自分に主流感を感じられるかどうかで人の振る舞いは変わるんだろうな

ちょっと前に毎朝6時くらいから、夕方の5時までを1週間弱という時間設定で芋ほりの手伝いをしていました。

そんなに長い時間芋を見つめ続けているうちに、なんだか瞑想状態になって、いろいろなことが頭の中に駆け廻りました。

僕はこれまでにも農業バイトの経験がいくつかあって、地元の農家さんでバイト、ワーホリでオーストラリアに行ったのでズッキーニを収穫するバイトなどもしました。

ズッキーニのバイトは不愉快な経験をしたので嫌だったけど、思い返してみると面白いものだったなーなんて、ゴロゴロの芋を眺めながら思ったものです。

何が面白いって、人の入れ替わりの激しさです。

毎日のように誰かこっか辞めてく。もうやってらんなーいって感じで休憩時間に退散したりする。かと思えば昼休みに仕事ある?みたいなノリでラウンド旅行中の兄ちゃんたちがやってくる。

ゴロゴロ機械の上を流れてくる芋を見ながら、なんか目まぐるしかったなーって思ったのです。でもなんだか緩い。警戒心とかがなくて、ズッキーニ畑で並んだら仲間、みたいなところがあった。

あーあんな風に日本もなれば良いのになー、って思った。無理だろうなーって思った。

そういう経験をしたのに、たとえば芋ほりの最中に得体の知れない若者が急に車で乗りこんできて、仕事ないっすか?って来たら普通に引くと思う。こわ、何この人ってなると思う。

環境が違うよなー、設定が違うんだよなーってつらつら思いました。

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日本の緩い場所はアウトロー感がすごかった

ところが、考えてみれば日本でもぷらっと来て働けるところがあったのでした。僕の狭い経験の範囲内でもあったのでした。

一時期、漁業の住み込みバイトをしていたことがあるのですが、そこは急に旅人がぷらっと来て、知らないうちに働いてるようなところでした。そんでそれぞれのタイミングでいなくなる、みたいな。

本当に、頭がついてて、名前が書ければ働ける、みたいなところでした。

ああーこういうところもあるんだなーと思いましたが、やっぱり設定は違いました。

そこはかとなく流れる治安の悪い感、集まる人々のアウトロー感。

はみ出し者と言ったら悪いけれど、決して普通ではない道を歩む人が集まるところでした。

みんなとても良い人だった。だけどどこか気を許してはいけない気配みたいなものもありました。実際はみ出し者らしい振る舞いをする人もいました。

無断欠勤したり、喧嘩があったり、盗難があったり。

オーストラリアでもある宿に住み込んで働きましたが、部屋は男女入り乱れ、外ではギターを鳴らしながら歌う人がいて、共有スペースでは銘々料理をしたりテレビを見たり、なんとも牧歌的で平和な空気が流れてました。

もっと観察眼があればいろいろとトラブルはあったことに気付いたのかもしれませんが。

この違いは何?職種?男女のバランスとか?

自分に主流感が感じられるかどうか

これは違いの一つかな、と思ったのは、自分に主流感が感じられるかどうか、でした。

自分はこの環境の王道を行っていると自分を認めている人が集まるところと、自分はこの環境の邪道と言うとまた違うけど、まあアウトローだなと自認している人が集まるところでは、振る舞いが違うだろう。

オーストラリアにいるとき、仕事は楽しくなかったけど、「うわーワーホリっぽいことしてんなー!」っていう感じはあって、それは気持ち良かった。なんか堂々としていられたっていうか、おれワーホリビザもってんねんぞーみたいな。

あの国で、完全によそ者の癖に主流感があって、なんというか俺はこの国の主要メンバーの一人みたいな基本的な自信があった。

一方漁業の住み込みバイトでははみ出し者感があった。自分は普通に就職しなかった。変なところにいて、プロレタリア文学かよって思うくらい労働した。汚い臭い身体痛いも普通になって、もー女の子と話したい!ってなった。なんか惨めな気分になることが多かった。

いや、だからこそ僕は普通を保てたんだと思う。アウトロー感が心地よくて、主流じゃないことを完全に受け入れたら、きっと「簡単に気を許せないヤツ」になったと思う。

つまり、自分をどう規定するか、自分がどんな設定の中にいると思うかで、人の振る舞いとか思考は変わるだろう、ということ。

自分が選んだステージの上で堂々と卑屈にならずに生きていけるような

多様性がどうこう言うのなら、みんなそれなりに主流感が持てる雰囲気みたいなところから作って行かなきゃダメだよなーって思います。

みんなそれぞれ自分のステージってあって、そのステージがいつどの段階で訪れるかってみんな違うと思うんですよね。

だけどなんだか空気として、このステージは普通何歳で到達するべきみたいなのがあって(反対にこの歳になったらそれをするべきではないみたいなのもある)、その意識はどの国でもある程度あると思うんだけど、日本は強めだなーと感じることが多くて。

恋愛して毎日バカみたいにウキウキするのが許されるのは10代か遅くても20代、みたいな。

放浪して自分探しするのも、30越えたらやりにくいだろうなって思うし(だからみんな海外行くんだろうし)。

「いい歳して」って言われること、「言われるんじゃないかなー」って思うことがとても多い気がする。

そういう目があると自分が情けなくなったり、脱落者みたいになった気になることがありますよね。

少しずつ無くなっていくと思う。

ナチュラルに「色んな人いるんだなー」って思える人が増えて、「どいつもこいつも楽しそうだなー」みたいな、そんでその楽しそうな感じを許し合えるような土台ができあがりつつあるはず。

このまま多くの人が自分の感性に従って行きたいステージに登ることができたら良いなと思います。そんでその自分で選らんだステージの上では堂々と、卑屈にならずに生きていける人が増えたら。

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