みんなトラブルを求めてる/操作される達成感

トラブル待ちの人がいる。

もっともトラブルを嫌っているように見える人が、実はトラブルなら並んででも食べたいというタイプの人だったりする。

偏見だけど男性に多い気がします。

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良いトラブルがないからつまらないのでは?

トラブルを望みすぎているが故に、本人がトラブルメーカーになっていたりもすると思います。

普通、仕事はトラブルの連続。

いつかのちきりんさんの記事にもあったけれど、問題を解決するのが仕事なのだから、ある種の仕事はトラブルがなければ仕事にならないし、トラブルを解決しなければ仕事をしていることにはならない。

記事中では仕事がゲームに例えられていた部分があったけれど、トラブルに対して愚痴を言ったりするのはゲーム中次々に現れる敵に文句を言っているようなもので、それってどうなんだろうって話しですよね。

仕事の超基本スキル その3 問題は解くモノです
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20130208

もしかしたらトラブル待ちの人々は仕事に慣れ過ぎてしまっているのかもしれない。

想定外のトラブルも、自分の力でギリギリこなせるような熱くなるトラブルもない。普通にしてれば普通にこなせることばかりで、無意識レベルで自分の存在価値が薄れてしまっていると感じているのかもしれない。

確かに、ずっと簡単なこと程つまらないことはない。

仕事に愚痴を言う人を肯定するとすれば、この点からならば理解できるかもしれません。

「もっと俺の実力が存分に発揮できるトラブルが欲しい」

「俺がいなきゃダメだったっていうトラブルを解決したい」

そういう気持ちってありますよね。

ドンキーコング2の難易度設定

僕はトラブル待ちの人っているよねという話がしたいから、ちきりんさんとは少し違う形でゲームを例に出したいと思います。

こないだ押入れに頭を突っ込んでみると、かつて毎日のようにやっていたスーファーファミコンが出てきて、無性になつかしくなって実際にプレイしてみた。

スーパードンキーコング2』。

小さい頃に嫌と言う程やったゲームだから、操作は忘れていない。あの頃は特に意識していなかったグラフィックの美しさや、音楽の素晴らしさに懐かしさが相まって、なんとも言えない感動があった。

大人になってから改めてプレイしてみて、気付いたことがあります。

優れたゲームは達成感がたくみに操作されている

始めのステージは少しでもゲームをしたことがある人なら恐ろしく簡単です。

しかし、一通りの基本的な操作ができるように仕掛けられている。かつ、操作をしくじっても(簡単には)ゲームオーバーにはならないように出来ている。

ステージが進むにつれて、難易度はだんだん上がっていくけれど、いずれも一度失敗すれば要領を覚えて次は成功する程度のハードルが設定されている。

後半になれば知らなければ絶対に避けられないような仕掛けもあり、操作慣れした慢心を抑えつけられるように出来ている。

こんなことは当たり前だろと言われるかもしれないけれど、その絶妙な仕掛けの巧みさには驚かされるばかり。ちょっと感動すらした。

かつ、それを言葉なしで、状況だけで子供にも理解できるようにしてあるのだから、ゲームクリエイターってすごい。難易度設定のコツってあるんだろうか。

優しすぎるものも難しすぎるものもクソゲーと呼ばれます。

僕はゲームに詳しい訳ではないけど、確かにトライ&エラーを繰り返し向上が実感できないゲームにはまることは出来ないということは知っている。

 自分が何とかしなければならないことや、エラーを望む気持ち

仕事に話を戻すと、もしかしたら慣れてしまった仕事はずっとドンキーコングやスーパーマリオの最初の面を延々繰り返しているようなものなのかもしれません。

優れたゲームでも、一度クリアしてしまうと難易度は一気に下がります。中にはタイムアタックをしたり、自ら縛りを決めて難易度を上げることもあるでしょう。僕もよくやる。

誰でも心のどこかで、自分がトライしなければならないことや、エラーを起こしてしまうことを望む心理があるということ。

仕事でも同じようなことをすることがあると思うのです。

仕事にはすぐ慣れてしまうから、人を問題視するようになったりすると思います。

新人やお客さん、もしくは上司などにトラブルの種を求める。

仕事にはあまり変わりはないけど、何かしらサムシングニューなものを持っているお客さんや新人には波乱の気配があるから内心ワクワクしている。または気まぐれな上司とかに文句を言いつつ、あーやれやれ俺たちがうまくコントロールしなきゃなって気持ちになってる。

なぜトラブルの種を求めるという言い方が出来るのかというと、心からそれを解決しようとは思っていないことが多いと思うからです。

僕けっこう色んなバイトしてきてるんだけど、例えば、「年に一回は必ずこういうことするヤツいるんだ」と愚痴る人がけっこういます。ベテランの先輩とか社員さんとかが、新人さんの凡ミスをみて「あー今年も出たね」みたいな話題で盛り上がってたりする。

「メモとか取らないんですかね」

「これじゃダメだって普通に考えて分かるだろ」

「何回も言ったのにやっぱりやるやつはやるんだよ」

こういう話を実に楽しそうにしては、やれやれ言わんこっちゃないって感じでトラブル処理に繰り出す。

本気でトラブルを防ごうと思っているように見えない

冷静に考えれば、年に一回は必ず起こるミスであるなら、そんなにムキになってあーだこーだ言う必要はないですよね。ああこれね、って感じで無感情に処理すれば済む話。みんなやるヤツだから気にしないで良いよー、次は気を付けて、で良い話。

起こることが分かりきっていることなら事前に(本気で)策を講じることもできるだろう。

ミスをしてもトラブルとまではいかないように設定、システム、道具などを変えることは出来るはず。でもそうしない。

心の底でトラブルを期待しているからじゃないかなって僕は思います。

誰かがミスやエラーを起こすと、実は嬉しくなっちゃう。

何とかせんとならんって事柄が浮上すると、口では色々言うけれど、実は楽しくなる。

どんな風に仕事をするのが正しいのかなんて僕には分からないけど、人はトラブルを望むことがあるということは覚えておいても良いかもしれません。

まちづくりの場面でも、何かのヒントにはなりそう。

みんなトラブルを求めてる/操作される達成感(完)

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