【文系人間のためのまちづくり】文学青年、文系少女が目指すまちをつくりたい

僕は自分のまちを、手の届く範囲で「文芸のまち」にしたいと思っています。

文学青年や、文系少女が立ち寄りたくなるようなまち。

小説を書いたり脚本を書いたり、あとブログとか、エッセイとかも文学に入るな僕の中では。

そういう人たちが満足できるようなまち、来てよかったレベル一個上がった気がするなんて思えるような。

こうしてブログ書いてるけど、小説も書くので仲間が欲しくて、そういうつながりを通してまちづくりについて考えたいので、自分のまちが人の来てくれるところになれば良いなと考えています。

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オープンでかつ閉鎖的な執筆環境を提供する

構想としてはまず近所のコミュニティスペースをオープンで、かつ閉鎖的な書斎として自由に利用してもらうことにする(人に会うこともできるし、引きこもった環境を作ることもできる書斎)。

空き家となっている一軒家(整備中。こっちは有料)を利用し、寝る食うの不便がないようにする。朝起きて、サクッと身支度したら徒歩30秒の書斎に移動して、書いて、必要だったら見せ合ったり、アドバイスし合ったりできる。

ゴリゴリ執筆するのも良いけれど、ゴリゴリ読むという環境でもある。読むだけでなく、読みに関する話ができる。また、執筆を離れて、一体何を書くべきか?を考える場所になっても良いかもしれない。

一緒に文学史をおさらいして、この時代にはどんな文章が合うんだろうと考えても良いし、実験小説の実践の場にもなってほしい。

それだけでは足りません。安い値段、静かな環境で執筆ができるところなんていくらでもある。文学について語り合う場もいくらでもあるでしょう。

そう考えると、宿泊費とか、移動費を賄えるくらいの単発バイトとかが斡旋できたら良いですよね。難しいけど、理想ではある。

実質無料で、いつもとはちょっと雰囲気が違う田舎で、創作できる環境。

あーみんなの畑みたいなのを作って、食費も浮かせられるようにできたら良い。それはできそう。

まとまりを目的とせず、まとまる場を作りたい

「文学について語り合う場」の理想としては、例えば「今日はこの本について語り合いましょう」、「みんなで創作を楽しみましょう」とかってイベントのようにするのではなくて、それぞれがそれぞれに関わり方で文に関わり、突発的にその場に居合わせて人でまとまりが生まれる場になれば良いなと思っています。

つまり、まとまりを作るという目的のための場づくりではなく、ときと気分に応じていつの間にかまとまりが生まれる場づくり。

コミュニティのためのコミュニケーションではなく、あくまでもコミュニケーションのためのコミュニティでありたい。

これは僕の個人的な性質ですが、僕はどうも形式とか目的が決まった場が苦手で、考えも何も場に還元することができません。

時間も場所も目的も無い、修学旅行の夜に始まる話みたいな領域でこそ話しは面白くなると思っています。

もしかしたら内向的な人にはある程度共通する感覚かもしれません。無口な訳じゃないけど普段定まった場で発言するのは困難な人。その場のペースが速すぎて目的に合った思考ができない人。

僕はそういう人たちと、時間に取り残されたような感覚で、詮無い話をしていたい。

で、その話が雰囲気によって文学、もしくは文に繋がっていくような場が良い。もしかしたらそういう説明できない空気が作れたら、ちょっと特別な場になるかもしれません。

でもまだ足りない。ただ環境だけだと、このまちに人が来る意味がない。

人を呼ぶからには、僕が人の役に立ちたいです。

親身な個人編集者になりたい

僕に何ができるかと言うと、創作を教えることはできませんが、ワンセンテンス、句読点、人称と言った細かいレベルであなたの創作物について一緒に考えることができます。 

厳然たる第三者として客観的に作品を読んで、その世界観について丸一日でも一緒に考えられる人になりたい。

主人公の性格について、まるで本当にいる人のように話をしても良いかもしれない。あなたが作った架空の人間について、丸一日話せる相手でありたい。親身な編集者、もしくはマネージャー。

限界はある、一人じゃ無理だ。だから読み手も集まる場所になったら良い。

アドバイスはできません。あくまで誰かの頭の中にある芸術をそっくり書き表すためのサポートです。そしてこのスタンスは貫くべきだと思います。

そうやって創作者のサポートをしたいという気持ちは完全にエゴです。面白い小説はいくつあっても良い。それが自分のまちで書かれるって最高である。

そのための勉強はと言うと、あまり参考になるとは思えませんが、一応その跡的なものは残しておきます。 

小説に関する、読む力を蓄える上で参考にした本

臼井吉見   『小説の味わい方』

中村明    『日本語の芸 ‐作家のいる風景‐』

阿部公彦   『小説的思考のススメ 「気になる部分」だらけの日本文学』

平野啓一郎  『本の読み方 スロー・リーディングの実践』

樋口祐一   『読んだつもりで終わらせない 名著の読書術』

V・ナボコフ 『ナボコフの文学講義』上・下

小説に関する、書く力を蓄える上で参考にした本

保坂和志   『書きあぐねている人のための小説入門』

ちょっと関係ある記事書きました!→『書きあぐねている人のための小説入門』は何度も読んだけど、保坂和志の小説を読んだことがない

高橋源一郎  『一億三千人のための小説教室』

根元昌夫   『「実践」小説教室』

大沢在昌   『小説講座 売れる作家の全技術』

谷崎潤一郎  『文章読本』

ジョーセフ・キャンベル 『千の顔を持つ英雄』上・下

デイヴィッド・ロッジ  『小説の技巧』

アリストテレス     『詩学』

ノア・リュークマン   『プロになるための文章術 なぜ没なのか』

 読んだものたくさん並べて説得力を持たせたいと思ったけど、書き出してみるとそんなに無いですね…。

でも、いずれにせよあんまりこういうものを並べて勉強してるよとアピールしようとしても意味はなさそうです。

英語の文法を理解しているのと話すのとではまったく別物のように、スポーツの評論はできても口にした通り身体が動かせるワケではないように、小説の書き方や読み方に関する本をいくら読んでも、それが書く力、読む力を証明することにはならない。 

