当ブログと運営者であるツカダについて

プロフィールとかは詳しい方が良いと聞きかじったので、万が一、運営者がどんな人なのかが気になる方がいた場合に備え、自分のことを詳しめに書いておこうと思います。

このブログを書いてる人

運営者は 塚田 和嗣(ツカダ カズシ)といいます。1988年生まれの30歳。

ツイッターアカウント @neotenibok_kzy

道北の士別市朝日町というところで妻と二人で住んでいます。

自宅を使って民泊の営業をしています。これまで市の事業で来てくれた作家さんなどに利用してもらっています。

塚田、民泊をはじめました。サイトがまだできていないので基本情報を

サイトそのうち作ります。

ライターとしていろいろ書いて細々と暮らしています。文字単価3円でやってます。

旧佐藤医院とぼく

ツカダは地元のコミュニティスペース「旧佐藤医院」のスタッフでもあります。

Instagramアカウント→(@hp_sato

instagramでは和洋折衷建築である建物佇まいやイベントの様子、そして旧佐藤医院内にある蔵書のブックレビューなどを更新しています。

旧佐藤医院の一部を「みんなの書斎」にしました。

小説の執筆

僕は小説を書くのです。とくに短編小説ラバーです。読むのも書くのも。

小説はnoteで短編小説を公開しています。習作として5,000字、もしくは10,000字という目安を設けて書いています。無料で読めますのでぜひ。いずれ有料の作品も発表する予定です。

WEB上に公開しない自作小説を置く図書館を作ることが目標の一つです。

急に差し込んだ上の画像が旧佐藤医院です。夏場は主にここで執筆をして気分を高めます。

性格

わりと引きこもり体質です。

オーストラリアでひきこもり。旅のノートは小説のプロットでいっぱいだった

人が大勢集まるところは苦手で、イベントやお祭りと聞けば基本的には避けて通りがちです。

みんなでわいわいする場ではただただ消耗してしまうので、一人で本を読んでいるか、気の合う誰かと静かに映画をみたりするのが大好き。

トイレで本を読むのが一番集中できて好きなのですが、便座に座り過ぎると痔になると聞いたことがあるのでほどほどにしてます。

典型的な内向人間だと思います。

いつになったら社交性が身に付くのか。いやだんだん社交的じゃない部分が強くなってる気がする。

昔から社交的ではなかったって話とライター業を選んだルーツのような話↓

高校でぼっち飯生活を選んだ僕が守ったポジションと後悔について

興味

読書、映画、会話、料理が好きです。

暖炉の灯りのある薄暗い部屋で心地よい椅子に座り厚い本を読むような、外国のじいさんみたいな生活を夢想します。

図書館と映画館とトイレが好き。あとイベントとかお祭りは好きではありませんが、お芝居を見に行ったりするのは好きです。共通点を考えてみると、みんなと場所を共有しているのに、それぞれが静かに作品や思考に没入できてる感じがあるところが好きなのです。

あと図書館も映画館もトイレがきれいな傾向があるので最高な場所だと思ってます。トイレに本棚作りたいとか思ったことあるけど、やはり座りすぎると痔になる問題がネックです。

偏愛マップ書きました。さらっと浅く作ったものなので、そろそろ更新が必要な気がしています。

偏愛マップ

偏愛マップ書いて気付いたこと/好きなことして生きているは可能か?

学生時代に学んだこと

大学では人文学部を卒業しました。

少し文学と日本語教育の勉強(2年ボランティア経験あり)をしました。

人よりは多少日本語に詳しいし、興味も強いと思います。日本語と外国語を比べてみたりするのも好きです。対照言語学の分野です。

卒業後は海外で日本語教師をしてみたいという大義名分を掲げ、就職活動は一切しませんでした。

卒業したら日本語教育をもっと学ぼうと思いましたが、中国なら学校を紹介できるよと教授に言われたときに、「あ、そこまで日本語教師になりたい訳じゃないかも」と思いました。

いや、中国にあまり興味を持っていなかったのが大きかったと思います。正直、英語圏の方がカッコイイな、オシャレだなという気持ちもありました。

結局その話は断り、断ったところで卒業後行先の無い僕は、ワーホリ制度を使いオーストラリアに約1年滞在することにしました。

そこで日本語教師の仕事ができるかもなと考えていましたが、やはりなんというか、興味があるのは本当でも、それで頑張れるほどの覚悟も自信もないというのが実態でした。

日本語は美しいと思う。日本語を学ぼうとしてくれる外国の方を見るとほっこりする。それだけでした。

オーストラリア生活

はじめからそれほど確固とした目的意識ななんて持っていなかったので、僕はただ現地で大人しく生活しているだけでした。

しかし、この経験は思いのほか心地よかったしスリリングでした。

仕事を探すのもなんかゲームをしているようで楽しかった。

自分で仕事を探してやっとゲットしたというよりは、実感としては人づてに仕事の情報を教えてもらって、いつの間にか、あれよあれよとそこに運ばれ、気づいたら働いてるという感じでした。

