小説は読者のどんな感覚をもっとも強く刺激するだろうか。

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「小説とは何か」を具体的に考えるための25の質問

7問目「小説は読者のどんな感覚をもっとも強く刺激するだろうか」

への回答です。

難しい質問ですよね。

例えば音楽なら、聴覚にもっとも強い刺激を与える。

写真なら視覚にもっとも強い刺激を与える。

なら小説も、目を使って読めば視覚に刺激を与えるし、オーディオブックなどを使えば聴覚に刺激を与えるはず。

だけどそれでは感覚的に納得できない。

考えていきます。

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小説は五感をマイルドに刺激する?

小説という表現法は、あらゆる情報を「文字のみ」で表現しなければなりません。

見たもの、聞いたもの、触ったもの、味わったもの、嗅いだもの。

だからこそ5感のすべてに訴えることができるのですが、感覚へのアクセスが文字を通してのみなので、実際よりその感覚は弱くなるのが普通だと思います。

においに関する描写を読んだからと言って、本当ににおいがするわけではない。

騒音に関する描写を読んだからと言って、耳がジンジンするようなことはない。

ただときに、実際に経験するよりも強く、感覚を呼び起こされることがある、という点には多くの人に同意してもらえると思う。

それはなぜだろう。

外からぶつけられた刺激ではなく、内側に積みあがる刺激

直観的な感覚ではなく、積み上げた感覚を刺激する。

突如内側から生まれる感覚がある。

文字情報は誰かの感覚に外側からぶつかるのではなく、それぞれの心(頭でも良い)の中に発生する感覚を生み出すための道具なのかもしれない。

このように書けば収まりが良い気はしますが、まだ何となく納得できない。

この質問に対する消化不良がある。

五感を越えた刺激、まだ知らない感覚

本のレビューをしたり、感想を文字にしなければならないときに感じるのは、手持ちの言葉だけではどうも、自分が感じたことを表現しきれないな、という感覚です。

知っている感覚よりも大きなものに触れたような気がする小説というのがあって、僕らは知っている感覚をただ並べられた小説よりも、まだ知らない感覚を身内に生み出してくれる作品を求めているのではないか。

何を求めているかなんて人により違うのは言うまでもないことだけど、少なくとも僕は知らない感覚をこそ求めて小説を読む。

知らない感覚というのが言い過ぎなら、知っているけれど質感が違うものだったり、よく知っているはずなのにその組成を知らないようなもの。

小説を読み終わったあとにそういうものが残れば、良い読書をしたという気分になる。

小説はどんな感覚をもっとも強く刺激するか

僕は小説を読むと、まだ幼く、気持ちの整理をどうすれば良いか分からなかった時代を思い出します。

言葉が足りなくて持て余した気持ちを、泣いたり怒ったりすることで、他人に分かってもらおうとするしか芸がなかった時代。

誰かに既知の概念を与えられることに甘んじていた時代。

大人になれば未知の概念なんてないと思いがちだけど、本を読めばたくさん見つかる。

まさか今になって、言葉に収まらない感情のために泣いたり怒ったりはしないけれど、幼い頃に感じたもどかしさのような感覚は、小説を読むことでよく沸き起こる。

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