履歴書に書けない経歴をつきすすめ

例えば何かの面接なりなんなりで、「この期間は一年間、何をされてたんですか?…この、4歳?のとき」って聞かれたとしたら、僕はその時代ついて真剣に語ると思う。

僕がマジで引きこもっていたその時代のことを。

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引きこもるなら早い方が良い

引きこもるなら早い方が良いって親の意向もあって、僕は4歳だかのとき、当時通っていた「朝日保育所」への登校…じゃないか出所?を拒否し、一年間ニート生活を送っていた。

もちろん物心なんかついてるのかついてないのか分からない時代だったから、自分が拒否したとは言え「一年間保育所に通わない」という最終的な決断をしたのは親だ。

だけど僕は一丁前にこれは自分で選んだ道だという意識はあったし、多少の罪悪感も持っていた。

つまり、わりとこの点に関しては鮮明な意識を持って、本格的に引きこもっていたのだ。

早い段階で引きこもりという経験した上で、確かに引きこもるなら早い方が良いと思うし、あのときあの決断をした自分をほめてやりたいとも思ってる。

ただ、その時代が履歴書に書く必要のない時代の出来事だったというところは悔しい。

その意味では、少し早すぎたのかもしれないとも思う。

給食がプレッシャーだった

僕が朝日保育所に行きたくなかった理由は鮮明に覚えている。

「給食」の時間がプレッシャーだったからだ。

僕は小さい頃食が細く、ご飯を食べるのが苦痛だった。

その上神経質なところがあったので、プレッシャーがかかるとさらに食べ物が喉を通らなくなる。

保育所の給食は僕には量が多かったし、基本的には残してはいけないというルールもある上、みんなの食べるスピードに合わせなければならないというプレッシャーがあった。

食べるのが遅くても、食べ物を残しても、食べきるまで先生がそばについて食事の指導を受ける。この時間が嫌でしょうがないんだけど、だからと言って急いで食べものを口に詰め込むなんてこともできない。

無理に口にものを入れるとえずいてしまうから。

いっそ泣くなり吐くなりすれば諦めるということは知っていたから、どうしても解放されないと思うと僕はどちらかの手段を使って逃げていた記憶がある。

多分、先生も毎度のことでイライラはしていたと思う。かと言って残して良いなんて言ったら本当に全然食べないだろうし、他の子に対しても示しがつかない。

だから当時の先生を恨むとか、指導が間違っていたとは思わないけれど、先生がイライラしてるのは小さくても分かるし、それがプレッシャーになって余計に食べられなくなるというところは分かって欲しかった。

僕が食べ物を小さくかじると「そんなの一口で食べちゃいなさい」と言う。

それだけはやめて欲しかった。

そして僕は一年間引きこもった

「当時、保育所に通わなくなったのは、こういう理由があったからです」

もし面接で4歳当時の空白期間について聞かれたら、どうして出所拒否の道を選んだのかを聞かれたら、「給食の時間のせいだ」と答えると思う。

そしてもし、その4歳の空白期間に対して面接官が眉を顰めたり、そんなくだらないことで、という反応をしたとしたら、そのどこにも属していない時間のことをしっかりと語りたい。

この時期に僕は時計を読めるようになり、たくさんの漢字を覚え、足が速くなった。自分ではあの時間が全体的な能力の成長期だったと思っている。

それ以降、目立った成長点はないようだから、あのときに得たことで僕はまだ生きているのかもしれない。

時計は、ある日急に気になって、祖母に時計の読み方を教えてと言ったのを覚えている。

祖母は忙しかったのか面倒だったのか、「1のところが5分」としか教えてくれなかった。3回くらい聞いたけど同じだった。ゲームのキャラみたいだった(当時はそんなこと思ってない)。

それでしょうがないからずっと眺めてたら、2が10で、3が15なのだと分かった。あとは祖母にこれで合ってるかどうかを聞いて、合ってたから、僕は時計が読めるようになったと思った。

漢字や知らない言葉は出てきたら全部祖母に聞いた。

足は、庭にいる蜂に鍛えられた。

庭に蜂の巣を作るスポットがあって、僕はそこに近づいてはパトロール蜂が出てくるのを待って、当然追っかけてくるから逃げる、というのを繰り返した。

蜂は一定のテリトリーから外に出ると滅多に追ってこないので、スタートが肝心だった。割と見つかったらすぐに逃げたけど、蜂と目が合ったときの怖さをエネルギーにして僕は走りまくった。

