お節介焼きおばちゃんのお見合い的町おこし

前回の記事は「優越感」に関するものでした。

これと町おこし・町づくりとなんの関係があるのだ、『鋼の錬金術師』の話しがしたかっただけなんじゃないか。

確かに動機の8割は『鋼の錬金術師』の話しをするためのものだったのですが、このブログのテーマにまったく関係がないかっていうとそんなことはないのです。

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優越感について思い至ったこと

念のため前回の記事の要点をすごくかいつまんで説明しますね。

優越感というものは必ず他者に与えれれるものです。

世界に一人ぼっちでは優越感を抱けません。

どれだけ「持っている側」の人間だったとしても、それを評価してくれるだろうと信じられる誰かがいなければまったくの空虚。

実は価値があるのは、そんなあなたの身の回りに居てくれる人なんじゃないの? あなたの優越感を作るあなたの周りの他者こそが、本当の優越感の源なんじゃないの?というのが前回の記事。

結論としては、じゃあ自分も誰かの優越感の源になるべく、誰かに何かを与えられる人間にならなければ、というものです。

今回は前回の記事を踏まえ、「もし地域が一人の人間だったら」ということを考えてみたいと思います。

地域が一人の人間だったら

地域が一人の人間だという想像ができるでしょうか。

ここは朝日町だから「朝日君」という一人の人間がいたとします。

普通にいそうだ。

いうる!

さて昨今では町おこしとかも一種の競争になっていると思います。

良いアイデアとかあったら称賛混じりに「先を越された!」みたいなリアクションをする訳だし、やっぱり多かれ少なかれ抜きんでたい気持ちってのがあるのでしょう。

抜きんでたい気持ち、一目置かれたい心理と町おこし

だから町づくりとかってのも「人より多くのものを持っている」とか、「人より優れている」という要素が必要なのです。

だからこの地域には何があって何があってこれもあってって言う風に、優れた町の要素を探すようになる。

地元の食材を活かした特産品がある、旅人に人気の宿泊施設がある、国内唯一の○○がある、○○スポットがある、みたいな。

それでもって、魅力ある地域の要素とする。

で、実際に優れたり珍しいものがあったり面白いものがあったりするのは当然素晴らしいことですし、その地域の宝です。

だけどその「一歩抜きんでた何か」を新しく得ようとすると、どうしても優越感を求めてしまうのが人間なのではないでしょうか。

つまり「地域づくり」においても今の世の中の価値観でどこか他者より「優位に立つ術」を探すことになる。

ありていに言えば、人より幸せになりたいという気持ちがあるのです。

人がこの就職難の時代に食いっぱぐれない資格を取ろうとしたり、有名な大学を出ようとしたり、留学経験を積もうとしたり、そういうものを持ち合わせている異性と付き合おうとしたりするように。

で、そういったものが地域で功を奏すれば別に良い。

町おこしの特性として、その地域が何かで抜きんでることは必ず誰かためになりますから。

時代の潮流を見て、世の中に求められているものを作り出すことができて、それで結果的に抜きんでるならそれで良い。

だから誰も間違ってない。

 お見合いのイメージがある町おこし

誰も間違ってないというなら僕は一体何を言いたいか、そしてせっかく用意した朝日君はいつ出てくるのか。

「地域おこし」とか「町づくり」って言葉は昔からあったにせよ、今見たいなスタイルの地域おこしは各地域に与えられた比較的新しいテーマだと思う。

でもそのやり方(主にPR方法)って一昔前のやり方にまだ引き摺られているんじゃないの?ってことを言いたいのです。

朝日君はもうちょっと待って。

時代の流れに乗って自然に秀でるなら良い。もちろん。

時代の潮流を見て、秀でたものを作り出そうとするのも当然。

そして多くの地域が実際にそういうものを作り出している。

だけどこれとこれとこれがあるからこの地域は見どころがあるんだ!って言ったところで、他者にはあんまり響かないんじゃないかなってことです。

なんか地域のアピールの仕方って、昔のお見合いってこんな感じだったんじゃないかなあと思わせることがあるのですよ。(今もお見合いはあるんだろうけどあくまでイメージとして昔ってことね)

