みんなの書斎を作った理由

僕のまちにあるコミュニティスペース「旧佐藤医院」の中の、ごく小さいスペースを、書斎として模様替えしました。

イメージは、文芸に携わる人がいそうな書斎。その通りにできたかは不明ですが、僕なりに満足しています。

旧佐藤医院ってなに?という方は以下の記事を読んでいただけると何となく分かってもらえるかもしれません。長いので嫌になること請け合いですが、書かなければ!という使命感?に駆られて書いたもので、この記事の内容とも関わることなのでお時間ある方はぜひ(もちろん読まなくても支障ないです)。

コミュニティスペースのジレンマ/コミュニティスペースが目指す公共性とは

今回、書斎にしようと決めた場所は元々レントゲン室だったという狭いスペースで、奥まったところにあり、これと言った使い方を定めてはいなかったのですが、僕は狭くて奥まったところが大好きなので、ここを書斎にできたらなと思ったのです。

デスクがない側からの紹介で変な感じだけど、上の写真で注目してほしいポイントは、まず壁に立てかけてある本。使ってないカーテンレールをここに移植し、壁を活用できるようにしました。

あと、奥の暗くて小さいスペースに縦に並んでる本は美術全集なのですが、実家のスクラップコーナー(鉄工所です)に落ちてた鉄のハシゴを利用してディスプレイしました。

なんかこの二つの作業をしているときがDIYしてるなって感じがして楽しかった。

こっちがデスク側。隅、角、死角が好きな方には良さが分かってもらえると思う。

いろいろ工夫すれば良い雰囲気の書斎が作れるんじゃないか。いわゆるインスタ映えする書斎、かっこいい書斎が作れるのではないか。

そんなことを考えながら作っていったんだけど、しかし僕はそもそもインスタ映えを意識した写真を撮るというような行為は苦手です。

変に自意識過剰なところがあるので、「あざとくやる」みたいなところに強い抵抗を感じてしまう。

加えて自分のセンスにも自信を持っていないので、いざあざとくやろうと思ってもなんか思いきれない部分もある。

じゃあなんでこんなことをして、こうしてみんなに見て見てってやってるのか。

それは、僕がこの書斎スペースを作った理由が「俺の書斎」って自慢するためではないからです。

ここは我が家で管理していますが、基本的には誰でも利用できるコミュニティスペースなので、僕が作った書斎スペースでも、僕の書斎スペースではなく、みんなの書斎スペースです。

だからこそ、漠然とした「みんな」に気に入ってもらえる書斎ってどんなだろう、「やる気出そう」って思ってもらえる書斎ってどんなだろう、と考えて作ったのです。

とは言え、ここが冒頭で紹介した記事の内容と重なるところなんだけど、ここはただの公共の施設ではありません。

誰もが平等に利用できる公共のスペースだと言うなら、僕は自分の好みを差し挟むことなく、「作業しやすさ」を重視した書斎やワークスペースを作るべきです。

しかし、ここは市や町で管理運営されている場所ではなく、サービスを提供して対価を受け取っている場所という訳でもありません。基本的に使用料金はかからず、ぷらっと立ち寄って使ってもらえます。

この建物を活用するのは建物を残し、使うことが目的であり、営利や便利と言った目的は二の次になっています。

ただ、電気代などの運営費は必要なのでイベント時には使用料をもらったり、年会費3,000円の会員制度を採っていたりはします。会員は今回の僕のようにある程度私的にスペースを使うことが出来るというメリットがあります。

簡単に言えば、割と頻繁に使うんならある程度融通利かせられるので運営費助けてくれってシステムです。

こういう風に維持管理されているこの建物は、言わば人々の愛着によって保たれています。

愛着をくべ続けるためには、「多くにとって便利な場所」ではなく、「あなたが好きな場所」じゃなきゃならないと思う。

そういう意味で、「みんな」とは言っても文字通り「みんな」に開かれているのではなく、「ここが好き」「いいね」って言ってくれる不特定な誰かを目指しています。

「好き」という感覚は偏りがあり偏執的なものだと思うから、本当にみんなが好きなんてありえない。だから僕はとりあえず自分の「好き」を頼りに、愛着を頼りに、少なくともこの小さな書斎スペースを好きになってくれる誰かに届けと思いながらここを作りました。

