仕事辞める?転職?それとも我慢?留まる力と太陽探し。

仕事を辞めたいと思うのは弱いからか

って記事を書いたんだけど、この記事はその別バージョンみたいな感じです。

僕はいわゆる「会社」ってものに努めたことがないから偉そうなことは言えないんだけど、その分バイトは色々やってて、その分「辞めた」経験は豊富ですほんと自慢じゃないけど。

中にはあと1時間もいたくねえってところもあったし、あーここでずっと働きたいなーってところもあった。前者の場合、僕は超意志が弱くて頼りない存在だったけど、後者の場合、仕事が楽しいのはもちろん、責任感みたいなものも感じながら、脳みそフル回転で自信を持って動くことができました。

もう顔合わせたくないって人もいるけど、「理想の上司」ってこんな人のことを言うんじゃないかって人も何人かいます。

そう考えると、自分の能力なんて時と場合によって全然違うし、能力以上に人間関係の方が大事だなって思うのです。だから、仕事探しは人探しだよなって思う。

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相互反応で居心地悪くなる職場

少し気に入らないことがあるからって辞めますって言うんじゃ本当にただ意思が弱いとか、撃たれ弱いとか、根性がないって風に見られるかもしれない。

実際、最初辛いなって思っていたところが、だんだん居心地良くなっていくケースってよくあると思います。

でも最初怒られてばっかだし、全然信用されてないし、ときには気味悪いものを見るような目で見られることもある。

あからさまに陰口(変な言葉だ)を叩かれることもあれば、仕事うんぬんじゃなくて人格的なところから指導しようとする上司もいるでしょう。

顔が反省してないとか、第一声がはっきりしないとか、仕事をお願いできる雰囲気を持ってないとか、ええ?どうすりゃいいんだよ、的なお説教もされる。

ただ個人的に嫌いってだけで攻撃されている気がするし、機嫌の良しあしで評価が違うこともある。

言葉づかいとか表情の話しをしだしたらどっちもどっちというかお互いの相互反応で変わるものだからホント人に変わって欲しかったらまず自分が変われとか言うけどその通りで、結局お互いに影で文句を言い合うことになる。

あらさがしされてる空気って分かるし、ああ危なっかしい、また何かやるんじゃないか、あれも出来ないんじゃないかこれも出来ないんじゃないかって思われてるのも分かる。

結局ミス待ちなんじゃないかって気持ちにもなるし、人は期待に応えるように出来ているらしいから、ミスするんじゃないかって気持ちはダイレクトにその通りの結果に繋がったりする。

そして言わんこっちゃないみたいな空気出されて、案の定怒られて、案の定なこと言われて、分かってるんだよなそんなことはとか思うけど実際にミスしてる訳で言い返せない。

あなたはこうこうだからミスするんだとか、どうして先に確認しないのとかあらゆるハイホントもうソウデスヨネ、ゴモットモですトークを繰り広げられ、オートマチックモードで怒られてたら人の話し聞く態度じゃないよね?とか言われてハイもうゴモットモで…の流れが延々と。

こういう経験をお持ちの方はいませんか?僕はけっこうあった。

仕事に慣れる時期

そういうのを経て、もう上司の目とか期待に応えるとかどうでもいいわ、うるせーうるせー何しても怒られるんだからちょっとくらいのミスはご愛嬌ってことでとにかくやりゃいいんだやりゃって言う風に吹っ切れたらなんか急に可愛がられたりする。

自信ついてきたんじゃない?みたいなこと言われて、まだツメ甘いとこあるけど頼れるようになってきたとか、最近では目を離してもいいかなと思えるようになってきたみたいなことを言われて、そりゃ嬉しい限りなんだけど先に目を離したのはこっちです的な気持ちもなくはない。

叱られて育ちました、育てていただきましたという態度を見せることができたら完了です。

環境に慣れて、仕事しやすくなってきたところです。僕の場合、だいたいいつもここまでに3か月かかります。まあバイトだからかもだけど、仕事の多い正社員であれば1年とか2年とか3年とかかもしれませんよね。

