男女とお金の関係/本当は何が欲しいの?

みんなお金は好きだと思います。 お金をもらって悪い気がすることは滅多にありません。

みんなお金が好きで、みんなお金が欲しいと思っていると仮定して、考えてみたいことがあります。

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みんなお金の何が好きなの?

というところです。 ここには大きな男女差があるような気がします。

例えば、男性がお金持ちになりたい理由に、女性にモテるからというのがあります。

結婚の条件にも年収いくら以上と上げる女性もいますし、単純に若い男性の年収一千万とか聞くと、モテるんだろうなとか遊んでるんだろうなとか思います。

一方、女性はお金持ちになったからと言ってモテる訳ではないのではないでしょうか。

年収一千万の若い女性が近くにいたら、変な男寄ってきて大変だろうなとか、もっと率直になかなかモテないだろうなとか思います。

つまり、お金を持っていることで異性関係が充実しそうだなと思えるのは男性で、苦労が多そうだなと思ってしまうのは女性ということ。

もちろん、水準の高い男性と出会う機会が多く、うまくつり合いのとれたカップルになると言う想像もできますのが、超庶民個人的感覚では年収一千万の女性がポンと現れるとちょっと構えてしまいます。

どうしてお金が欲しいのか 

男性は年収そのものが武器になったりします。年収一千万と言えば、それだけでその人の男としての価値になる。

身体能力が高いとか、知能が優れているとかと同じラインで、お金を持っているというアビリティ/ステータスになるのです。

究極的には、男性はお金持ちになりたいからお金が欲しいのです。

お金があるだけで女性が寄って来て、偉そうにできて、自信が持てて、色々な欲を満たすことができる。

お金を持つことで同性からは尊敬され、一目置かれ、異性からはモテるようになる。

お金を持っている理由は言ってしまえばこれだけです。

一方、女性がお金を欲するとき、それは異性にモテるため、人に認められるためというよりはもっと実際的な理由によると思います。

つまり、安定した生活がしたいとか、子供や恋人など愛する人に不自由させたくないとか、使うことを前提としたお金を欲するように見えます。

お金にモノを言わせて色々な男性と遊びたいと考える女性は少数派だと思いますしそうだと良いなと思います。

当然、認められたいという欲求はあるでしょうが、お金を持つことで無条件に男性に惚れられたり、同性に尊敬されたりするものでしょうか。

女性が認められたいと思うときは、お金を稼ぐよりもっと現実的な方法で、もっと具体的な能力を認められたいと思うものではないでしょうか。

お金より欲しいもの 

女性は安心が欲しい。 男性はステータスが欲しい。

そして両者とも人間である以上、安心が満たされれば(自分が望む形で)認められたいと言う気持ちがある。

これらを全て果たすために便利なのが、お金です。 だからお金が欲しい。

男性は女性にモテるためにお金を稼ぐ。

女性はお金を持っている男性に安心を感じる。

男性は自分を認めてくれる女性を得て、承認欲求を満たす。

女性はお金を持っている男性(つまり社会的に優秀なオス)に求められたりすることで承認欲求を満たす。

そして人に羨ましがられることに快感を覚える。

こういう構図にはとりあえず皆納得していると思います。 じゃあ、女性に安心を与えることさえ出来れば、世の中にお金って必要ないんじゃないでしょうか。

正確には実のないお金。持っていることに意味があるお金。高級な時計や車や大きな家など、裕福さをアピールするためのお金や、自分のステージを上げる(人より高いステージにいるのだと思い込む)ためのお金です。

持っているお金の量によって社会的な地位が違うとか、お金があれば幸せだという感覚は、既に時代遅れの気配が色濃く漂っています。

お金稼ぎってそれ趣味でしょ?