じゃあその目的は?という話になれば、もう少し利己的になります。

このブログのテーマでもある、コミュニティ作り、まちづくりという目的です。

僕はこの町を(少なくとも僕の近辺を)、ある種の装置にしたいと考えています。

文芸的なものが生まれる装置です。

例えば3Dプリンターがあれば、個々人の想像力や都合にぴったりフィットするオリジナルのオブジェクトが作れるように、この町の、「ある機能」を使えば、文芸的なクリエイティビティが加速する。という仕組みを作りたい。

↓約2年前に書いた記事です。このときに考えたことが何となく具体性を持ってようやく立ち上がって来た感じですね。

町がある、何ができる?/創造性を引き出す装置について

で、今回ご紹介した、旧佐藤医院の書斎スペースもその「ある機能」を持った装置の一部です。

なぜ文芸的なものが生まれる装置なのか、なぜ文芸なのかと言われれば、好きだからです。僕が偏執的に愛せるものを生み出す何かが生まれる仕組みを作ることが、ぼくなりのまちづくりなのです。

そしてそういう仕組みを他者に開くことで、旧佐藤医院がそうであるように、僕のまちも特色ある場所として誰かに大事にしてもらえれば良いのかな、と思っています。

他の装置としては、例えば我が家をゲストが寝泊まりできる場所として運営することや、ゲストの方の移動費や宿泊費の負担を軽減するための単発バイトの仕事の紹介などを組み合せることができたらと考えています。

その他の装置についても考えていますが、まだ歯車の一つひとつを眺めているだけの状況で、それらのすべてをカチッと組み合わせて稼働させる決定的な何か、大局的な想像力がありませんのでまだ余計なこと言いません。

ここからは与太話だけど、とにかく、ここにいる間はちょっと人生から切り離された時間として誰かが過ごせる場所になれば良いなと思っています。

浮世のことは忘れて、空想の世界に浸りながら、頭の中にあるものを思う存分吐き出せる場所にしてもらえたらそんなに光栄なことはない。

僕はそのサポートをしながら、自分自身の創作もする。人に相談したいことが山ほどある。打ち破りたい殻は厚く、道しるべも何もない。

そんな場所にもしも仲間と呼べるような人がいてくれたら、心強くて楽しくなっちゃうと思う。そういうコミュニティのあり方そのものが物語的だと思う。

刺激を与え合いながら、それぞれのストーリーを突破する。不安や寂しさは半分に、嫉妬やひらめきは倍に。そんな風に文芸の道を志す人と関われる場所になったら、そんなに楽しいことはないと僕は思うのです。

物語の中に立って、物語を生み出す。僕は入れ子構造が好きなのです。

僕たちは合宿をする。メインは創作。研究に時間を割いても良いでしょう。

とにかく今自分に必要な文芸の修行をする。

ただ、ゆっくりお酒を飲みながら話をしても良いし(僕は酒に弱いけど)、夜中に突然ドライブに行くのも悪くないと思う。文芸を目指す僕らにとって、あらゆる鮮やかなシーンが肥やしになる。

とにかく僕らはあってもなくても構わないものに惚れてしまっている。

あってもなくても良い人生の無意味さを知ってしまっていて、でもそこに意味を見出そうとする人間の愛らしさに心動かさずにいられない。

星が光ることに意味はないけれど、僕らはそれを美しく感じることに意味を与えずにいられない。

誰と会い、何を感じ、何を書くことになるのかまだ分からないけれど、文芸を愛するこの道そのものが愛しいものになれ、と思う。意味はなくとも光る星になれ、と思う。

僕はそういうのが見たい。

※ちなみに書斎は10月ともなると寒くて集中できません(笑)。とりあえず暖房設備を充実させたい。

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