『パイナップルの花束を君たちに』~実体を知らないまま大人になるとどうなるのか~(7)

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前回のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~人を疑う気持ちにどうやって勝つのか~(6)

 

最初のお話し→『パイナップルの花束を君たちに』~彼らの大人になれなかった部分~(1)

 

アドリブ小説とは、僕は常に何とか一本のお話しを作ろうと努力しますが、時折挟まれるハル先輩のお題?に沿って、内容を作っていく遊びです。極端な話、「この回で終わらせて」と言われれば僕は終わらせる話を書かなければなりません。

よって先の展開は考えず、書く日に即興で話を作っていきます。大喜利的なものと思っていただければ間違いありません。とは言えそのライブ感は僕とハル先輩しか感じないと思うのでかなり閉鎖的で自主トレ的な記事ですが、ヒマな方はこの人はこうやって遊んでるんだなといった暖かい目でお付き合いくだされば幸いです。

 

『マサカこれがサカナなのか』(ハル先輩)

夜である。

当の昔に下校時刻は過ぎて、下級生はゼロ。

多目的教室の窓から見える校門を見張り、一人、二人と数えて、自分たち3年生を除いたすべての生徒が下校したことを確認していたヒマな生徒がいた。そう、この中学には、数えるほどしか生徒がいないのだ。全校生徒34人。3年生が13人、残り21人が全員無事に下校した。

窓を見ていた生徒はホッとしたと同時に心細くなった。

例えばここで、どう考えても一人足りない、20人しか帰っていない。つまり校内に一人生徒がまだ残っているはずだという状況であれば、もしものときのジョーカーとして期待できるかもしれない。

もしものときって何だ?

分からないけれど、鐘がならない校舎、必要箇所以外の電気が付けられていない校舎、話し声も足音も聞こえない校舎の独特な雰囲気と、気味の悪い大人たちのせいで、言いようのない不安が脳内に、もしくは校内に、立ち込めていた。

今日は学校にお泊り。着替えもない、食事のことも考えていない、最悪一日くらい食べなくても構わない。どうせパインは食べなきゃならないんだからお腹が空いたらパインを食べれば良い。極端な話ナイフも何もいらないだろう。手で無理やりちぎって食べれば良いだろう。

それで先生方も正気を取り戻すのだろうし、手が少し傷つくかもしれないが別に大したことじゃない。まだ明るい時間に誰かが言ってた気がするけど、なんなら帰ったって良い。閉じ込められているわけじゃないのだから。

変に張り切ってるヤツも深刻に考えてるヤツもいるようだけど、多分そいつらはこのレクが成績に関わるということを多少なりとも気にしてるヤツか、普通に今日を楽しもうとしているヤツらに違いない。

窓の外を眺めている生徒は、ぼんやりそんなことを考えていた。

まだ日が暮れる前、こんなことがあった。

「要するに、パイン食べれば良いんだよね?」

「そう、理想のゴールは、職員室行って、教頭から家庭科室のカギ借りて、包丁でパインを切り分けて、みんなで食べる」

「じゃあもう早く教頭のとこ行こうよ。それが終わったら普通にただのお泊りでしょ?なんかめんどいし、ヤブサカ先生の課題は早くクリアして、んで、みんな一旦帰って、準備してまた集まろうよ」

「でも教頭もそうとう大人げなくなってるって言うよ?」

結局生徒たちは二回、教頭のところに行った。一回目と二回目で行ったメンバーが違う。

一回目、教頭は生徒たちの顔をしっかり見て「放課後に家庭科室を使うという申請は受けていませんが、部活動ですか?」と聞いてきた。

申請が必要なことは知らなかった(し本当に必要なのかどうかは疑わしかった)が、そこに少しびっくりしただけで、特別、言い方や態度に大人げなさは感じなかった。ヤブサカが言っていたことは大げさなんじゃないかと思った。

「部活動というか、クラスの活動で使いたいんです」

「それじゃあ先生が今から申請書を書きますね。使用目的は?」

そうは言っても教頭が申請書らしきものを出す様子はない。やはりそんなものは無いのか?

