隠れ家的なカフェで本を読むか、図書館的な隠れ家でコーヒーを飲むか

隠れ家的なカフェって本を読むのに最適ですよね。

隠れ家的なカフェで一人ゆったり読書する休日ってかなり憧れます。

田舎にはそんなオシャレなものはない…っていうか田舎で隠れ家的って言われてもどこもかしこもナチュラルに隠れ家みたいなもんだから(ぼくんち周辺調べ)、こう、ふっと忙しない雑踏から身を隠すように入り込んでホッとできる場所ってそれほど求められてないのでは。

田舎の隠れ家的なカフェって成立しないんじゃないかと僕は思ってる。

南国気分を味わえる入浴施設をハワイに作るようなもんだよね。

ちがうか。

なんていうか、隠れ家的なカフェとか、あともっと端的にブックカフェとかってあるけど、いずれにせよ、そこで本を読むにしても本はあくまでオプションであって、カフェが主体ですよね。

カフェでまったり時間を過ごすことが目的で、隠れ家的と言いつつも隠れる気がない人向けの物件です。

だって隠れてたいなら家にいりゃ良いんだから、家でコーヒー淹れて本読めば良いんだから、何だかんだ「休日にはカフェで読書する人間」として、ちゃんと雑踏の背景になりたいんだ。

つまり「隠れ家」ってのはなにが「なのかというと、雑踏を離れ一人静かなときを本と共に過ごす自分を、暖かく見守ってくれる誰かの視線があってこそ成立する概念だってこと。

人の視線が極端に少ない田舎では隠れ家的なカフェは成立しない。極端な話オープンカフェでだって隠れられるんだもの。

だから田舎だとせいぜい頑張っても「カフェ的な隠れ家」になるのがオチじゃないか。

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図書館的な隠れ家のイメージ

さて前置きが長くなってしまったけれども、この記事の本題は「隠れ家的なカフェ」に対抗意識を燃やしたっぽい概念を田舎に作りたいんだというものです。

この都会のオシャレさんめが、という気持ち。

「隠れ家的なカフェ」に対抗意識を燃やすとどうなるか。

「図書館的な隠れ家」になる。なった。

コンセプトは以下の通り。

まず「ちゃんと隠れよう」というのが一つ。

そして「本を主体にしよう」というのが二つ目。

読書を趣味と言うのなら、コーヒーの合間に本を読むのではなく、本を読む合間にコーヒーを飲もう。ファッション読書は止めにして、ゴリゴリ本読んで、ふらふらになった頭に喝を入れるようにカフェインを摂取しよう。

このようにして出来上がったテーマが、「図書館的な隠れ家」というわけです。

というわけです、って言われてもイマイチわけ分からないと思うけど…笑。

僕は、自分のまちのコミュニティスペース「旧佐藤医院」の一部屋を、図書館的な空間にしたいと目論んでいます。

この部屋。

そう物置である。

うわぐちゃぐちゃじゃんって思ったかもしれませんが、ここをサッパリ綺麗にして、本を並べる。まあ言ってしまえばそれだけなんだけど、どんな本を並べようか、どれくらいの本を並べようかって自分で考える面白みがある。

そのうち、書店では出回らない完全オリジナルの作品を並べたい。クオリティの高い小説とかエッセイとか写真集とかが並ぶ本当にオリジナルの図書館にしたいのだ。

もっと言えばこの場所だから映える作品というか、ここにあって最大限の魅力が発揮される文芸(文、写真、絵)の集合みたいなのがあったら良いなと思う。この建物を小さな市場にしたいんだ。

