『パイナップルの花束を君たちに』~言って良いことと悪いことの区別はどうやってつけるんだろう~(5)

前回のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~人を見かけで判断しちゃいけないってあれほど口を酸っぱくして言ったパイン~(4)

最初のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

アドリブ小説とは(記事の最後の方にアドリブ小説の簡単な説明が載ってます)→「ハル先輩」という、僕のとても面白い退屈な日常に割り込んでくる「天災」について

好き嫌いないヤツって「良いヤツ」かもしれないけどなんか「すごいヤツ」にはならなそうだハル先輩

「好き嫌いがないってすげえよなあ。なあ圭太。圭太ならカマト先生とも付き合ってあげれるんじゃね?」

いやそういう言い方…と誰かが囁いて、継ぐ言葉を探りかねたのを最後に、クラス中が押し黙った。

連の幼稚さが新鮮でもあった。

ここ数時間、今まで大人だと思っていた人の幼稚さに触れてドン引いていた生徒たちだったが、子供の幼稚さ、中学生男子らしい幼稚さにも許せるものとモヤモヤするものの違いがあるようだった。

そうか、幼稚さには年齢や性別を超えた絶対的な何かがあるのだ、誰が口にしても不快な領域というものがあるのだとやはり何人かの勘が鋭い生徒が気付いた。

「いやほんと何言ってんのお前。俺が言ってるのは食べ物の話な?それにさすがに失礼すぎだろ」

連の様子が違うと思いながら、圭太がおそるおそると言って良い慎重さで、努めていつも通りにこう言った。

「ん?俺がしてるのは食べ物の話だよ?」

「は?」

「だって『女を食う』とかって言うじゃん。あと『女の賞味期限』とか。食欲を満たすのも、性欲を満たすのも、あんまり違いがないってことだろ?お前、好き嫌いないならカマト先生とも付き合ってやれば良いじゃん。ちょうど子ども化してるって話だし、今なら中学生に告られてもまんざらでもないかもよ?ほら、好き嫌いないって言ってたじゃんか。カマト先生食えたら最初にウニ食った人みたいにあとからスゲーって言ってもらえるかもよ?まあ、カマト先生が美味かったらだけど」

「人のことバカにしすぎだろ…。どうしたんだよ。てか、え、おれお前になんかした?なんか恨みでもあんの?俺に?先生に?」

「バカにしてんのはそっちだろ!お前おれのことバカにしてんだろいっつも。いっつも」

「そんなことないって」

「おれはね、分かるの。地の文が読めるし、お前たちが心の中で考えてることも分かる」

「なに言ってんだ。こわいぞお前ちょっと」

前回の話のとき、おまえ、『よかった。こんな初歩的なことも知らない、連は連、今まで通りのバカだ』って思っただろ。『いつもどこかで誰かが言ったことのあることしか口にしない連に付き合うのが面倒だと思ってる』んだろ?『創造性がないと感じている』んだろ?だから、お前らが口にしないことを口にしただけ。おまえ、どれだけ自分がすごいと思ってんだよ。好き嫌いないとか、ドヤ顔で」

「いや、こっちのセリフだわ。何様なの」

圭太が静かな声で言った。

連は圭太の顔を睨みつけたまま、少々右側の耳を天井の方へ向けて、まるでその場に流れている思考を、「地の文」を読もうとしているようだった。圭太が何か攻撃の材料になるようなこと考えないかと思っている。圭太が考えたことはここに書かれるはずだ。

しかし分かったのは自分の考えていることだけだった。

「は、あーでもおれさ、思うんだよね。ウニ最初に食ったやつってお前みたいなヤツだったんじゃないかって。好き嫌いないヤツ。おれ別になんでもいけるよーってヤツ。言われるがままに食っちゃうヤツ。これも食ってみ、あれも食ってみって言われて、フグもアンコウもドリアンもパインも食っただけなんだよ多分。おもしろかっただろうなー、なんでも食うから。だから最初に食ったヤツすげーとか言うのは確かに浅いかもな。それは認める。だっておれお前すごいと思わんもん。お前だって人と大して考えてること違わないだろ」

連の頭の中には、圭太に対する敵意、劣等感が流れるだけだった。自分のことで頭がいっぱいで、情報が強くて、クラスの連中が考えていることの一切が分からず、ただただ冷たい目に見られていることに自覚的になりすぎるだけだった。

「だから好き嫌いないヤツなんてどう考えてもすげーヤツにはなれないと思うんだ。だって別に何食うにしたって勇気が必要ないんだもん。勇気を出して、嫌だけど怖いけど食いましたーってのがないんだもん。同じことをしてもさ、意思とかこだわりがないとダメ。好き嫌いないって、自分がないってことだろ?もしカマト先生ないわーって思うんだったら、おまえすごくなるチャンスだぞ。お前自分がけっこうすごいヤツだと思ってるんだろ?でもな、世の中不公平なんだよ。自分持ってないヤツなんて何やったって大して何とも思われないぞ。お前いっつも俺のことバカにするけど、後出しでイチャもんつけてるだけじゃん。別に誰もお前のことすごいとも賢いとも思ってないと思うけどね。大西(←2話参照)くらいじゃない?まともなの」