ほんと、ゲームのクエストをこなしてるみたいな日々だった。

↑これは仕事ではない。ただ牛と戯れているだけである。もっと大きい、食肉もしくは闘牛用の牛を飼育するファームでも一月ほど働いてました。

あの頃の僕は、仕事が見つからなかったり合わなかったりしたらどうしようという心配はなく、日本にいたときの就職活動に感じてた「嫌さ」が全然自分の中にない事が不思議で面白かったです。

元来が引きこもり体質の僕は、気に入ったバイト先と家を見つけると、せっかく海外にいるのに引きこもるようになり、決まった動線と限られた範囲内で動き、毎日が仕事と読書で過ぎていきました。

その時間は幸せでしたし後悔もありませんが(散歩は毎日2時間くらいしてたし)、でも少しもったいなかったかな、ともたまに思います。

家探しも楽しかったです。ネット喫茶に通い物件を探してメモを取っては電話をかけ、アポが取れれば実際に家を訪ね、オーナーと話し、雰囲気を見る。シドニーの色々な地域に足を運びました。

これも不思議な体験でしたが、自分が住むことになる町、自分にフィットする町というのは、電車を降りた瞬間に分かりました。よく結婚相手と初めて会ったときにビビビと来たみたいな話を聞きますが、住む町にも同じことが起こることを知りました。

ここ、newtownっていう町なのですが、気に入って半年ほど住んでいました。写真はちょっとくらいけどお気に入りの一枚。

目抜き通りは賑やかで、ボタン屋さんや編みぐるみ屋さん、小さな本屋さんにジェラート屋さんにオープンテラス付きのカフェ。

多様な人が多様な生き方をしていることが肌感覚で分かる地域で、とても居心地が良かったです。

200mほどの目抜き通りを脇に抜ければ閑静な住宅街で人がゆったり歩いてる。擦れ違った人は声をかけてくれる、駅前には夜サックス奏者がいて、日曜は教会でバザーをやってる。そして美しい地域猫もいらっしゃる。↓

まちづくりに興味を持つ

そんな僕が海外の生活とか、帰国後の札幌の生活とか、実家への帰省とかいろいろしているうち、「まちづくり」に興味を持ちました。

心地よい住処ってなんだろう?とか、人がそこに住む理由ってなんだろう?とかを、知らず知らずのうちに考えていたのだと思います。

オーストラリアで住むことになった町に降りたときに感じた、土地の空気と自分との不思議なフィット感も、確実に僕を構成する要素になっています。

ふと、自分の故郷も、誰かにとって無性に心地よいところになれば、誰かが来るんじゃないか?と思いました。誰かにあの不思議なフィット感を与えることができるんじゃないか?

小さくて辺鄙な地域だけど、誰かの肌にフィットする感覚を与えて、好きだーって思ってもあえることができるんじゃないか?

以下の記事でも書きましたが、根無し草だった半年間と、居心地のよい町で引きこもりのような生活をしていたこのギャップのある約1年で、だんだんとまちづくりの興味が固まっていました。

ワーホリ中の根無し草だった半年間、ぼくは自分のまちのことをばかり考えていた

「まちづくり」とかをするのであれば多大なコミュニケーション能力と発言力を持った、顔の広い人間、外交的な人にしかできないことのようにも感じます。というかそういう人たちがするものだと思ってました。

まちづくりなんて向いてないかもしれません。言うほど人が集まって欲しいとも思ってないというのが正直なところです。

でも僕みたいな内向的なタイプの人間(だからと言って外や人が嫌いなわけじゃない人)は確実にいるんだし、そういう人にとって居心地の良い空間を考えるのも「まちづくり」じゃないか、自分の実家近辺でくらいそういうわがままをしても良いじゃないか、それくらいしないと僕これから信頼できる友達できないぞと考え、このブログを書き始めました。

とは言え

同じ性質のヤツらが固まりすぎるとウザいという話

で書いたとおり、性質が偏り過ぎることもいけないと思っているので、程よい多様性が入り乱れる空間を作っていけたらと思っています。

ブログのコンセプト

ここで、このブログについて少し詳しくお話しさせてください。

当ブログは、人口1200人くらいしかいない田舎町である筆者の故郷、道北に位置する、北海道士別市は「朝日町」に「文芸のまちをつくる」という目標を掲げ運営しています。

