「結婚することになりました」から考える、恩と愛と日本文化の話

日本語によくある言い回しの一つとして、「この度、結婚することになりました」のようなものがあります。

よく考えれば、結婚することに決めたのは自分(たち)なのに、あたかも外部の、何者かの圧力や強制力が働いて、なんや分からんけどこういうことになったわ…、みたいな印象を受ける言い回しです。

この類の言い回しの例は意外に多く、「転勤することになりました」、「手術することになりました」など、僕たちは頻繁に使います。

いやその二つはあんま自分の意志ともなってないからあながち変じゃないんじゃない?と思われるかもしれません。

確かに。この表現には幅があります。

例えば「この度、私がこのプロジェクトのリーダーを務めることになりました」のような言い回しは、例え自薦でもやる気まんまんでも、挨拶の際には自然に口から出るのではないでしょうか。

本当にみんなに押し付けられている場合もあるけど、まあここは俺でしょみたいなときでもやっぱりこういう言い回しをする。

もしくは、ある企業がサービスの変更をする際、「新年度より弊社サービス〇〇の○○を変更致します」ではなく、「○○の○○が変更となりますので何卒○○のほど…」のような言い回しをしませんか。

いやいや決まっちゃったから仕方ないんだよみたいな空気出されても…決めたのあんたたちじゃないかって思うけど、誰もそんな揚げ足取ったりしない。

こういう言い回しが定着しているのですね。

これ、大学時代に日本語教育を学んでいたときにはよく聞いた話なのですが、このような言い回しは日本語に特徴的なものらしく、欧米の「する文化」に対し「なる文化」と呼ぶようです。

僕らはしばしば意識的にか無意識的にか自分の存在を消し、責任の所在をぼかす癖を持っている。あくまで成り行きに身を任せただけというスタンスを取る。

自分の意志とは無関係にことが進むという設定、まず周りの大きな状況や流れがあって、その成り行きの終着点としてたまたま自分に白羽の矢が立つことがあるという世界の認識。

「みんな」がいて、その中に自分がいる。「世間」があって、個人がいる。

この感じ、良くも悪くも日本らしいところだなと思いませんか。

良いことが起きたり物事が成功すれば「みなさまのおかげをもちまして…」とか言うし、悪いことや不祥事が起きればみんながみんな「なんでこんなことになっちゃったんだろうね?」みたいになる。

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『菊と刀』 みなさんのおかげ=恩=負債

なんでこんなまどろっこしい文化になっているのか、ちょっとそれ不思議ネ日本人!という視点を与えてくれる古典的と言っても良い書物としてルース・ベネディクトという方が書いた『菊と刀』があります。

この第五章「過去と世間に負い目を負う者」では、日本人ってなんか過去とか世間に負い目みたいなの持ってるよね、という話が展開します。

無事に生まれて、ご飯を食べれて、教育を受けて、幸せに暮らしていることは全部「みなさまのおかげ」。

やっぱちゃんと引用しよう。

他人との日々の接触のことごとくが、現在における彼の債務を増大する。彼の日ごとの意思決定と行動とはこの負債から生じてこなくてはならない。自分がこうして大切に育てられ、教育を受け、幸福に暮らしていられるのも、第一この世に生まれてきたことからして、すべて世間のお陰であるにもかかわらず、西欧人はこの世間に対する負目を極端に軽視しているという理由で、日本人はわれわれの行動の動機が不十分であると感じる。

この、彼の日ごとの意思決定と行動とはこの負債から生じてこなくてはならないのあたりから、「結婚することになりました」のような言い回しが生まれるのではないでしょうか。

さらにその後も面白いので少し長くなりますが引用します。

このような東洋と西欧との極端な相違は、言葉で言い表すのは簡単だが、実際生活の上にどのような違いを生じているかということを認識することは困難である。しかもその点を日本において理解しえない限りわれわれは、戦争中われわれが知ったあの極端な自己犠牲や、われわれには少しも腹を立てる必要がないと思われるような場合に、日本人がすぐ腹を立てることの理由をきわめることができない。人に借のある人間は極度に腹を立てやすいものであって、日本人はそのことを証明している。またこの債務が日本人にかずかずの大きな責任を負わせている。

僕らは常に世間に借りがあります。それは債務であり、負担だと言います。

さらにこのあと、日本語の「恩」って言葉不思議だよね、みたいな話になるんだけど、これを英訳しようとするとなかなか幅が広く難しく、文脈に応じて「忠誠」とか「親切」とか「愛」とかって言葉に当てはめるけど、完全に言い表せるわけではないみたいな話に続きます。