やっぱりこいつは馬鹿で凡人だ、と圭太は思った。

「クク、お前いま『やっぱりこいつは馬鹿で凡人だ』って思っただろ」

「いやなんでバカにされて嬉しそうなんだよ。まあ、でも本当に思ったこと分かるみたいだし、隠してもしょうがないから言うけど」

連の能力?が本当らしいと知って、クラスはざわめいた。考えていることが分かる?なにそれ超能力?キモくない?今までずっとそうだったの?でもそれ素直にすごくない?…ダメだ心の中でおだてようと思ったけど気持ち悪い以外の感情が…。

「心じゃない!地の文を読んでるんだ。こうなったのはこの話が始まってから!」

意味わかんない、キモい、地の文ってなに、この話ってなに。近寄ったら心読まれる…。罵詈雑言の嵐の中、活用できるかも、と考えたのは大西だった。連は大西のブレなさに少し怖気づいた。

圭太が少し大きく息を吸ってから喋り出す。

「ほんと意味不明すぎてキモいよお前。結局お前が言ってるのって、普段から真面目で誰にも迷惑かけない人は褒められないで、不真面目で人に迷惑かけまくって悪いことしたけど更生したヤツはやたら褒められるのって不思議だよね、みたいな話だろ?それも見たことあんだよ。『こち亀』で見たよそれ!そんでお前バカみたいになんも考えんで悪人が更生した方がすごいって言っちゃう側のヤツだよ。あそこから立ち直るなんて立派だとか言っちゃうヤツだよ。お前自身にこだわりとか深く考えることとかねーじゃん。でも意思やこだわりは関係ねーんだよ。やったことに価値があればすげえんだよ馬鹿。普段から真面目な人も、立ち直った人もそれぞれすごいんだよ。お前は人と違うとこ見せたくて『地の文が読める』とか言って人を脅して、カマト先生に失礼なこと言って注目集めて、ちょっとすごいヤツになった気でいるかもしれないけど、やってることがクズだからクズなの。頭悪いの」

剣呑な空気が漂う。連は口を噤んでしまった。

なんだよ、なんだよ、おれもおれなりに考えてるのに、おれだって精一杯思ってること言って、良いと思ったことしてきたのに、圭太がバカを見る目でおれを見るから、おれはおれを越えられない。おれの精一杯をおれが信用できない。

だけどこの思考は誰にも伝わらない。心の中でこっそり思ったことを見てくれる人はいない。

しかし連は忘れていた。前回の話で、ヤブサカが「文字情報しかないことを逆手にとって先生を陥れるのはやめなさい」とよく分からない冗談を言ったことを。

メタ発言は、ダメ、か。

教師は見ていた。

大人げなく生徒を見守っていた。

ああそうか。連もようやく気付いたらしい。見られているのだ。見守られているのだ。先生たち、助けなきゃなーと微かに思った。でもどうやって修正すれば良いか分からない。圭太に言われた通り、クズな発言をしてしまったことに気付いた。

黙って頭の中で思っていれば良いことを、口に出してしまったがばっかりに、取り返しのつかないことをしてしまったと知った。不運にも地の文が読めてしまったから、口に出して良いことと悪いことが分からなくなっていた。

連はほとんど自分でも意識できないレベルで、やり直す道を探した。取り返しのつかない展開を、なんとか取り返す方法を探した。

圭太の言う、「やったことに価値があればすげえんだよ馬鹿」を大事にしたいと思った。すげえ道があるはずだと思った。

しかし多くの生徒にとって、まだ圭太と連の間に漂う剣呑さは警戒すべきものだった。

「ちょ、あのさ圭太、そんなに言わなくても…先生!さっきから見てるだけじゃん!止めてよ!」愛という名の女生徒が言った。

「なんで先生が二人のケンカを止めなくちゃならないんだ?」

「だって、先生でしょ?」

「だから、先生だからって人のケンカを止めなきゃならない理由なんてないよ。ずっと言ってるだろお前ら。まだこの話の趣旨分からないのか?俺はお前たちに大人になって欲しいの。大人に期待すんな、助けるべき人が助けろなんて甘えたこと言うな。自分たちで考えろ。自分がこうだと思ったことをやれ。先生愛にだけ言ってるわけじゃないぞー、みんなに言ってるんだぞー」

「先生だって」

「ん?」

「先生だって私たちに丸投げじゃん。同じ教室にいるのに。見てるだけじゃん。誰かが何とかするべきって思ってるんでしょ?」

「何言ってるんだよ」

「大人が子どもに期待するのは良いんだよ。たぶん」

つづく

『パイナップルの花束を君たちに』~言って良いことと悪いことの区別はどうやってつけるんだろう~(5)(完)

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