田舎に全然関係ないから田舎に憧れても田舎に行きようがない。

移住ブーム。 地域おこしブームです。 でも、田舎には興味あるんだけど、そもそも全然関わりがないし、たいていがぷらっと行って帰ってくる距離感じゃないし、正直肌感覚で田舎の雰囲気って分かんないんだよな。

移住ブログとか見てたら何とかなりそうだけど、この人たちコミュ力とかもろもろ能力が高いからなんとかなったんだろうし、正直仕事できるならなんでも良いとは思ってないしな。

住めれば御の字とか思ってないしな。

そういう人って多いと思います。 そういう人たちのための、創造で繋がるコミュニティです。

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雛見沢症候群って知ってますか。

田舎ブームの流れで田舎にあこがれ抱く人多いかもしんないけど、実際はそんなに甘くないよみたいな話題もカウンターで出てくるようになりました。

勢いで移住して、結局そこでは仕事とかも満足になくて、地域の人は全然かまってくれないし、それどころか「ヨソモノ」を見る遠慮のない目に嫌悪感を抱いてしまった。

居心地悪いし不便なだけだし、やっぱり都会の方が暮らしやすいなあなんてこともあるでしょう。 自分から積極的に関わるのがコツ、とか言われたって、だからそれもきっかけがあればの話だし、そもそもがそんなにコミュ力高くないんだよって話。人見知りが激しいのだと。 それに関わるったって、正直まだなんの思い入れもない見知らぬ土地の見知らぬ人たちの活動に興味抱けたって無理な話で、無理しちゃってる感でちゃうだろうし。

『ひぐらしのなく頃に』みたいな感じでさー、半ば強引に「明日この辺り案内してあげるよ!」とか「行くでしょ?お祭り」とか、「私もね、越して来たばかりなんだあ」みたいな人(出来れば可愛い女の子)がいればそりゃ一発で地域の仲間入りだきると思う。し、ここでやってけるかもって思うだろう。

でも現実にはそんなことないワケです。実際はどっちかと言うと聡子みたいな扱いを受けるワケです。知らない人は全然ピンと来ないだろうけど(笑)。

サービスが違う!露骨に無視される!「ヒソヒソ…」ってしてる!みたいな。

なんか迷惑かけましたっけ、みたいな気持ちになって、実際には思い込みだったにしても、みんなに嫌われてるんじゃないかみたいな疑心暗鬼になるでしょう。

雛見沢症候群みたいなのにかかってしまって、より人を近寄らせないオーラを醸し出してしまうかもしれません。

役割が欲しい。自分は何者なのか、一言で言えるヤツ

素のままの自分でそこに立ち入るためのとっかかりが必要です。 それがないのなら、人にはとっかかるための装備や理由が必要なんです。

だから、田舎と関わりを持ちたければ「地域おこし協力隊」に応募するのが一番手っ取り早いみたいになる。

農業とか林業とか、正直地域おこしに興味なくても。 多分田舎との関わりを持ちあぐねている人の中には、ああー学生って羨ましいなあなんて思ってる人もいるでしょう。 「学生」ってだけで身分保障されてるようなもんだし、サークルでこんな活動してて…って感じで入っていけばやりやすい。

こんな風に分かりやすい「役割」があれば、それを演じられるから良いのだけど、そういうのってなかなかないし、誰もがその役割にはまれるかというとそうでもない。

田舎では「お前は何者なんだ」という問いかけがいつもついて回ります(そんな気がするという意味)。

そういうところが不便だよな田舎はと思うのです。

誰もが自分はこんなことに興味あって、自分にはこんなことができて、自分はなぜここに来たのか、つまり、自分は何者なのかを説明できるわけではありません。

また、自力で「役割」をこさえてコミュニティに入っていける積極性を誰もが持っているわけでもないし、それで満足できるかどうかは別問題。

創造で繋がるコミュニティとは

「行ってないのに行ける町づくり」でも似たようなことを書いてるのですが、そろそろ、「役割」によらず、「自分」が赴ける場所作りが必要だと思います。

そしてそれは、実際に足を運ぶ場所である必要すらないと思うのです。

創造で繋がるとは、今はこのブログ上では例えば「お芝居」という創造をモデルに考えています。

目標として、僕は小さな劇場、極小の、二人くらいが演じて二人ぐらいしか見られないプレハブみたいな劇場を作っては壊し作っては壊しをして楽しむというすごくクローズドでいてダイナミックな創造活動をしたい。

何を狙ってとかじゃなくて、ただの趣味です。一人で出来ないだろうから誰かには手伝ってほしいと思っているけれど、基本的にはごく個人的な創作活動の領域です。 もう芝居小屋から作る。全部作っても良いし、プレハブみたいな物の中にトリッキーな大道具、小道具を用意するだけでも良い。

※(これは現実的か?) 新しい住居の形?小さくてもお洒落な“タイニーハウス”の魅力 の記事や 未来住まい方会議これらの記事を読めば、決して非現実的とは言えないのではないか。

