朝起きるモチベーション低すぎ問題を、「マジックアワー」が克服しそうな話

朝、起きなければならない必要性が乏しい。

いや必要性があるのは分かっているのだけど、必要性にモチベーションがついていかない。

「おっしゃ起きるぞ」じゃなくて、「あああ。起きなきゃ…」で繰り返す毎日にほとほと嫌気が差しつつある。

子どもの頃は朝目覚めるともう布団にジッとしていられずなんも言われんと飛び起きたものだが、いつからか寝られるのならいつまでも寝てたい体質になってしまった。

いや嘘ですね。記憶の美化ですこれは。

よく思いだしてみると、僕は割りと小さい頃から朝起きることに苦手意識は持っていたし、小さい頃からずっと一貫して起きなきゃならないから仕方なく起きてた。

自発的に起きた日数なんて30年近く生きていておそらく200日程度だろう。朝を希望と見なして朗らかに迎えた日数は一年にも満たない。

朝起きるの辛い。モチベーションが足りない。

朝起きるのが面倒すぎてもう夜寝るのも面倒くさい。

いつしか、僕は夜寝る前に一杯の水なりお茶なりを飲むようになっていました。

夜の水分不足に備えてという訳ではなく、朝にうまいこと尿意を催すことが目的です。

ビロウな話で恐縮ですが、朝起きるモチベーションを高めるには、もうそれくらいしかすることがないのです。

朝起きるべき時間に寝床が快適すぎるのが問題なのですから、気持ちよく寝られない状態、つまりトイレに行きたい状態を作ることができれば、少しは起きるモチベーションになる。

快感に飲まれないために不快の解消をモチベーションにするというのは何とも後ろ向きな発想だしなんか身体にも悪そうだけど、いつしかそんな方法に頼るようになっていました。

まあトイレ行ったあと時間によっては二度寝するんだけど…。

そんな毎日に一筋の光明を照らしてくれたのが、僕の場合、カメラだったり自転車だったりする。

これまでの、「不快の解消」というモチベーションで快感に打ち勝つという不健康な方法ではなく、眠る快感に勝る快感によって朝を迎えるという健康的な方法を拵えてくれたのが、カメラと自転車。

撮影用語で、「マジックアワー」と呼ばれる時間帯があるらしい。

なんでも、太陽の角度が±6°の位置にあるとき、世の中はやたらキレイに見えるらしいのです。

±6°と言われてもピンと来ないかもしれないけれど、簡単に言えば日の出前後と日暮れ前後のこと。

この時間帯がキレイだということは経験的に知っていたけど、「マジックアワー」って名前がついていることは知らなかったので、これを知ったときはなんて素敵なんだと思った。

「マジックアワー」って言葉も知ってたけど、それは三谷幸喜の映画で『ザ・マジックアワー』があったからであって、まさか撮影用語だとは思っていなかった。

「朝方と夕方がきれいなこと」も、「マジックアワー」という言葉も知っていたけれど、その二つが連携したとき、魔法のように朝に強くなった。

ちなみにマジックアワーはアプリで確認できて、僕はこれ使ってます。

Magic Hour

マジックアワーを狙って写真を撮れば、写真の腕はそれほどじゃなくてもきれいな写真が撮れるらしいです。

地元「岩尾内ダム」を向こうにした夕景。このくらいからあのオレンジに沿って、ポツポツ電燈が灯りはじめます。

こっちは朝の景色。近藤木材というところの…なんだろうここ。

この窓に反射してた色が紫色とオレンジの間みたいな色できれいだったんだけど、現像の能力が今一つですね。構図もいまいちか?

このちょっと引いた写真の方が劇的な感じがするかもしれない。右端に見切れてる何かはなくてもよいかもしれない。

ちょっと試してみよう。

こっちの方が良いかなあ?あんま変わらないかな?

ゴミだらけなんだけど、僕ここ好きなんですよね。完全に内緒だけども、昔遊び場にしてたから。

ところで、これはあくまで僕の主観だけど、このゴミが映ってる写真、どうして最初の、ゴミが映ってない、寄った写真より劇的に見えるんだろう?

ちょっとこの疑問を頭の片隅に置きながら、以下の写真を見ていただきたい。

この写真は朝のマジックアワーの時間帯なんだけど天気が悪くて、霧がすごかった日に撮りました。

撮りたかったのは「霧の濃さ」と、その中でぼんやりと心細そうに佇む「軽トラ」。手前味噌だけども良い表現のように思う。

それで、さっきのゴミが映ってる写真の方が劇的に見えるのはどうしてだろう?という疑問を思い出しながら見てほしいのですが、以下写真のは上の写真のちょっと引いた構図の写真。

なんかこっちは手前が映ってない方が圧倒的に良い感じがするんですよね。

たぶん、上の写真は軽トラに目を行くようになっていて、軽トラが主役という表現ができているからある程度「絵になってる」のだと思うのです。

下の画像は、現像も少し明るめにしてるってのもあるけど、この引いた画像は軽トラが脇役になってて、しかも手前の背が高い雑草が「ただの邪魔な情報」になってる。

つまり何が言いたいのかわからない写真になってる。霧の濃さもあいまいだし、軽トラはピンボケしてるし、なぜか雑草が一番表面あって、目につくようになってる。

雑草と、ゴミと、どちらも雑多でごちゃごちゃしたモノなのに、こうも印象が違うのはどうしてだろう?

近藤木材の朝を映した写真では、ゴミが邪魔にならないのはどうしてだろう(繰り返すけど僕の主観)。

昔遊び場にしてた僕の中で「このトタンの小屋はゴミに囲まれてる」ものだという強い先入観?があるからかもしれない。

もしかしたらこの記事を読んでいる人は、ゴミふつうに邪魔になってるよって思ってるかもしれない。

この辺の答えはわからないし、写真も文章と同じように正解なんてないのかもしれないけど、考えれば考えるほど奥が深いなあと思う。

マジックアワーの話する予定だったのになんか構図の悩みの話になってしまいました。

いやそもそも朝起きるのしんどいって話でした。

この文章が「何を言いたいのかわからなくなってる」し、激しくピンボケしてるみたい。

写真と文章は本当に似てますね。文章にも構図とかピントがある、と言えなくもないんだろう。勉強になるな。

カメラ持って出かけると、こんな風に朝から頭が働いて、アドレナリンが出るから、朝割とポジティブっていうか若干「躁」な感じで起きられるんだ(今のところ)って、無理やり話を戻してまとめて終わりにします。

朝起きるモチベーション低すぎ問題を、「マジックアワー」が克服しそうな話(完)

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