高校でぼっち飯生活を選んだ僕が守ったポジションと後悔について

高校で、僕はいつもぼっち飯でした。

毎日自分の机と椅子を微塵も動かすことなく弁当を広げ、食べ終わるとペットボトルを転がすなりして遊んだり、本を読んだりして余りまくるお昼を潰していた。

その状況が悲惨なのかと言うと、そうでもありませんでした。

タイトルの、「ぼっち飯を選んだ」というあたりにどことなく負け惜しみ感はあるけど、でも8割くらいは自分で選んでそうしていたつもり。

あとの2割には強引に誘ってくれるほどの友達がいなかったことや、僕と弁当食っても面白くもおかしくもないという事実があったと思う。

いやそれが事実ならぼっち飯要因の2割に留まらないだろ、むしろ主要因だろって思うかもしれないけど、恥ずかし気もなくごく主観的で楽観的な意見を言わせてもらえるなら、僕はあのとき、気を遣われていたんだと思う。

「ツカダは弁当に誘わない方が楽しそうだ」と思ってくれるクラスメイトが多かったような気がする。何と言うか、「そっとしておいてくれた感」が強く、今思い出してみても弁当の時間は悪いものではありません。

なんでこんなことを書くのかと言うと、あの時間、僕は自分のポジションを守ることに、もしくは作ることに必死だったのかもしれないなと思ったから。

でもそのわりに、あの時間を活かせてはいないと最近唐突に気付いたので、自分語りで恐縮ですが書いてみようと思います。

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僕は一人で弁当を食べたかったのか?

はっきりさせておかなければならないのは、ツカダは果たして本当に「弁当に誘われない方が楽しかった」のか、「そっとしておいてほしいと思っていた」のか、というところです。

これは正直自分でも難しい。

確かに、仲良い同士で机を寄せ合って食べることに嫌な感じはありました。

たまたま近くの席になった人と、なら良いんだけど、仲良い同士の固定的なコミューンが築かれている状況では、しばしば多少離れた状況でも無理やり机を寄せ合って、いびつな島を作る光景が見られました。

最初、え、そこまでする?と思ってしまった。

2、3人ならそこまで思わないだろうけど、僕のクラスの男子は7人とか体制で弁当島を作ってたから、お昼の時間、クラスの机と椅子はぐっちゃぐちゃの大移動が始まります。

それに巻き込まれたくないという気持ちはあった。

でも、弁当一緒に食べようぜと誘われない方が嬉しいなんてことはないです。一緒に食べようと言われれば普通に嬉しい。

たまたま僕の席近くが起点となり島が築かれる座席の配置だったとき、僕は微妙に仲良し男子コミューンに仲間入りしました。

しかし僕は机を動かさない。自ずと、隅にあった僕の席と7人の弁当島には微妙な隙間が生じます。少し頑ななまでの僕の非協力を見たとき、彼らは「あ、こいつ俺らと弁当食うの嫌なんだ」と思ったかもしれません。

違うんだ、みんなでご飯を食べるのは良いんだ!でも机を動かして、その島の一員になるのは無理なんだ!ごめん。マジでごめん。とは言いませんでしたが、そんな複雑な気持ちを当時言葉にできるワケもなく、また彼らも不快感を示すでもなく、僕が必死に作り出した距離感をなんとなく「そっとしておいてくれた」んだと思う。たぶん。

みんなと距離があるというポジション

この、必死に作り出した距離感こそが、僕のポジションだったのだと思います。

それは、思えばその前から、そして今までずっと僕について回るポジションであり、少なからず書く行為に繋がっていると感じています。

仲間に入れないというポジション。内側には入らず、一方的に見るしかないポジション。

それは寂しいんだけど、自分が必死に守ってきたポジションでもある。

僕は今までのそれを肯定したいと思っているし、今後に活かしたいと思っているからこんな記事を書いているのでしょう。

クラスには弁当島がいくつかあった。

みんな自然に、気の合う同士と言えば安易すぎるが、性質が似ている同士、価値観や人生のトーンとも言うべき何かが一致する同士で机を寄せ合った。

わざわざ隣のクラスにまで行く人もいた。隣のクラスでもまた同じことが起こっていた。

そして必ず、僕と同じように机を動かさない人もけっこうな数いた。

じゃあそういう人同士集まれば良いじゃんと7人の島を作る彼らなどは言いそうだけど、その行為にアイデンティティ消失の脅威を感じる僕らがそんなことをするはずがありませんでした。

仲間に入らないポジションはなんて楽しいんだ

輪の中に入らない、内側に入らないというポジションは、もちろんただ輪の中に入れない奴、内側に入れない奴という能力的な欠陥として言い換えることもできます。

所属するのが苦手で、部活(野球の)に入るのも、サークル(日本語教育の勉強をするサークルでした。けっこう真面目な)に入るのも大変な勇気が要ったし、結局就職する会社を選ぶことも島に机をくっつけるのを頑なに拒否するのと同じ気持ちで避けました。

流れでライターとなったしこうしてブログも書いているけれど、フリーライターという島があることもブロガーという島があることも知るにつけ、やはりそこに身を寄せることに違和感を覚えてしまう。

こんな風に作り上げた孤島はやっぱり僕にとって居心地の悪いものではありません。

最近では特にそう。そのまま大人になって、面白いと思ったことがあります。

どういう仕組みか分からないけれど、僕は人より色んな種類の人に会う機会に恵まれている気がします。

もしかしたらライターという職業の人には多いことで、ありふれていることなのかもしれないけれど、人には決定的な違いがあって、世界観があって、それぞれ全然違う論理と哲学で動いているのだと思い知ることが多い。

