『パイナップルの花束を君たちに』~仕事にゲーム性を求めるのは大人か子どもか~(3)

アドリブ小説を公開する

前回のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~子供が急に大人びても驚かんけど大人が急に子どもになると怖い~(2)

 

最初のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

 

アドリブ小説とは(最後の方にアドリブ小説の簡単な説明があります)→「ハル先輩」という、僕の面白くて退屈な日常に割り込んでくる「天災」について

 

パイナップルを生物兵器っぽく見せる工夫

「カギの許可も家庭科室の付き添いも先生がしてくれたらいいじゃん」と圭太は言った。

ヤブサカは答えない。今は一見いつものヤブサカのようだが、やはりどこか違う、何か込みあげるものを抑えているような、慎重な顔つきをしている。

ヤブサカが生徒に出した課題は

①パイナップルを先生がたから遠ざけること。

②最終的には食べちゃって欲しいこと。

の二つだった。

いずれも簡単な問題である。

今やパイナップル爆弾は生徒たちの手の中にあり、あとは何とかして分け合って食べるだけ。

しかし、夜中の体育館に誘いこむほど甘く強い匂いを放っているパイナップルを先生がたから遠ざけるのは容易なことではなさそうだと言うことを生徒は理解していた。

保健室で休んでいるという二名の教師も、聞けばパイナップルを求めて彷徨う末期状態であり、ベッドに縛り付けてあるというのだから穏やかではない。

それならばもうパイナップルを食べてしまえば良い。皮は食缶の中にでもぶち込んで、給食センターで処理してもらえば良い。

しかし家庭科室のカギは開かない。教頭が大人げなく番人をしているらしい。

パイナップルの正しい剥き方は、この際どうでも良いだろう。触れば表面は硬くても果肉はぶよぶよとして食べやすそうだ。適当に剥いて食べれば良い。どうせ13人で急いでむさぼり食うのだから見た目なんてどうでも良い。

頭を切り落とし、輪切りにして、それから半分に割れば簡単に食べられるだろう。

どの生徒も、言いようのない焦りを感じていた。

誰もが頭の中で課題をクリアする算段を立てていたし、答えにバリエーションはあまりないのだから、会話はなくともみんなの意志は統一されているはずだった。

ある生徒は、屈強な体躯を持つノウキン先生が自力で縄をほどくのは時間の問題であると感じたに違いない。早くしなければ、なんとかしなければ。

もしくは食缶のことを考えた生徒もいるだろう。給食センターの車が食缶を取りにくるのはいつか。もう既に運ばれてしまったか。

いくつかのタイムリミットがあることを、生徒たちは知った。パイナップルが完熟したらどうなるのか、それはヤブサカ含め誰にも分からない。現実的な意味でも、パイナップルが完熟したらどうなるのか分からない。そもそも世に出回っている果物の完熟に定義はあるのか?

焦りが先に立ち、圭太の提案に応えないヤブサカに苛立ち、ヤブサカの方はその光景を楽しんでいるようだった。

こんな形の大人げなさが、今表れているのだと知って、生徒たちは恐怖とは別の、途方の無さのようなものを感じた。

「誰か…パイナップル持って帰れば良いんじゃない?」

三波という女子生徒がそう言った。「なんでみんなそんな深刻なの?」といわんばかりの声で、「どうしてこんなに意味の分からないことに付き合ってるの?」という顔で。

表情も声音も豊かな女の子。笑い声に表情があり、彼女が笑うと達成感が湧く。

そんな彼女がきょとんとした顔をかしげて、心底不思議そうに口元だけで笑いながらそう尋ねる。誰かが笑わせてくれるのを待っているような顔。笑う準備ができているという表情。

