町おこししたい理由をなぜなぜ理論で考えたらものすごい初心にかえれた

故郷のまちおこしが目的で始めたこのブログだけど、いまいち方向性が分からない。

まちおこしがしたいと思ったのはなぜだろう。

この出発点からなぜなぜと深く深く考えていこうと思うと、なんと、自分はまちおこしに興味が無いのだということが早々に分かりました。

自分の中の動機を深く探って「やる意思」を強く意識するのも良いけど、「やらない意志」をはっきりさせるためにも、今自分がやろうとしていることをなぜなぜと考えるのは良いことだと思います。

じゃあなぜ最初に「まちおこし」というワードが自分の中に浮かんできたんだろう、まちおこしがしたいのでなければ何がしたいんだろう。そういう風に順番に手繰って行くことで、やるべきことが見えてくるかもしれません。

スポンサーリンク
スポンサードリンク

なぜなぜシートでつまずくときはスタート地点が違うのかもしれないですよ

よく相談に乗ってくれる先輩に、なぜなぜシートを使って、町おこしの目的を明確にして、参考となるブログやサイトを探したらどうだというアドバイスをいただきました。

なるほどと思って考えてみたのですが、これが異様に難しい。

ちなみに、なぜなぜシートはフォーマットみたいなものもあるようですが、僕はただなぜなぜと自問自答を繰り返し書き出しただけです。

そしてすぐにたどり着いたのは、僕は別に町おこしをしたい訳じゃないってこと。

ええ?って自分でも思ったけど、そうなのです。

Q.なぜまちおこしがしたいのだろう。

A.分からない

どう考えても分かりませんでした。

まちが有名になれば良いのか、まちに人が増えれば良いのか、まちがお金もちになれば良いのか。

どれを考えても、僕はあまり興味を感じられませんでした。

つまり、スタート地点が全然違った。いえ、この場合ゴール設定が間違っていたということでしょうか。

じゃあ何がしたいの?という自問が、僕を初心へと引き戻す大質問となりました。

僕がしたいのは、誰かの居場所を作ることでした。

カテゴリーの渦に飲まれそうな

誰かの居場所を作るとはどういうことか。

なぜ、人の居場所を作りたいと思った?と自問します。

世の中ってなにかと生きにくいと思うんから、と答えます。

なぜ行きにくいと感じるのだろう。

きっと何をしていてもカテゴライズされてしまうから。

なぜそう感じる?

だって、例えば何もしていない人でも「ニート」というカテゴリーに入れられてしまうくらいだから、人は人をカテゴライズしなければ気が済まないものなんじゃないかなと思った。

それがなぜ生きづらいになるの?

それは、「まだ自分が何者か分からない人」や、「何か一つに自分を定められない人」がこの世の中にはたくさんいると思ったから。そういう人はしぶしぶ分かりやすいカテゴリーに自らを当てはめて生きなければならない。もしそうだったら、窮屈だろうなと思ったから。

カテゴリーの渦に呑まれそうな…

きっと人間は、分かられたい気持ちと、分かられたくない気持ちが半々であるのだと思います。

分かったと決めつけられると不愉快。でも分かろうとして欲しいという欲求。

そういう両方の力に引っ張られて身動きが取れない人のため、自分が何者なのかが分からないという人のために、分かる努力をする場所は作れないだろうか。

簡単には決めつけず、ゆっくり話しをして、世の中にあるカテゴリー以上の、まだ名前のない存在のまま、人と知り合えるような場にならないだろうか。

大長編の小説を読むように、誰かをゆっくりと理解して、未知を楽しむという贅沢な人生を送れないだろうか。

これをまちおこしというだろうか。

自分のまちを誰かが目指す場所にしたいという気持ちがあるけど、それはまちが活気づくとか、移住者が増えるとかが目的ではなく、大きなコミュニティスペースとして機能してほしいという感じ。

じゃあそのために何をするの?

具体性のない話ですが、この記事の目的は「なぜなぜ」と考えることで自分の意志が明確になっていくよということです。

そして書いてて気づいたけど、僕自身、自分のやりたいことは「まちおこしだ」なんて、自らの行動を既存のカテゴリーに当てはめて、安易に分かってもらおうとしてました。

でもそうすると、自らを「まちおこし」の枠に縛り付けて、それらしいことをしなきゃと考えるようになる。

でもそれは本当に自分がやりたいこととは違うから、なんかおかしいな、僕はこんなことがやりたいのかな?というような窮屈さを感じるようになる。

だから、自分自身でさえ、決めつけず、少し深堀して、言い方は悪いかもしれないけど「大いに疑うこと」は大事だと思う。

そして、自分の行動指針とか動機というのを知るには、やっぱりある程度の時間が必要で、辛抱強く、しつこく対話することが重要だと思う。

そういうことが一人でも、一緒にでも、できる場を作って、自分が一番しっくりくるポジションとか、役割を見つけられるような地域になったら良いなと思ってる。

それは多分壮大な創作活動であって、創作活動という響きこそがこのブログのテーマです。

それが、多分僕自身、自分が何者か分からなくて海外に行ったり出稼ぎに行ったりしていた頃に、自分の故郷に求めたものだと思う。

なぜなぜと考えることで、このことが分かりました。

町おこししたい理由をなぜなぜ理論で考えたらものすごい初心にかえれた(完)

スポンサーリンク
スポンサードリンク

コメント

  1. 樋口 より:

    なぜなぜ活用してもらえてなにより。

    さて、新年です。
    今年の具体的な行動目標でもたててみては?

    • kzy より:

      コメントありがとうございます!

      おみくじの結果をもとに行動目標立てて公開いたします!