「あ、はい、調理器具を使って食事の準備をしたくて。今日は宿泊レクで」

「調理器具の使用は付き添いの先生が必要ですが、誰が付き添いますか?」

「えと、それはヤブサカ先生が。…担任ですから」

「ヤブサカ先生の署名と捺印が必要なので呼んできてもらえますか?」

「はーい」

「あれ、ヤブサカ先生は?」

「なんかさっき出てったけど…」

「どこ行った?」

「知らない。教頭どうだった?」

「別に、なんか普通だったよ。家庭科室使うのに申請書?を書く必要があって、あと付き添いのヤブサカ先生のサインとハンコ必要だからって言うから来たんだけど…」

「そんなの必要なの?」

「さあ、でもなんか教頭普通だったし、そうなのかなって」

「じゃあ、もうヤブサカ先生はちょっとおかしいし、教頭に付き添ってもらうってことにして教頭にサインもらえば?」

「あー、なるほ…え、でも教頭夜いるの?それに忙しいんじゃ…」

「いやいや、忙しかったら鍵の管理なんてしないんじゃないの?それにたいていいつもいるじゃん。あんま何もしてないんだよきっと」

「そかー」

「あ、じゃあ次私たち行ってくる!私も教頭の様子見たいし」

「ヤブサカ先生見つからないので、教頭先生代わりに付き添ってもらえませんか?すぐ終わるので」

「いえ、先生は仕事がありますから、付き添いはできません」

「えと、じゃあヤブサカ先生呼び出したいんで放送使って良いですか?」

「君たち、先生を呼び出すという考えは少し失礼ではないですか?」

「あ、ええ…確かに。でも今日は私たちが先生たちの監督っていうか、大人と子ども反対っていうかだし、あの、急いでるんで」

「それはどういうことですか?大人は大人、子どもは子どもです。急いでいるからと言って目上の人を呼び出して良いなんてことはありませんよ。ヤブサカ先生がいらっしゃらないのでしたらどこか出かけてるのかもしれませんし、自力で探すなり、帰りを待つなりしましょう」

「どこかに出かけるって聞きましたか?」

「聞いてません」

「おいお前ら、教頭先生はお忙しいんだぞ。あんまり困らせるようなこと言うな」

口をはさんだのはジャージ姿のノウキンだった。小ぶりなドラムバックを抱え、これからどこかへ出かけるかのようないで立ち。部活…という時間ではないから、小学生も一緒にやっているという何とか少年団の活動に向かうのか、それとも私服が普通にジャージにドラムバックなのか。

「あとヤブサカ先生ならさっき車ででかけたぞ」

「え?そうなんですか?」

「ああ、どこに行ったかまでは分からないけど、ちょっと出て帰ってくるようなこと言ってたから、多目的教室で待ってれば良いんじゃないか?」

「そうですか…、あの、先生はどこに?どこか行くんですか?」

「ああ、先生もちょっとな、今日は俺も学校に泊まりだから準備だな」

職員室はいつも通りな気がした。思い通りに物事は進まないが、別段大人げないというのとも違う。昼間はベッドに縛り付けられていたというノウキンも普通に見えたし、教頭も普通だった。

教室に戻った生徒たちの間では、先生たちの子ども化が果たして本当なのかという話で持ち切りだった。

結局職員室に行った生徒の数は6名程度だった(重複あり。実数は8名)が、誰もが教頭は別に普通だったという印象だったどころか、ノウキンでさえ、いつもと大きく変わらないようだった。もしかしたら、おかしくなっているのはヤブサカだけなんじゃないか。

ヤブサカのでっち上げ、創作、ドッキリ、そういう類のものなんじゃないか。職員室にノウキンとカマトが縛り付けられていたという話、教頭の子ども化の話、いやそもそも校長の子ども化及び引きこもりの話すら嘘かもしれない。いずれもヤブサカの話でしかない。

そんな話をひとしきりしたところで、段々テーマがズレて雑談が混ざってきたところで、普段から大人しい静香という生徒が隣の生徒(愛)の肩をちょんちょんと叩きこう言った。

「あの、勘違いかもしれないんだけど、一回目に職員室行ったときにあった家庭科室のカギが、二回目には無かった…気がする。あの、勘違いかもしれないんだけど…」

「え?静香、どういうこと?」

「あのだから、勘違いかもしれないんだけどね、教頭先生の後ろの、鍵かかってたボードあるでしょ?二回目に行ったとき、無くなってるカギがあって、それ多分家庭科室のカギだと思うの、はっきり見えたワケじゃないけど、順番的に、というか…」

愛は考えた。静香は小声で自分だけに話したから、きっとおおごとにしたくないと思ってる。それにもしこの情報をみんなで共有してその上で本当に勘違いだったら、静香が居たたまれなくなってしまうだろう。

「カギが無くなってたのはほんと?自信ある?」

「自信と言われると、アレだけど、一個確実に減ってた、と思う」

あの短時間にカギが無くなった。職員室に行った一回目と二回目の間には多分5分もない。多分今の時点で生徒たちは自分たちしかいない。先生の誰かがカギを使った?ヤブサカ先生か?いやノウキンの言うことを信じるならヤブサカは今いない。

ノウキンが嘘をついている?

