「平凡だけど幸せな人生」に関する勘違いについて

学びの場としてのまちづくり/幸せな人生に正解はなく、ただ発見と納得がある

では、

大人になるにしたがって、こう生きるべきだとか、こう考えるべきだとか、こう振る舞うべきというものは多くなっていく

そういう「べき」を丁寧に踏んでいけば大人が言うところの「幸せ」は手に入れられるかもしれないけれど、いわゆる世間一般で言うところの「幸せ」という限定的な形に自分を合せようとするようになる

「平凡だけど幸せな人生」とか言うことになる

というような文を書いたのですが、この辺り、少し補足的に書きたいことがあるので書きます。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

平凡であることと幸せであることは別の論理

「平凡だけど幸せな人生」を否定するつもりは全くないのですが、このフレーズにはそこはかとなく「勘違い」の空気が流れているような気がします。

何が勘違いなのかというと、「平凡であること」と「幸せ」であることは全く別の論理なのに、一緒くたにしてしまっているところはないだろうか?というところ。

目だったり褒められたりしなくたって、贅沢はしなくたって、家族がいて、毎日ご飯が食べられて、楽しくお話ができるっていう「普通がある」ことがありがたいよねって。

それはすっごく分かるし、たまにふと、毎日ご飯美味しいってすごいよな、これって「普通に健康」で、「普通に食べ物があって」っていう条件が揃ってないとできない訳で、普通とは言えすごい恵まれてるよなって思うことは確かにある。

あるんだけど、「平凡」であることそのものが「幸せ」を作ってる訳ではないですよね。

平凡だから幸せなんじゃなくて、多数側にいることはちょっとだけ安心なのであって、優越感もないけど劣等感は抱かずに済むってだけで、「平凡さ」そのものを守り通したい訳ではないでしょう別に。

平凡は相対的なものであるのに対して、幸せは絶対的なものです。

誰も自分の人生が特別だとは思ってない

そしてこれは本当に大きな勘違いだと思うんだけど、「平凡だけど幸せ」って言っても、多分どんな人もみんな自分のことは平凡だと思ってるんじゃない?ということ。

スーパーマンは毎日悪い人とかと命がけで戦ってるんだけどそれが日常で普通な訳です。

ミュージシャンとかだって、月の半分は大勢の人の前で歌ったり踊ったりしてるんだけどそれが日常で普通。

そういう人たちだって自分のこと別に特別だと思ってなくて、その人の中の平凡な人生を歩んでいるに違いないのです。

もちろん数的に自分は少数派だという自覚はあるかもしれないけど、だからって平凡じゃないなんて言えないでしょう。

ミュージシャン集めたら一人一人は凡人だと思うし、スーパーマンとかアイアンマンとかスパイダーマンとか集めて同窓会みたいなことしたら多分みんな普通にしがないヒーローやってるわって感じだと思う。

あと才能的に抜きんでていた何かがあったとしてそのあたりは確かに非凡かもしれないけど、その人にとっては無理して非凡な訳じゃなくて、自然に非凡なんです。

それぞれもっとも自分にとって自然にできることをやってるだけで、自分に向かないことをわざわざ選んでやってないでしょう。

平凡な人生だと自負している全ての方のこれまで歩んで来た道は、自分にとって自然なものを慎重に選んで、一歩ずつ無難に固めてきた足場なのかもしれません。

だけどそうやって辿り着いた今現在は、普通に見えて実はすごく限定的な価値観の上に形作られた極端な場所なのかもしれない。

今僕たちが「普通に」日本に住んでいて、多分明日目が覚めても日本にいて、日本人であることに疑いはないかもしれないけど、ふと世界地図をみると日本ってこんなにちっちゃかったの?ってかこんな隅っこ?みたいな発見がいつでもできる。

みんなごく平凡でありながら偏った生活をしている

平凡であることと幸せであることは違う。

ほとんどの人が自分の人生は平凡だと思っているはずだと考えれば、誰がどんなところで何をやってたって平凡な人生になる。

だって僕らにとって例えばブラジルに住むブラジル人は文字通り住む世界の違う珍しい人たちかもしれないけど、ブラジルの人は自分を特殊だと思ってないですもんね。

で面白いのが、誰もが平凡なんだけど同時にめちゃくちゃ偏ってるってこと。しかも自然に。

偏ろうとしなくても偏るし、いくら奇を衒っても平凡になるように出来てる。

そういう極端と普遍を同時に満たしちゃってる。

どんな人生だって極端でかつ普遍的な要素を持ってるんだから、下手に平均を狙おうとか中庸を得ようとかバランスを取ろうとか考えずに好きなように生きたらいいんじゃないかって結論しても良いのではないでしょうか。

自分の身の回りと比べて感じる「平凡」とか、全然当てにならない。

自分が考える非凡な場所は、そこに自然にいる人にとっては平凡な場所。

なんか屁理屈みたいですが、ほんとうにそうだと思う。

「平凡だけど幸せな人生」に関する勘違いについて(完)

スポンサーリンク
スポンサードリンク