精神的な裕福さ、満足、安心をダイレクトに求める時代ですし、そういうものを求める道筋を少しずつ整っていくのだと思います。

テレビとか見てて、結構稼いでるんだろうなーとか思える方は男女問わずたくさんいるけど、誰も安心してるようには見えません。

老後には少なくとも3000万以上の蓄えが必要になりますとか、経済格差が学歴の格差に直結して、学力がないと結局お金も稼げないから先立つものはカネとかって類の結局金だよねって話しがわんさかあるから、お金はありすぎて困ることはない。

だから誰も彼も、一般的には膨大な額のお金を持っていても、自分なんかまだまだ全然…って謙遜じゃなく思ってるんだと思います。

さらに、最近は女性の社会進出とか、女性の雇用についての議論が活発なようですが、お金を介さず得られる幸せを追求できるなら、社会的な男女差なんてなくなるのでは? だって多くの欲求に男女差なんてないもの。

感動したり、人に頼りにされて嬉しくなったり、ご飯と食べて幸せを感じるプロセスに壁はないもの。

何かを知ること、何かに熱中すること、複雑と単純の間で右往左往して落ち着かないこと、その中で自分を見失わずに立っていること。

お金の多寡が影響することなんていくつあるだろう。

なのにお金の多寡で人生の質が決まるなんて馬鹿馬鹿しいことです。  

理想

理想を書いてみましょう。 例えばあなたが、田舎町で、小さなコミュニティーで、自分らしく生きてみる。

何もないような町ではそんなあなたを必要とします。

あなたがこの町で充実した生き方をすることが、町にとっての財産となるからです。

町に必要なあなたは食べ物で困ることはありません。

小さな町では食べ物が余ったりして配りあうことがよくあります。(現に今もウチには貰いものの大根やら白菜やらキャベツやらがたくさんあって嬉しいです)。

お魚やお肉は買わなくてはなりませんが、地域によってはあなたの家くらいのお魚やお肉や卵ならいくらでもという地域もあるでしょう。

お金がないと子供を大学まで上げられないかもしれませんか?経済格差が学歴格差を生み、学歴の差が経済の差を生む? 大学に行くより図書館の本とネット上で読める論文を全部読んだ方がずっと賢くなります。

ただし、確かに大学で会える刺激的な人たちとの出会いの機会は損なわれるかもしれません。

大学は様々な人の、様々な価値観に触れ、ゆっくり自分を作る良い場所だと思います。

だけど、前提として、あなたは自分らしい生き方を選び、十分刺激的な生き方を実践し、幸せを手に入れている人です。

町には他にもあなたのような人はたくさんいます。

もちろん、この上ない子供のお手本になります。

だから、町には多様な人が来て欲しい。

濃厚な人生を子供に見せてほしい。

教育にお金をかけなくても、図書館と町の景色だけで、子供が賢くなって、どこでも生きていける能力が育まれるって、いいとこでしょ。

将来の蓄えですか? 年金や貯金より野菜や米を作る能力や、一から仕事を始め少ない労力で必要なお金を生み出す能力を蓄える方が大事だと思います。

もしくは、日本語以外の言語を一つ二つマスターする方がいいでしょう。

何か創作してもいいかもしれません。

田舎なら、あなたの、もしくはあなたたちの大きな畑が使えるかもしれません。

お手本を示してくれる人はたくさんいます。

必要なのはお金ですか?

時間と、場所と、人同士のやりとり、あと○○(人によって違うだろうからブランク)だと思います。

そして必要な能力は、例えばあなたが食べ物をあげたくなるような人であるかどうかです。

かわいいとか賢いとか面白いとか、そういうこと。

あなたが町にとって大切な人なら、あなたへの承認はお金ではなく、言葉や食べ物になって返ってくるでしょう。

今挙げた理想が叶えば、あなたはどこにいても大丈夫。

遠くない未来、日本にはこのような小さな町や村が数えきれないくらいありますし、その気になれば違う国に行って生きる能力もあるでしょう。

これは男女共に条件は同じです。 当てにならないお金に身を委ねるより、この方がずっと安心だと僕は思います。

僕は「自分のことは自分でできます」って感じよりも、自分らしく生きてたら周りが助けてくれるような人になりたい。お金稼ぐより難しいかもしれないな!     

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