別に仕事は相変わらず面白くないしミスはするけど、ミスはしたらしたで後で何とかなるようになってるし、全部がルーティンになってしまえば耐えられない程の苦行じゃないし、確かにだんだん仕事も慣れてきて、もしかしたらやりがいみたいのも生まれてきているのかもしれないなんて居酒屋なんかで仕事の愚痴を言っている瞬間に気付いたりする。

石の上にも三年とか継続は力なりとはよく言ったもので、ただ耐えるだけ、ただ続けるだけで変わることってけっこうあるし、最初は辛くてしょうがないと思っていたこともけっこうこなせちゃってる自分がいる。

開き直ったもん勝ちというか、迷惑なんてどうやったってかかるわみたいな心境になった順に適応していくから、上司に言わせると怒られたくらいではへこたれない、適当に流せるという性質を持っている人が重宝されて、真剣に話し聞いたり迷惑をかけてしまったことを悔やんだりする人の方がやっかいだと言う話になる。

けっこう不条理な話です。

冷静に考えたら仕事に慣れたというよりも、やっとその環境での重力に慣れたという感じ。

天体が安定するときのような

例えば太陽系に新しく加入する惑星の気分です。

最初は自分の軌道なんかないからバシバシ小さい星なんかにあたって、古株の火星さんとかに邪見に扱われ、木星さんには謎の軌道修正をされ、グラグラしてしまう。

そういうの全部無視できるようになってきた頃から次第に自分の軌道が出来上がるし、軌道上にはもうぶつかるものはなくなるかぶつかっても大したダメージは受けなくなっていく。

このままいけば楽だわ―と思ったときには太陽系メンバーに数えられるようになっている。

これはたとえ話だけど、リアルな人間社会でも、新しい環境というのはまだ自分の軌道がない宇宙のようです。

みんなそれぞれ自分の軌道があって、重力も様々で、性質も違う。

その中で泳いで行くにはそれなりにぶつからなきゃならないし、ぶつかったら痛い。

えっと…どこを通ればいいのかなーなんて空気読みながらおそるおそる動くとそれも周りの皆さんは気に入らない、足並み揃えろ、一員としての自覚を持て、びくびくするななんて言われて、そう言った舌の音も乾かないうちに邪魔と言わんばかりにバシバシ肩でぶつかられたりする。

それでも自分の軌道を貫き通せるかどうかが問題だったりします。

それさえ出来ればあいつはいつもああだからって感じで、短所とか変わった性質でさえも認められるようになる。

だからとにかく続けろというのも分かるのは分かるんだけど、それを踏まえた上で、さて自分はこの太陽系でグルグルグルグルずっと回り続けることに魅力を感じるだろうかという当たりが見切りポイントなのかなと思います。

今は太陽を中心に回ってる訳だけれども、銀河系の中には太陽よりもっと大きな中心点があるし、もしくはまだまだ小さい塊もある。

そのどこに行っても、「自分らしく生きる」って言うのはけっこう難しいことです。

一つの職場で幅を利かせられるようになったからと言って次の職場でもはじめから同じようには振る舞えないんだから、結局今いるその環境に耐えることで得られることは、自分のスタイルを知り、それが通用するのだと知ることだったりして、あんまり普段やってる仕事そのものとは関係がなかったりする。