小説書くって本当に難しい。

書く力は結局書くことでしか、そして読む力は読むことでしか養われないのではないか。上に挙げた本の多くに、結局は、「書け、丁寧に読め」と書かれていた気がします(『一億三千人のための小説教室』は、書く前にまずね…というお話しだったような。これだけ手元にありません)。 

だからこそ、そういった文芸に関する実践ができる場所にしたいのです。

創作者としての僕は今、1万字程度(文庫本の12・3ページ分くらい)の短編小説を公開しています。

少しでも興味関心を持ってくれた方、こいつの作品読んでバカにしたいですという方はこちらからどうぞ。

あ、noteのアカウント持ってる方はフォローしてくらたら嬉しいです!

まちの魅力を個人に還元できるまち

ただ、僕がこのまちでどんな人とどんな時間を作りたいかと考えても、それが閉じられた環境であることは間違いありません。

上の方で書いた、どんなまちを作りたいかという話はあくまで文芸の道を志す僕の理想であって、「まちづくり」という側面で考えるときには、やはりもっとテクニカルというか、人に見てもらう技術的なものが必要です。

つまり人に情報を伝えるという部分。閉じられた世界を、オープンな世界に披露する行為。

その媒体としてブログがあったりするのだと思うし、デザイン的な思考が必要になるのだと思う。

このブログをそういうブログにしようと考えているけど、僕一人では難しいから(センスがいまいち)、まちづくりや文芸に関心のあるブロガーさんにも来てもらえるようになったらなと思っています。

そういう人達のコンテンツに厚みを持たせられる地域だったら、筆力で協力してくれる人もいるかもしれない。

地方という文芸的なマーケット

なんにせよ閉じられた世界を見せるということが上手にできれば、もしかしたら、この地域が一つの文芸的なマーケットになるかもしれない。

僕は先ほどのコミュニティスペースにオリジナル作品が並ぶ図書館を作りたいと考えています。文芸の向上を切望するまち→「文芸のまち」として人に知られるようになれば、オリジナルの図書館にも一種の価値が芽生えるのではないでしょうか。これは地域の利益。

また、「文芸のまち」として知られるようになったとき、望むなら、ここで完成した誰かの作品はめちゃくちゃ気合入れてレビューする仕組みを作りたい。

「文芸のまちから発信されるプロ未満の作品」という情報に価値を与えることができるという前提で、作者はそれを自由に電子書籍にするなりして販売すれば良い。もちろん寄贈してくれても良いし、文学賞に応募しても良い。そういう作品の振り方まで話し合えて、もっとも適したアプローチが取れる場にしたい。

こうすることで個人に利益を与えることができるかもしれないし、自分の力で作品を作り、売るという自己完結性も維持できると思う(創作物はあくまで自分の子みたいなところがあって、人の手を借りたくない気持ちもあると思うから)。

コンテンツとしての文芸のまち

また、文芸やまちづくりに興味のあるブロガーさんにもメリットがなければならないから、そういう意味でも「文芸のまち」というコンセプトは磨いていく必要があるだろう。

まちがコンテンツとして魅力的でなければならないし、そのためにも「閉じた環境」を作り込むことは大事だと思う。

取材したくなる地域ってどんなだろう。なかなか雲を掴むような話だ。

いずれにせよ、文に関わる若い志や成長がまちの魅力になり、まちの魅力が個人のチャンスにつながるような地域を作りたいなと思っています。

誰に愛を届けるか

以上はなかなか机上の空論ではあるけれど、あながち非現実的とも言い切れない話だと思ってる。

ただし、どこかで飛躍が必要なのは間違いない。

少なくとも、どれくらいの人がこれを読んでくれるか分からないけど、こうして文芸に対する気持ちやまちづくりのコンセプトを少しでも知ってもらうことができれば、それだけで確実に一歩実現に近づくのではないかと思います。

あとはどう実体を作っていくかですが、今のところ、僕は僕で文芸の道をコツコツ進むしかありません。何より僕自身がプレイヤーでなければならない。そしてそれをどう見てもらうかを考える。

このブログでは、文芸に対する愛、地域に対する愛を持って色々と書いていきたい。

そして何より、そういうものを愛する人へ届くものが書きたい。それがどんなものなのかは分からないけど、探り探りやっていこう。

伝えたいと強く思うからこそ孤独になりがちな文の世界で、人がゆるやかにかたまったり一人になったりできる環境は必要だと思います。

それは何もこのまちである必要はないけれど、このまちもそんな場所の一つにしたい。

【文系人間のためのまちづくり】文学青年、文系少女が目指すまちをつくりたい(完)

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