場所はここ!北海道の真ん中よりさらに北上したところにあります。

文芸、物語、ストーリーが生まれる、ノートのような町をつくることが理想です。

創作や、創作物にどっぷりと浸れる場所。作る、鑑賞する。

そういう装置のようなものをまちに作り出したいのです。僕の趣味です。僕の好きや、居心地の良さを頼りにするしかないのです。

もう一度宣伝しますが、短編小説はnoteで公開しています。noteのアカウント持っている方はフォローしてくれると痛く喜びます。

弓永常夏│note

まちの一帯を図書館や映画館や芝居小屋のような空気にしたい。

オープンだけど閉じられた場所というか、みんながそれぞれ自分と向き合うけれど寂しくならない環境。時間に取り残されたような錯覚を抱ける空間。

旧佐藤医院の和室部分↑から見える松韻庵という日本庭園です。秋は紅葉が見事な赤色になります。

ここは執筆ゾーンとして利用しています。他にも書ける場所、作業できる場所がいくつかあります。

こういう場所を解放して、小説や脚本を書く人、エッセイやポエムを書く人、ブログを書く人、評論や翻訳をする人、文芸の独学者が寄ってくれる場所にしたい。

文芸の道を志す若者が立ち寄る、RPGの最初の方のまちみたいになったら良いなと思っています。

民泊をはじめたのはそういう理由です。

それにしたってわざわざこんな辺鄙なところに来る理由やメリットをどれくらい作ってあげられるかというところが僕のまちづくりの課題です。

こう、他の人はいるけど創作物に向かってそれぞれがそれぞれ没入できて、気が向けば気の合う誰かと話したりして、行き詰ったら一緒に散歩したりご飯食べたりして。

そういうの良いねと言ってくださる誰かはきっと僕と気の合う人ですから、そういう人たちと出会える場所として町をデザインしていきたいのです。

ブログで扱うテーマ

目標達成のための小テーマとして、いずれも論という程ではありませんが「まちづくり論」「コミュニティ論」「創作論」を主な柱に据え、考えたこと、行動したことを元に記事を執筆しています。

町はコミュニティで、コミュニティはコミュニケーションができる場所のことで、じゃあ僕の理想とする、というか僕のような人間が理想とするコミュニケーション空間ってどんなだろう?みたいな考えが根底にあります。

こんな図を過去に作りました。こんな風に僕の頭の中はぐるぐる回ってるなという感じです。

だから急に創作の話をしたり、コミュニティ(コミュニケーション)の話をしたりするのですが、僕の中ではつながってます。

色んな人個性が集まってコミュニケーションを取ることで物語が生まれるよな、という感じ。

そこで創作もコミュニティづくりなんだよなと考え、まちづくりは三次元な分コントロールできないけど物語の創作みたいなところがあるよな、と考えるのは僕の内向的な傾向によるものです。

私見ですが、僕のような自称コミュ障みたいな人はコミュニケーションが苦手というよりは、自分のことを伝えようとか、相手のことを理解しようとすることにかけて神経質で、安心して自分をさらけ出せないとか、相手の言ったことを考えすぎてしまうという傾向にあるのだと思います。

もしくはうまく伝わらない鬱憤とかを抱えるのが嫌で、どうせ分からないだろうと思うことはなかなか口に出せなかったり。

小説や映画が安心なのは、登場人物のそれぞれにしっかり意図があり、それぞれの会話や目線や間合いにちゃんと意味(物語上の意味)があるからだと思います。

僕はそれを現実世界にも求めている傾向があって、現実世界と創作の世界を意識的に混同して記事を書くことがあります。小説や漫画では当然キャラ(役割)ってあるけど、現実世界でも自分のキャラって誰かに決めれれてることが多いよね、みたいな風に。

ざっくりこのブログで扱うのは人文的なテーマという感じでしょうか。

ブログタイトルについて

当ブログでは、コミュニティーの核となるのは文字通り「コミュニケーション」であり、「コミュニケーション」とは伝達と理解のための手段だと考えております。

ブログタイトルにあまり深い意味はありませんが、コミュニケーションはどちらかというと聞く耳を持つことの方が大事だろうということで

「聞く×コミュニケーション」=キキコミ→聞き込みという感じの連想で付けました。

そろそろ「書き込む×タウン」でカキコミタウンにひっそり名前を変更しようと考えています。

2018年9月30日→こっそりカキコミタウンに変えました!

今のところはここまで。

何かご質問などがあれば、どうぞお気軽にご連絡ください!

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