座」の講演に行けたし、今月(12月)の11日にもお芝居が見に行ける。

今度のは『ゼブラ』という演目で、これはかつて「一歩座」でも演じたものなのだけど、今度はオリジナルバージョンが見られるので楽しみ。

こういうところがあるから、僕は自分の田舎でも満足できる。映画を見るためには車を使わないといけないけれど、徒歩数分のところにクオリティの高いお芝居が見られる環境があるのは嬉しい。

文化が足りないと言ったけれど、僕の町は充実している方だと思う。

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個が作るまちの文化

しかしそれでも飽き足らず、僕は僕なりの文化を作りたくなりました。

サンライズホールの活動が公の営みだとしたら、僕は個として文化的な環境を作りたい。

そういう意味で、文化が潜む部分を作りたいのです。

深いところまで行こうとすれば肩までつかれるみたいな、文学的で、何というかアングラ感があって、観光にも集客にもならないけれど物好きがほぅっとできる場所。

旧佐藤医院を舞台にします。

ここはコミュニティスペースで誰が利用しても良いのだけど、奥の方でひっそりと隠れるようにして日々創作が行われている。

ここに個による文化を積み上げていく。

作品そのものを見せる努力も必要だけど、その周辺、書く環境だったり、没頭しているところだったりを見られる場所を見せるという方法もあるんじゃないか。

それで書斎を作ってます。

書斎を作りこむことで小説家を作り、架空の小説家に小説を書かせる、というアイデアがあります。

クリエイティブを刺激する町づくりのために考えていること/「架空の小説家とその書斎」企画

ちょっと奇をてらいすぎている感があってどうなるか分からないけれど、長編小説はこのアイデアに任せようと思います。

動画の制作も始めます

動画で小説を読んでもらう方法も模索しています。

執筆風景と短編小説を組み合わせた動画を作ったら面白いのではないかと思い試行錯誤中です。

誰でもできるけれど、旧佐藤医院でしか撮れない絵を取れたら面白いのではないかと考えています。

動画という発想を得るまでには作家youtuberの水谷健吾さんのブログ「作家2.0」の記事を参考にさせていただきました。

「実力」なんて関係ない。とにかく「認知」を得よ!

という記事などには特に説得力がありました。

小説を書いて生きていくためには、何も正攻法にばかりこだわる必要はない。

いや、あらゆる方法を駆使して、自分が作家として生きられる道こそが正攻法に違いない、と思いました。

認知されているからこそ売れた本がこれまでもありましたよね。実力は幻想で、認知が強いからこそ広告には価値がある。

じゃあどんな見せ方ができる?どんな作品が書ける?そんな風にして、小説の見せ方を考えることができるのではないか。

言い換えれば、小説が誰かの生活の一部になるきっかけを作ることができるんじゃないかと思いました。

大言壮語も吐いてやろう

文化というからには、始めた人が勝ち抜けする方法を考えるのではなく、広告としての価値を生み出したい。

あそこで作った作品なら面白いだろって読んでもらえるようになったら、他の作家さんたちの役に立つ地域になると思うんだ。

そのために認知を得て、実力をつけてを繰り返し、文化を磨いていくのだ。

アングラ感があってとは言ったけれど、この時代ならば、アングラ感を維持したまま、商業を考えることもできるのではないか、とも思う。

そうならば、辺鄙な田舎町という舞台は非常に都合が良いのではないか。

ビジネス的なことにこだわらずとも、この町ではひっそりと変人が創作活動を行っているヤツがいる、という町が日本にあるっていいなと思うのです。

その気になったらそこは誰かと一緒に黙々と創作活動ができるような場所で、ネット上以外ではあまり人通りのないド田舎である。だけどなぜかちらほら人が来て、あの元病院の奥へと消えていく。

その小さな一点から、世の中に「面白さ」が発信されているという環境が作れたら、僕は文化が出来たなあと思うだろうな。

地域の文化に貢献するということが、しっかりその人の利益へと繋がっていくような仕組みができてこそ文化だ。

なかなか個で考えるには大言壮語という感じがするけど、目指す方向を定めておくことは大事。

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