説明が難しいんだけど、例えばよくドラマである、お節介なおばさんがお見合いの写真とか持って来て、結婚結婚ってせっつくシーン。

「この人は東大の法学部を出ていて、弁護士の資格を持っていて、子供好きで、趣味はチェスと釣りなの!笑顔が素敵な好青年よ!」 と言われたところで、まあすごい、好き!ってなりませんよね。

イケメンだったら会ってみようくらいにはなるかもしれない。

で写真はなかなかだったから会ってみたらなんか違う。なんとなく違う。 悪い人ではなさそうなんだけど、「うわこの人自分のこと大好きくさいなあ」とか、「同性の前だと態度変わりそうだなあ」みたいに思ってしまうともうダメです。

思い込みとかステレオタイプ的な発想ではあるけど実際にこういうことってあるでしょう。第一印象は会った瞬間のものだし、好き嫌いは一瞬で決まるって言うし。 そうなると笑顔も白々しく見えたりして、そうするとちらちら見える白い歯もホワイトニングとかしに歯医者行ってるんだろうなとか考えてしまう。

で、それが「自分好き」っていう最初の印象とマッチしてしまうから、歯が白いことは別に良いことなのに、なぜかマイナス評価になる。

優れた要素を持っているからと言って、それが絶対的な魅力にはなり得ないということです。 「世間一般から見て優れている」ではなくて、「私にとって優れた人」でなければ好きになんてならないでしょう。

地域もそうだと思うのです。

朝日君はお見合いなんかしなくてもって思う

では、もともと別にモテるタイプではない「朝日君」はどうでしょう。

「持てる側」ではない「朝日君」です。

地域づくりとか町おこしにはアピールが必要ですから、朝日君の優れたところを探します。

探したところでそんなにありません。

探せば地域にはお宝が眠っているという話しは聞くけど、そこが一番昔のお見合いっぽい。

大学普通の私立、別に自慢できる資格とか、かっこいい趣味とか持ってない、特筆すべきところなしみたいな「朝日君」です。

そんな朝日君が結婚相手を探していて、任せなさいと息巻いたおばちゃんが朝日君の良いところをダーと列挙する。

で、別にやっぱ特筆するところがないから眼がキレイなのよとか、歯並びがとか、動物好きで優しくてとか、正義感が強くてこんなことがあっただの、そういえば子供になつかれるタイプかも、とか挙げだしたらキリがない。

ああ、もうはい、結構です。良い人なのは分かりましたからってなる。

優れた要素を挙げたところで好きになるかどうかは別です。

じゃあ、特筆できるところがないからと言って「朝日君」が結婚できないかと言われれば、そんなことはないでしょう。

 絶対どっかになぜか気の合う人がいるし、どういう訳か朝日君のこと大好きになってくれる人がいるはずです。

むしろナルシスト弁護士よりは需要が大きいかも。

地域おこしが「地域」と「他者」を結びつける活動なのだとしたら、そこも人間関係なのだと思います。

だから長所をいくら持っててもモテないもんはモテない。

そこに食いつくのは「たった今の世の中の価値観」に引きずられている人たちだけです。

「朝日君」は世間的に見て優れた地域である必要はないし、たった今の価値観に引きずられて無理やり何かを拵える必要もない。

例えば僕はこんなブログを書いてしまう程「朝日君」のことは気に入っています。

町内には他にも「朝日君」のことを好きな人はたくさんいるでしょう。

もう既に、何があるとか何がないとかで好きになったり嫌いになったりするようなものではありません。人間関係ってそういうもんだと思う。

私はあそこを知っている、私はあの町に行ったことがある、私はあの町と関わりがある、そしてあの町は私を好いてくれている。

そのことが喜びになるような地域が優れた場所なのだと思います。

お節介焼きおばちゃんのお見合い的町おこし(完)

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