人との関わりが大変だけど仕事自体は覚えるのそんなに大変じゃなかったり。

だから、ただ仕事辛い働きたくないというだけで仕事を辞める人って実はそんなにいないんじゃないかなと思います。

「あ、ここの環境(重力)に呑まれるのやだな」と見切りをつけた場合か、自分のスタイルを確立してなおあんまり面白くないかって人が多いと思う。

それと、仕事辞めるか辞めないで一番大きい要素が、ちゃんとその人にとっての「魅力的な太陽」があるかどうかだと思います。冒頭で言ったような「理想の上司」とか。

太陽のような人

若い人は根性ないとか何考えてるか分からないとか言われることがありますが、空気とか構造とか見切るの早い人が多いと思います。

そんで、根性で続けた先に何が待っているのか、何が得られるのかも何となく分かる。

冷めた見方と言えばその通りだし、理解するとかじゃなくてやらなきゃ分からないこととか居なきゃ分からないこととかっていっぱいあるのも分かるけど、そこにいる意味がどうしても見出せなかったり、何かと非効率に感じてしまう。

一方で、どんだけ非効率だろうが知れ切っていようが、好きな人や尊敬できる人が一人いれば損とか疲労とか考えないで無私になれる人もいます。

何も疑わずに今はその魅力的な重力を持った太陽の周りをまわっていようと考える人がいるのです。

クールな人と熱い人がいるんじゃなくて、両方を兼ね揃えている方がいっぱいいる。

太陽に当たってる側が暖かくて、当たっていない側が寒いというだけの話しです。

その境目がはっきりしているってだけの話しです。

若い人には迂闊に怒れないわ、根性ないからすぐ辞めちゃうもんとか言っている上司がいるのなら、それだけ魅力的な光とか、重力がない方なのかもしれません。

いつもその若い人の日陰側にいるのかもしれません。

今の職場を辞めたいってことは、あなたにとって魅力的な、まるで太陽のような存在がないということではないでしょうか。

若い人だって石の上にも三年とか、継続は力なりという言葉は知っています。

多くはその大切さも知っています。

すわり心地がどうとか、長い時間をかけて見つけるやりがいのことじゃなくて、本当に見切るのは自分にとって太陽がいるかいないかだけだったりして。

太陽の有無はけっこう早い段階で気付くもので、それがあれば仕事つまらなくてもそこにいれば良いし、ないと分かればその段階でその重力から抜け出して、あなたの太陽探しに出かけた方がいいと思うんです。      

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コメント

  1. 通りすがり より:

    ぬるま湯が一番めんどくさいんですよね。辞めるほどではないけど、続けるのもなーみたいな。でも、一応自分がやりたいと思い込んでいることは仕事以外にあって、でも、辞めたところで真剣にはやらないだろうなーみたいな。たいていの人が、そんなところで足踏みしてるんじゃないかと思います。仕事にしても、昔流行った(かどうかは知りませんが)歌にあるように「死にたくなるほど嫌なこと」なんて全然ないんですよ。だから、本当はやることだけやって、さっさと帰れるのが一番なんですが、それだけで済まないところが日本の会社組織の面倒なとこです。一方で、仕事そのものにも「やりがい」みたいなものって、本気で感じたことってないです。僕の場合、人間関係より、何とも言えない「無意味感」に襲われて辞めることが多いです。やってること自体が、意味ないんじゃないかみたいな。困ったものです。

    • 塚田 和嗣 より:

      通りすがり様

      コメントありがとうございます。

      困ったものですね。
      しかし、「無意味感」というのは何となく分かるかもしれません。
      僕の場合むしろ「意味しか無い感」と言った方がぴったりなのですが、何となく人生全部、意味や目的が先に立ってしまっているような気がして、虚しい気持ち、寂しい気持ちになることがあります。そんなとき、逆に無意味だなって感じます。

      そこに「非合理な感情で理屈をつける」ことで、僕たちはやってることに納得し、人間性を保っていると思うし、その行為が、自分が納得する意味を作る=物語の役割のひとつなのではないかと考えています。そしてその物語は、どうせなら面白い方が良いと思っています。

      物語が足りないんじゃないか、合理ばかりで、感情を満たすルートが乏しいのではないか。僕の周りがそういうもので満ちたら楽しいんじゃないか。そんなことを考えながらブログを書いています。

      よろしければ、ただの好奇心で失礼ですが、「自分がやりたいと思い込んでいること」を聞かせていただけたらと思います。