そんで、「恩」という言葉をつかうとき全てに共通するニュアンスはなんだろうって考えると

「人ができるだけの力を出して背負う負担、債務、重荷である」

とルースさんは言います。

お年寄りに席を譲るのが軽率な行動になりうる日本

こう聞くと、人の世話にはならないに越したことないってことが分かりますよね。

日本において、人に感じなければならない恩は即ち負債であって、重荷である。そういうニュアンスがある。

人に親切にされたり、気を遣ってもらったり、助けてもらったりしたことすべてが恩となり、返さなければならないものになる。

だからこそ、例えば誰かに親切にするにも勇気や手続きがいる。正当な理由がなければ人に負担を与えかねない親切を働くことはできない。

例えばバスや電車でお年寄りに席を譲ろうと考えたとき、目の前にその人がいれば問題なく譲れるけれど、離れた席からその人に親切を働くのは少々軽率な行動となることがあります。

「人目をはばからず、勇気を出して正しい行いをした」という美談として語られることもあるだろうけど、そのお年寄りはわざわざ遠くから声をかけてもらったという恩(負債)を感じるかもしれないし、席を譲るに譲れなかった人は代わりに席を空けてくれたという恩(負債)を感じなければならないかもしれない。

「恩を着せる」って言葉についても本書では軽く触れてるけど、確かに、だからけっこう早い段階で人の親切は「余計なお世話」になるし、自立の要件が「人様に迷惑をかけないこと」になる。

日本語はあいに始まりおんに終わる

「日本語は『あい』で始まり『をん(恩)』で終わる」と誰かが言ってた気がするけど、この流れでいくと素直に素敵とは言えないなと思います。

無限の愛を受け取り、有限の恩を抱え込んで終わるなんて、絶望でしかありません。死ぬまでに返しきれるはずがないから。

僕らの文化では死ぬまで負債を抱え込んで、負い目を感じて、卑屈に生きなければならないのだろうか。

いや誰もそこまでネガティブには考えないだろうけど、日本の空気の窮屈さの一旦が、これまで培ってきた文化に起因するかもしれないと考えるとなかなか面白いものです。

だからこそ、絶対に人のや心を煩わせる大きな決断や変化に際して、僕らは自分たちを消すのだと思います。

「結婚することになりました」

こうして自分の意志や主張をほんのり隠すことで、まるで自然現象のように扱うことで、少しでも人から受ける恩、身に降りかかる負債を和らげることができる。

これも長い時間をかけて日本人の身体感覚が編み出した言語的な工夫の一つなのではないでしょうか。

「なる文化」の衰退と発展

と、ここまで書きながら、しかしこの「なる文化」も衰退の気配がするなと思いました。

言っていることは分かるけど、現状に即していないような。

そうでなくても、自分でも古臭いことを言ってると思う。「なる文化」という言葉を知っているからというのもあるけど、いざ「結婚することになりました」と言うのはどうも古式ゆかしい日本文化に迎合するようで憚られる。

『菊と刀』だって戦後に翻訳された本です。古臭い印象があって当たり前なのです。

僕らは少しずつこの国にある独特の気の遣い方や、世間との渡り合い方の中にある窮屈さや手続き的な煩わしさを取っ払って、悪いところは削り、良いところを磨いていく。

例えば、クラウドファンディングを活用する人が増えてきたと思います。

たぶん、ひと昔前の日本ならこんなに恐ろしいシステムは受け入れられなかったのではないかと思う。

だってこれ、乱暴に言えば、何か始める前に自分から恩を貰いに行く作業です。それも身内なんかじゃなくて、世間様に応援を要求するものです。ただお金を出してもらうというのではなく、繰り返すけれど、「恩」を貰いに行く作業です。

手続きや建前の挨拶ではなく、心から「皆様のおかげで」と言うための仕組みだと思う。

もしかしたらこれは日本文化的には恥ずかしくて世間知らずで無責任な行動なのかもしれない。

しかし、この文化はダイナミックな揺り戻しの段階に来ていて、「愛で始まり恩で終わる」なんて責任と負担を黙って受け入れる良くも悪くも大人チックな態度から、「恩で始まり愛で終わ…らない!愛は伝わり、広がっていくのだ!そんな関係を人様と作れるのではないか!」という、若々しく夢見がちな熱が受け入れられる時代なのかもしれない。

ただ、だからと言って日本文化が否定されるわけではないと思います。このきれいごとが成り立つのはやっぱり、日本独特の「恩」という概念があるからなのだと思う。

「みなさまのおかげで」と同じように口先だけで愛を語るようになればどうなるだろう。

バランス感覚を持ちながら、文化をアップデートしていけると良いですよね。

あ、カウンターとして「恩を仇で返す」という言葉もありますよね。

文化と言葉はよくできてるなと思う。

「結婚することになりました」から考える恩と愛と日本文化の話(完)

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