とりわけここぞというとき当然論理や合理を頼りに人生を決める人と、ここぞというときには当然宇宙の流れや直感というもの従って人生を決めるという両極端がいると気づいたときは面白かった。

前者と後者が分かり合うのは難しいだろうなと思ったし、前者の人は後者の人がいることなんて想像もしてないかもしれないと思ったし、ああこんな違いを間近で感じられる僕のポジションはなんて面白いんだって思った。

僕らに隔たりがあることに気付く機会は

僕らには大きな隔たりがあると思う。

それはいくつかの弁当島を眺めるポジションにあったから実感することです。

似たもの同士で机を寄せ合えば、みんなが内向きになって、そこで小さな社会が作られます。

7人の男の子で構成された弁当島で食べている彼らは3人の女の子で構成された弁当島のことを見ない構図になります。違う島ではどんな話がされているのか、何を食べているのか、まるで分らない構図になる。あくまで構図ね。

社会では、そのもっとスケールの大きな構図が出来上がっていると思う。

教室内ではスケール的に互いをまったく見ないということにはならないけれど、社会の中ではしばしば「自分たち」以外の存在がまったく目に入らない、その存在を想像することもないということが起こります。

その隔たりの存在は、傍から「見る人」がいなければ気付かれません。

その違いの存在もやはり、傍から「見る人」がいなければ見つけられません。

ただ傍から見るという行為無しでは存在しないものについて、当事者はなかなか気付かない。

そういうものの存在を伝えるのがライターの仕事だとは、安易すぎてとても言えないけれど、そういった存在以前のものを形にする術として言葉を使うことは、とりあえず王道だとは思う。

言葉って、いまいち見えないものや手に取れないものに形を与えて、人に渡せるようにするためのものだと思うから。

参加しなかった後悔

言葉がどうとかそんな話はややこしいから置いておくとして、僕がこの記事で書きたかったのは、なぜあのとき、僕は僕のポジションだからこそ見えることが見えていたのに、他人に強い興味を持つことなく、漫然とした時間を過ごしてしまったのだろうという後悔です。

僕は人を嫌っていたわけではないけど、あまり自分から声をかけたり、話を始めたりすることはなかった。積極的ではなかったし、今も積極性なんてものは持ってないけど、それにしてももったいないことをしたと思ってます。

目に見える見えないとか、仲間に入る入らない以前に、そもそも参加していなかった。

見るばっかりで、見られる意識が足りなかった。

一度、クラスの子が「ツカダはどうしていつも一人でご飯食べてるの?」とメールをしてきてくれたことがあった。

正直に言って、心配してくれてありがたいとか、心配させてしまったという気持ちよりも「お節介だな」と思ってしまったことを覚えています。

多分僕は純粋に周りを見ていたのではなく、人を見下していたのだと思う。

そのせいで人に話しかける努力もせず、眺めただけで分かった気になって、もっと知ろうと考えもせず、ろくにクラスに参加しないまま時間を過ごしてしまいました。

今考えれば、あんなに雑多でバラバラな個性がひとところに集まることなんて無いのに、そんなカラフルな環境の中でそれに気付いていなかった。

だからと言って明確にどうやりなおせたら良いかなんて分からないけど、やり直せるなら、きっと僕はあのクラスの、一人ひとりと話す努力をすると思う。

10年前よりずっとSNSが盛んな今、表現者が増えた今、誰が何を考えているとか、何を信じているかとか、何が好きかとか、人と人の隔たりや違いはそれほど珍しいものではないかもしれません。

隔たりや違いを形付け、色付ける言葉は10年前よりずっとバリエーションに富んでいると思う。

だから僕が書く人間として、そういう職業的なポジションとしてそういうものを探し、人に伝える必要はそれほどないのかもしれない。

ただ、人には違いや隔たりがあるということは確かに見ていたはずなのに、不遜な態度で興味を示さなかったばかりに自分の手で掬い上げられなかったクラスメイトの違いや隔たりが、今は尊く感じられて仕方がない。

高校でぼっち飯生活を選んだ僕が守ったポジションと後悔について(完)

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コメント

  1. 竹本 より:

     自己中心的な性格の自分にとって、多くの人が集まるコミュニティーに属すことは苦手でした。そういったコミュニティーに属すと、そのコミュニティーの規則に縛られてしまい、自分のタイミングで抜け出すのが困難になるからだと思います。しかし、こういったかかわり方では相手のことをうまく知ることもできず、自分の世界が広がらないと言ってくれる人がいました。そこで、自分にとって居心地の悪いなと思うコミュニティー内で今までにないくらい話をしてみました。すると、話をするうちに、相手が私の自己中だと思っていた発言や行動さえも受け止めてくれているように感じました。コミュニティーにどっぷり属さないというスタンスを変える必要性を感じたわけではありません。しかし、それを言い訳にして、自分と相容れない他者を線引きしコミュニケーションをとらないことで、自分が傷つかないようにしていたのだと思います。人間観察は好きなのですが、高見の見物になり過ぎていたように思います。痛みを伴うかもしれないが、自分をさらけ出し、理解してもらうことが必要なのかなと思った体験でした。

    • 塚田 和嗣 より:

      竹本さん

      コメントありがとうございます。

      他人事だとは思えない内容でした。
      あのとき「自分にとって居心地の悪いなと思うコミュニティー内で今までにないくらい話をしてみ」るという体験をしていたら何が変わっていただろう、と思わずにはいられません。なにより、アドバイスを素直に受け入れて行動できた竹本さんはすごいと思います。素晴らしい体験談をありがとうございます。