多分小・中・高と大した努力もせず足が速い方の部類にいられたのはその経験があったからだと思う。僕の瞬発力はなかなかのものだ。

どうだろう。

きっと多くの4歳児と比べたら濃い体験をしているのではないだろうか。

繰り返すけれど、僕はこれ以降目立った成長点が見当たらないので論理力も語学力も運動能力も人より上という訳ではない。

でもこの時代がなければ今より二段階位レベルの低い人間になっていたと思うし、それはつまり凡人以下ということだ。

だから僕はこのとき保育所に通うのを諦めた自分を褒めたいと思っている。

あのときの贅沢な環境

ポイントは二つあると思う。

一つは、祖母がいつも近くにいたことだ。

疑問や気になったことがあったら逐一聞いていた。回答が満足の行くものではなかったことが多いのだろうけど、疑問をぶつけたらとりあえずかえってくるという人がいるのは大事だ。

そして祖母は孫パワーに当てられてたからか、見た目には面倒そうな顔はしたことがなかった。しつこく聞いて怒られたこともない。ただ回答が同じだけだった。

もう一つのポイントは、比べる人がいなかったという点だ。

当時の僕は時計が読めるようになりたいと思えば一日中時計を眺めて暮らせる身分だった。この時間で時計を覚えましょうと言われた訳でもないし、テストがあった訳でもない。

4歳で時計が読める子は珍しくないかもしれないけれど、時計の読み方を理解した瞬間をこれほどしっかりと認識できた経験をする子は珍しいものだと思う。

また、かけっこをする相手も当然いなかった訳だから、自分が誰に負けてるとか誰に勝ってるということも意識せず、ひたすら走ることができたのは僕には幸いだったと思う。

蜂に負ける=痛い、だから、闘志はなくても負けるわけにいかなかったというのも、僕の性格には合っていたかもしれない。

履歴書に書けない時間をもっと

履歴書に書くべきことがない時間のことを、つまり、どこにも所属していない期間のことを空白と呼ぶのは乱暴だ。

外向きには空白期間かもしれないけれど、もし本当に履歴書に書かれていない時間がブランクに見えるのだとしたら、その面接官は想像力が皆無なのだろう。

そんな面接官の存在を僕は信じていないけれど、履歴書を書く方は書けない時間のことを説明できなくてもどかしく思ったり、弱いヤツだと思われそうで怖かったりするものだと思う。

だけど、もしそうなら認識を変えて、履歴書に書けない時間にこそ誇りを持つことをおすすめさせていただきたい。

僕の空白期間が4歳時のものだから、そもそも履歴書に書く必要のない時代のことだからこんなことを言えるのかと思われるだろう。

いいや、早くに引きこもったことは正解だと思うけど、履歴書に書かなくても良い時代だということに、聞かれない時代だということを悔しく思っている。

その証拠にという訳ではないけど、僕の履歴書はスカッスカだ笑。

何歳ならこれが出来ていなければならないとか、何歳でどこにいなければならないということはない。

10歳だからと言って小学校にいる必要はないし、大学を卒業したからと言って社会人一年目である必要もない。

僕はその事実を、早めに引きこもることで早めに知ることができたと思う。だから、引きこもるなら早い方が良いというのは事実なのだ。

きっと人生は色々なプレッシャーがかかる。

傍で早く早くとせっつく人もいると思う。だけど気の小さい僕の人生では、気の進まないことを急いでも良いことはなかった。

腹が減れば飯は食うのだから、今・ここで・何としても腹に収めなければならないものはないのではないか。

無理をしても戻してしまうか泣いてしまうかのどっちかだった。諦めてくれるのを待つしかなかった。怖くなって、嫌になって、必要以上に避けて通った。

人生と給食は話しが別?

どうだろう。判断は面接官に任せる。

比べる人がそばにいなくて、疑問を追求する時間があって、思い立ったときにトライする環境はすごく贅沢だ。

そんな時間、引きこもりでもしなければ確保できないだろう。

どうしても人目が気になるなら海外に行こう。

海外がしんどいなら田舎に住もう。

誰か朝日町で、僕と一緒に引きこもりませんか。

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