それに家庭科室のカギが無くなってるとしたら、二回目に教頭に話に行ったとき、それを伝えてくれなかったのはなぜか。今ちょうど〇〇先生が使用中ですよ、と言ってくれても良いはずだ。それがヤブサカならなおさら。ヤブサカに付き添ってもらうことは伝えてあるのだから、普通に先ほどヤブサカ先生がカギを取りにきましたよ、で済むはず。

それを隠していた?ノウキンも嘘をついた?なぜ?

大人げないからだ。

「あの、なんかただ待ってるだけもヒマだし、私念のため家庭科室見てくるわ。なんかの間違いで開いてるかもしれないし」

愛が椅子から立ち上がりながらそう言った。

「え、一人で?」

「んー、開いてる確率は低いと思うから一人で十分なんだけど、正直ちょっと怖いな。あの辺もう電気ついてないだろうし。静香、悪いけど付いてきてくれない?」

「う、うん」

渡り廊下の向こうに電気はついていない。

愛と静香の二人は少しお互いに寄り添いながら渡り廊下を渡り、階段を上がる。左手に音楽室、右手には廊下が続き、家庭科室、視聴覚室、空き教室と続く。家庭科室に明かりはついていない。誰もいない。もちろんカギもかかっている。

「もう一回職員室行ってみようか」

静香は頷き、また2人で渡り廊下を渡り、しかし今度は教室へ続く階段を通り過ぎて職員室に向かう。

教頭の後ろのボードには確かに家庭科室のカギがある。ノウキンもデスクについている。

やはり静香の勘違いだろうか。

「ヤブサカ先生は見つかりましたか?」

「あ、いいえ。まだ帰って来てないかなと思って、あの、職員室に寄ったんですけど」

「それは残念でしたね。もう少し待ってみたらどうですか?」

こんな馬鹿々々しい経緯があって、生徒たちはただ歩き疲れただけ。何も進展はないまま夜になった。ヤブサカは8時の時点でまだ見つからず、9時になってもまだ帰って来なかった。

その間、生徒たちは多目的教室から動くことはなく、話すこともなく、お互いを疑うことにも、教師たちを疑うことにも疲れ、もうパインは捨ててしまって帰ろうかと誰かが言うのを誰ともなくみんなが期待していた。

ヤブサカが扉を開ける。

「せんせーい、どこ行ってたんですか。家庭科室のカギ取りに行きたいんで職員室ついてきてください」

「は?なんで先生が付いていかなきゃならないんだ?」

「え、だって先生のサインとハンコないと家庭科室のカギくれないし、付き添いの先生がいないと包丁使えないんですよね?先生担任なんだから申請書くらい書いてくださいよ」

「ふーん、でももう教頭いないぞ?帰ったんじゃないか?勝手に取ってくりゃいいのに。何度も言うけど先生お前たちに大人になって欲しいんだよ。自分たちで判断して、自分たちで何とかして欲しいんだ。決まりがあってもおかしいと思ったら戦うとか、他の先生にとりあえずサインだけでも頼むとか、やりようはあっただろう。決まりを守るのは良い子だけど、決まりにしばられて動けないばかりじゃ大人とは言えないぞ」

「マジかよ。なんですかその理屈」

「屁理屈だな」

「ですよね。わざわざ破るほどの決まりじゃないからさっさとサインして欲しいんですよ」

「なんだその言い方は」

「すいません。でもなんか馬鹿々々しくって」

「そう、今の先生方みんな変なところで突っかかってくるから面倒だぞー。今学校を支配してるのはこのパインだってこと忘れるなよ。決まりがあるからごちゃごちゃうるさいんじゃなくて、ごちゃごちゃうるさくしてお前たちを困らせたいから決まりを持ち出してるんだ」

そう言って、ヤブサカはパインが入った食缶に向かう。持ち上げて、持ち去ろうとする。

生徒たちはぼんやりとそれを見ていたが、何人かがしぶしぶ立ち上がり、「いやいやいや先生。どこ持ってくんですか」と食缶をやんわり抱きかかえる。

「いや職員室だけど」

「職員室だけどじゃないですよ」

「せんせーい。もめてるんですかあ」

ドアが開き、ノウキンが入ってくる。ジャージ姿にドラムバック。

なんで今日はいつも持ち歩いてるんだあのバック。生徒たちの何人かが心の中でそうつぶやいた。ヤブサカが笑う。

「その中に入ってるんですか。じゃあ早くいきましょう」

「いやいや、力づくで奪うのは無しでしょ先生。力づくで良いんなら多分俺たちの方が有利だし、それって大人とか子どもとか関係なくダメじゃないですか。ケガとかするのは無しでしょお互い」