小難しい話は置いといて、向かって左側だけとりあえずさくっと掃除しました。

お掃除のときの話はこちら↓
田舎のコミュニティスペースのお掃除日記/旧佐藤医院のなんだコレ展

棚をキレイに塗りなおすべきだとか、壁がべニヤすぎるとかいろいろ解決すべき問題はあるけれど、棚ができた。

そしてこれを読んでくれている方に僕のイメージが伝わりやすいように、何冊かピックアップ本を置いてみた。

どうでしょうか。

けっこうぽくなったと思う。

ぎっしり本が並んでいるというよりは、ある程度コンセプトを持って、大胆に本の表紙を見せていくスタイル。本の数は知れているし、こっちの方がオシャレっぽいと思って。

ところで、本のラインナップを見てほしい。

左上に並んでいる本は「ご自由にお持ち帰りください」本を並べました。

その隣は本を読むための本。メタ読書本を並べてみました。

『世界文学大図鑑』はちょうど今日(5月10日)が誕生日なので、ダメ元で母におねだりしたら買ってもらえたヤツです。

その背後にあるのは、最新国語便覧(2004年版。最新版が欲しい)。

これで外国の文学史も日本の文学史も簡単に確認できるよ。

そしてその横に横たわっているのは『本を読むときに何が起こっているのか』

もう一回同じ写真を挟もう。

地球儀はなんか雰囲気出ると思って。

問題は下の段です。

一番左で見切れているのは、『グールド魚類画帖』、隣に『遁走状態』。そして最後まで迷って載せなかった『サミュエル・ベケット短編集』が実はある。

3冊の中でも特にこの『サミュエル・ベケット短編集』は、僕の恥部であります。だから映ってない写真を選んだわけです。

初めの方でファッション読書がどうこう言ってたけど、何を隠そう僕だって立派なファッション読書家で。

サミュエルベケットの短編とか雰囲気で買ったし、うまく理解できないまま読みました。

だけどこうしてここに運んだということは、こんなの読んでる僕を見て欲しいという意識があったからなのです。

レイアウトだってなんとかオシャレにしたいという気持ちがダダ漏れで、オシャレな「隠れ家的なカフェ」に対抗して生み出した概念のはずなのに突き抜けてない。

にしてもこの本たちオシャレじゃないですか。

そしてさらに、さっきの一枚にもどってほしいんだけど、オシャレ三部作の隣にある単行本はクトゥルフ神話でお馴染みの『ラブクラフト全集』(3まで)。そしてその隣には日本三大奇書の一つである『ドグラ・マグラ』

ここでもちょっと変に意識したところある。

どんな意識かっていうと、この図書館にしたいって言ってる部屋は、繰り返しになるけども、「旧佐藤医院」っていう、もと病院をコミュニティスペースにした建物の、二階の奥にあるのです。

外観はこんな感じ↓モダンな空気が流れる和洋折衷建築(表は洋館、裏は和風建築)なのです。

怪奇小説が似合う感を出したい気持ちがあって、ラブクラフト全集とかドグラ・マグラ持っていきました。

ついでに言うと、『江戸川乱歩傑作選』も持ってくれば良かったなって思いました。

その横にあるのは夏目漱石の『明暗』と、遠藤周作の『海と毒薬』

元病院意識です。

この自意識の集大成みたいなピックアップとレイアウトが恥ずかしい。

でも本棚って本来恥ずかしいものなのです。だから良いのです。

いや、言わば僕が本当に伝えたいのはここかもしれない。

ここは僕の僕らの「自意識の隠れ家」である。

ちょっといいコピーな気もしますけど、ちょっとまだ言葉にしにくいですね。

この図書館がどれだけ隠れ家か

ところでここがどれくらい隠れているのかというと、実際のところそれほど隠すつもりはありませんが、さきほども言ったとおり、旧佐藤医院の二階奥にあります。

でも、この部屋がどこにあるのかを知ったらきっと、ああこれは人目を避けてるわって納得してもらえると思う。

どれくらい奥まったところにある部屋なのかというと。

↓まず入るでしょ。あ僕が反射してる。

↓診察室の方へ。

↓すると診察室に行くより手前で、左手に事務室とは名ばかりのこんなスペースがある。矢印の方向へ進みます。

↓赤い階段をのぼり。

↓階段をのぼりきり、振り返るとこんなスペースがある。ここでも本読んでね。

↓で、スタッフオンリーって書いてあるけどめげずにここを開ける。するとさっきの部屋なわけです。

窓とかありません。あの、カーテンがかかってるあそこは何なの?って思うかもしれないけど、あの奥も物置的な場所になってます。隠れ家中の隠れ家という感じです。

内側に内側に引きこもっていくような場所。

快適な場所にするためにはまだまだやることはたくさんあるけれど、僕はここを「図書館的な隠れ家」にしたい。

読書に没頭できるところにしたいし、半分オープンな書斎みたいにしても良いと思う。

ちゃんと隠れること。

本を主体にすること。

内向的な自意識が満足できる場所にしよう、と僕は思う。

ちゃんと読書できるところにしよう。

あ、コーヒーとかは、インスタントとかで良ければ多分あるので好きに飲んでくださいというスタンスです。

冷蔵庫の中のものも勝手に飲んでオーケーです。差し入れ大歓迎。みんなのためにカフェインやら糖分やらを補給してくれる人大歓迎です。

以下はコミュニティスペースの運営に関する記事です。

ところでお前はここの何なの?という方へ

コミュニティスペースのジレンマ/コミュニティスペースが目指す公共性とは

隠れ家的なカフェで本を読むか、図書館的な隠れ家でコーヒーを飲むか(完)

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