「そうだね、そうだよ」と誰かが言えば、すぐにでも全員で駆けだして、それで全部解決じゃないかという展開への憧れ。

何人かの生徒は、三波が言葉を発した瞬間に空気が緩んだのにも気づいたし、教室内に生じた「たわみ」のようなものが空間を少し押し広げたのにも気づいた。

ドアの方をちらりと見たのは大西で、彼としてもずっと以前にもちろんすべて放棄して、悪い冗談と決めつけて外に出ることは考えていたが、それはできなかった。

ヤブサカがこの一連の話を3階奥の多目的教室でした理由、校長室に引きこもる校長、保健室にいる二人の教師、職員室でカギ番をしている教頭。親たちにも連絡済み。

他の教師はどこにいる?普通に5時限目の授業を行っているに違いない。

パイナップル爆弾の脅威はどこまで広がっているのか。

「ダメだぞお前たち、もうレクは始まってるが、一応学校の授業だからな。もちろん今日のことは成績にも関わるぞ」

ヤブサカは自分たちを逃がすつもりはないのだ。

大人げないから。

大西は後ろ側のドアからゆっくり外に出た。

「先生、外に出るんじゃありません。ちょっと給食ワゴン見てきます」

そう言いながら外に出た。ドアを閉めるときにヤブサカの顔を一瞥する。何も考えていないような顔で大西を見ている。逃げられるかもしれない。逃げるほどのことではない。

北階段をまっすぐ一階まで下って、給食ワゴン用のエレベーターを開けると、大西は安心して息をついた。

そこにはまだワゴンがあって、当然、中の食缶も回収されていなかった。

食缶の中で一番軽いものを選りすぐって手に持った。

そして生徒玄関前の水道まで行って、中に少しだけ残っていた中華スープを捨てながら中をゆすぐ。

この中にパインを入れて持ち運べば少しはマシだろう。そう考えながらカマトとノウキンが縛られている保健室の前を通る。片手で持っていたので、持ち手がカンカンと鳴る。保健室の二人を刺激していると思うと少しスリルがあった。

三階の多目的教室まで戻ると、大西は文美が持つパイナップルを食缶の中に入れる。

匂いがしなくなり、ちらほら「おー」と歓声が上がる。そして誰もが何となくヤブサカの方を向く。ヤブサカに特に変化はなく、期待外れの雰囲気、つまらない雰囲気が教室に広がった。

「なんか、そうやって持ってると生物兵器みたいだな」と誰かが言った。

「私夜寝る準備とか全然してないよ?パジャマもないし、歯ブラシもない」

「え、お前パジャマで寝てんの?」

「てかどっちにしろ学校で泊まるなら夜はジャージだろ」

「あ、お前も家でパジャマなんだろ」

「いや圭太、パジャマの何が悪いの」

「布団は?寝袋とか?」

「晩御飯はー?」

全員が気持ちを切り替えたらしいことを見てとって、ヤブサカが満足気に頷いた。学校の外に出るという選択肢はない。今日はレク。そのワクワクを素直に受け止めて、誰もが自主的に今日のサバイバルを乗り越えようとしている。頼もしい限りである。

パイナップルの匂いが立ち込めるたび、子どもたちの自主性を見るたび、ヤブサカはおかしな安心感に包まれる。

生徒たちが気の置けない仲間のように思えて、気持ちの「たが」が外れていくような気がする。久々のワクワク感である。

「言い忘れてたけど、もう一つの課題があってな、お前たち多分今日は寝る暇ないぞー。ちょうど3つに机分かれてるからこのままそのかたまりが班ってことにして、交代で先生たちの代わりしてください」

「先生たちの代わり?」

「そう、宿泊研修とか修学旅行のとき、先生たち実はあまり寝てません。交代で休みますが、いつ誰が悪さするか分からないので誰かこっかは起きてます。それと同じことをして欲しいのです」

パイナップルを食缶に入れたからか、ヤブサカの口調が少し教師らしいそれに戻っている。

「おれ言っただろ?お前たちには大人になって欲しいんだ。そのためには大人の苦労を分かってもらうのが良いと思う。だから今日のレクでは、言わば学校に残る数人の先生が生徒役、そして皆さんが先生役ということになります」

「え、そのパインの切り方調べてみんなで食べるってのは?」

「そう、だから3班で手分けして課題をクリアしてください。つまり、視聴覚室使うにも家庭科室使うにもカギが必要なので教頭を何とかする班、あとで解放するカマト先生とノウキン先生をどうにかする班、あともう一つの班は、協力をしても良いし、休んでても良いです」

「なんで解放するんだよ…」

「ゲーム性を高めるためです。ちなみにカマト先生とノウキン先生はあの手この手を使ってパイナップルを奪いに来ます。あの二人の大人げなさと執着には本当に驚かされます」

つづく

『パイナップルの花束を君たちに』~仕事にゲーム性を求めるのは大人か子どもか~(3)

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