「うんその通りだな。それは間違いないと思う。だから先生こっそり持って行こうとしてるんだ」

「いやどうだろう先生。それもダメだと思うけど、もはやこうなったら力の勝負みたいになってしまってるし、一回置きません?それで改めて正式に…ほら宝探し形式にするとか、勝負形式にするとか。ほらレクだしこれ。っていうかそうだ、寝てくださいよもう。消灯時間ですよ」

そのとき、放送が入った。

「あと15分で消灯時間です。先生方は部屋に戻って寝る支度をしてください。15分後に多目的教室以外は消灯します」

愛の声だった。静香もいない。教頭がいない、ノウキンもいないということは職員室に多分誰もいないと気づいてまた二人でこそこそと行動していたらしい。

ヤブサカの食缶を握る腕の力が弱まって、生徒たちの力も弱まって、ゆっくり床に、あたかも教師と生徒が協力して重い物を置くように、そっと置かれる。

ヤブサカがノウキンに耳打ちする。

どうでしょう先生、一回寝たフリしてからパイン探しましょう。それから生徒の目を盗んで、トロピカルカクテルで乾杯しては。その方が盛り上がりませんか。

そうですね、ここは、そうしますか。その方が…。

トロピカルカクテルとはノウキンが言い出したことで、パインを横に切ったときに開いてる真ん中の空っぽのところにお酒と甘いジュースを入れて、ストローで飲むというささやかな企画のことである。

ヤブサカはスナックと酒を買いに外へ、ノウキンは包丁を取りに家庭科室へそれぞれ行き、夜に備えていたらしい。ドラムバックの中にはそれら一式が揃っており、もう準備は万端である。

2人はニヤニヤしながら多目的教室を出る。生徒たちにとっては嵐が去ったような感覚がする。

「連、先生方なに言ってたの?」

「なんかとりあえず部屋行ったみたいだよ。夜中にパイン探し出して、トロピカルカクテル作るんだって。トロピカルカクテルってのは、パインを横に切ったときに開いてる真ん中の空っぽのところにお酒を…」

と地の文で読んだことを他の生徒に説明した。地の文が読める連がいて功が奏した。

「あとノウキンのバッグの中に包丁入ってるわ。さっきノウキン家庭科室に取りに行ってたらしい。あとで愛と静香にも教えといてやろう」

「ん?愛と静香がなに?」

「いやこっちの話。けっこうみんな知らないところで動いてるって話」

「ふーん。なんか知らんけど、なんか分かるんだなお前は。え、てかこわっ!先生さっき包丁持ってたの?マジで怖いじゃん。え、てかパインって、横に切っても真ん中空っぽじゃないよな?」

「なんだよ空っぽって。空洞って言いたいんだろうけど」

「そう、その空洞ってないよね?」

「空いてないよ。あれでしょ?パインの缶詰しか見たことないからパインは真ん中に穴が開いてるって思ってるんでしょ」

「魚って切り身の形で泳いでるって勘違いしてる子どももいるくらいだしね。その応用でしょ」

「応用て。え、なにそれその子は魚見たことないってこと?丸ごとの魚見たことないけど魚が泳ぐものだってのは知ってるの?何その認知空洞」

「おーうまい。うまい、のか?認知空洞?こういうときに使うの?」

「いやごめん、無いそんな言葉、多分」

「ないのかよ」

「でもその勘違いは子どもの話だよね?百歩譲って俺たちがする類の勘違いだよね。まさか先生がそのレベルの勘違いをしてるとは。ヤブサカ先生もそうなのかな」

「子どもになるってそういうことじゃないよね多分。いやでもあの感じだと、先生今、丸ごとの魚見て驚くんじゃない?『マサカこれがサカナなのか?』とかマジ顔で言いそう。まだヤブサカ先生は付き合って言ってる感じあるけど、ノウキンはほんとにありそうで怖い」

「これは、あれだね、もしかしたらパイン切るところ見せてあげた方が良いのかもね。実体を見せてあげないと分からないことってあると思うんだ」

静かに頷く生徒たち。

夜を前にして、生徒たちの変な責任感が芽生えた瞬間だった。

 

『パイナップルの花束を君たちに』~実体を知らないまま大人になるとどうなるのか~(7)

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