家(芝居小屋)を作るところから創造を始める余地はある。住むのではなく移動や使い終わったら壊すことを前提にした建物というコンセプトは一考の価値がある。

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芝居には創造の余地はすごく多いんです。

例えば芝居には脚本が必要でしょう。それはどこに居ても書けるものです。 芝居小屋から手作りすることを想定すれば、小屋自体のコンセプトや設計図を考えても良いでしょう。 そのコンセプトにあった脚本を作るということもできるし、脚本にそって仕掛けを作るということもできる。

実際に演じたり、作ったりするのはここにいないとできないけど、アイディア的なものを与えることは遠くからでもできることだから、創造を通して、ここで実際に芝居を作る人と、アイディアを考える人を繋げることができる。

ここにある実際に作るコミュニティと、見知らぬ土地の、見知らぬ誰かのアイディアが繋がることで、バーチャルだけどリアルなコミュニティができる。

しかもインスタントなヤツ。作った芝居はすぐ壊しちゃうから。

で、できた芝居は動画用のヤツも用意してユーチューブとかで流せば、少なくとも自分が考えた脚本がどう演じられたのか、どんな小屋ができたのかは確認することができるんじゃないでしょうか。

こうやって創造を通してこのブログ、この町と関わることで、どこにいようと、仮にアメリカにいようと中国にいようと、少なくとも僕との繋がりは生まれます。

アイデンティティは創造力のみによる

で、ここが一番大事だと思うんだけど、今日の記事に関して言えば、僕がそうやって用意しようとする「とっかかり」と言うのはあくまで創造的なものであるということです。

その人がどんな仕事をしていて、何歳で、男か女かとか、どこに住んでるとか、そういうの全くどうでも良くて、ただアイディア(創造的な部分)のみで繋がることができるのです。

意見にはステータスや立場が必要かもしれないけれど、創作にはそんなもの必要ありません。子供のアイディアでも、おじさんのアイディアでもいい。

大人の方が立派とか、定職についてる方が立派とかありません。

だからもし、もしね、なんかの拍子に、実際に何もないところから芝居が出来るまでを見てみたいなと思った人がいたとして、ファイルで送った脚本がどうなるのか見てみたいと思った人がいたとして、ふらっとここまで訪ねてきても、その人が普段どういう風に生活してるかとかはどうでも良いのです。 究極名前も必要なくて、『take over』って脚本送った者ですとか言われれば、僕はあーはいはい!ってなるのです。

いやもちろん脚本送らなくても良いんですよ。「出来るまで」をただ見てる人がいても良いし、小道具に色塗るとかしても良いし、脚本に口出しても良い訳です。

自分で創るってのは、自分なりの関わり方ができるってこと。

できたものを朝日町まで来て見る必要もありません。ユーチューブにアップした動画を見るだけでもオーケー。 色々な階層の、色々な関わり方ができて、リアルだろうがバーチャルだろうが朝日町に関わったコミュニティ(しかも実体は乏しい。木星とか土星みたいに、核があって、その周りにボワッとふわふわ浮いてる感じのイメージ。もっと言えば土星の環みたいに、土星の一部として認識されてるんだけど、その実接触はゼロみたいなイメージ)ができれば僕は楽しいのです。

だってそうなれば仮にこれから人口がさらに減って1000人とかになったとしても(今は1500人いないくらい)、少なくとも僕は朝日町にいても寂しく感じないのです。

で、僕も身動き取れないのは嫌派だから、気分で住む場所変えたりしたいから、例えば今年からは札幌に拠点を移す、けど朝日町には関わり続けられるという生き方ができるのです。

お仕着せのカテゴリーで自分をくくることを良しとしない人のために

ここまで話しておいてなんだけど、今僕の町のことはどうでも良いです。

今日は「田舎に関わりのない人が田舎に関わろうとしてもどうしようもない」みたいなところから始まって、勢いで自分の話ししちゃった形です。 僕が言いたかったのは、だから、田舎への関わり方って積極的な人や田舎が要求する役割にマッチする人は簡単に見つけられたりするけど、そうじゃない大半のシャイな方や、正直人間関係の構築には必至になれない、いつも成り行きで気の合う人を見つけてきたという方には難しいということ。

しかもそういう人たちを受け入れる脳がないと、移住者の性質も限定的になってしまう恐れすらあって、結局何年か経てばどこも「いかにもあの頃の移住ブームで栄えた町っぽいよね」って空気になりかねない。

そのために、役割によらない関わり方ができる何かを、とっかかりとして田舎側が用意することはとても大切だと思う。

そのために必要なのは、商業的にではなくどこまでも趣味的に繋がることだが大事だと思っている。 その辺も詳しく書きたいところだけど、長くなってしまうので別の機会に書きます。

創造で繋がるコミュニティを作る上で守らなきゃならない創造の純粋性 でそれっぽいこと書いてるけど、この辺は何度も書かなきゃいけない気がする。

あ、あと、でももしそのとっかかりを用意したとして、万が一物好きがいて、いざ移住するって言われたらどうすんの?夢物語ばっかだけど、現実的に住まいや仕事は必要でしょ?って話になると思う。 その点もまた今度。

田舎に全然関係ないから田舎に憧れても田舎に行きようがない。(完) 

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